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🫧第9話「放課後な距離」
チャイムが鳴った。
教室は椅子の音と会話の余韻でざわめき、
泡の気配を残したまま、一日がゆっくり溶けていく。
聖名(みな)は机に手を置いて、ちいさく深呼吸した。
斜め前の席では、律がペンを閉じて、鞄を肩にかけていた。
放課後の光が彼の制服にすべって、泡の夢を反射しているみたいだった。
廊下に出ると、律が少しだけ立ち止まって聖名(みな)を待っていた。
でも「待ってたよ」とは言わなかった。
その代わりに、ただ鞄のストラップを引き直して、
聖名(みな)が並ぶタイミングを合わせてくれた。
ふたりは校舎の階段を並んで降りていく。
会話はなかった。
けれど、泡の舞踏会から持ち帰った感情が、
足元の音になって揺れていた。
校門の前で、聖名(みな)が静かに声を出した。
「ねえ……律」
律は少し驚いたように横を見て、それからやさしく笑った。
「うん」
その答えに、何か大きな音が鳴ったわけではないのに、
聖名(みな)の胸に、泡がふた粒ほど浮かびそうになった。
「きょう、一緒に帰ってもいい?」
律はうなずく。
「それは……すごくうれしい」
ふたりは言葉を交わしたけど、
それが泡にならずに済んだのは、たぶん名前を越えていたから。
歩く途中、聖名(みな)は律の横に並んでいて、
学校の影がふたりの前に長く伸びていた。
名前って、呼べば近づくんじゃなくて、
離れる距離を計るための音だったのかもしれない。
でも今はもう、名前じゃなくて歩幅で話せる気がする。
スプーンは持っていない。
泡の衣装も、鏡の鍵もない。
でも泡は、放課後の風の中に、確かに残っていた。