(あーもう、イライラするな!)
ツェーンがいなくなったことにより、いくらかは機嫌が直ったゼロ。だが、俺は先ほどの言葉が自分でも想像以上に深く刺さって、傷ついていることに気づいてしまった。クッソむかつくし、今宝石店を見て回っているが、いかにも後方彼氏面みたいな顔で後ろに立ってるゼロの視線を感じるだけでもイライラしてしかたがない。もちろん、被害妄想も酷いところだとはわかっているのだが。護衛らしい、先ほど感情を少しむき出しにして、俺に冷たい言葉を放ったやつとは思えないたたずまいのゼロがむかついた。
俺だけかき乱されていることに、俺自身あの言葉で傷ついたことに。
半分以上は自分が何でこんなに傷ついているか。ゼロのこと考えてバカみたいに心が揺らいでいるのか。それが、わからなかった。
俺だって、別に男が好きなわけでもないし。ゼロのことも、手のかかる態度のデカい護衛としか思っていないわけで。
それと、ネルケが好きだと勘違いされたのもイラついた。けれどそこは、結局後で訂正できた。弟と言いかけては直して、うまく、自分だけ突き放されたから悲しかっただけだと事情を説明て納得してもらった。仲良くとはいかずとも、幼馴染だったジークに自分がどんなふうに見られていたかわかっちゃったのもあって、傷ついていた。そして、二人でロマンスして、一人だけ取り残されたようで悲しかったことも事実だった。その話は、ゼロも初耳というか衝撃だったらしい。
(俺だって傷つくっつーの……)
すべては自分がしてきたことが周りに回って今の状態になっただけ。だから、俺が文句を言えるような立場じゃない。わかってはいても、もっと早く思い出していたとか、違う人間に転生していればとか。俺にはどうしようもできないことだってあったわけだ。それを、すべてしょって担いで。なんだか、もがけばもがくほど、滑稽で、さらに孤独になっていくような気がした。
唯一頼れる護衛は俺のことを恨んでいるわけで。
(BL世界だからって、ゼロが俺を好きになるわけねえし。たまたま、ほんとーにたまたま、ネルケを好きになっちゃったみたいな話で)
よくある、運命とか。こいつだから好きになったとかそういうやつ。ゼロは、ノンケ……だと思う。だから、どうあがいても、俺のことをそういう目で見ることはないし、好きになってくれないだろう。ドントライクからせめても、ライクになってくれればいいのだが。
「主、次はどこ行くんだ?」
「んー色々見て回ったけど。俺の用事は終わりだな。次、お前の」
「俺の? そんな話聞いていないが?」
「え、あれ。言ってなかったっけ? お前の武器新調しようかって話」
「初耳だ。それに……」
と、ゼロは何か言いたげに口を開いたが、思いとどまったように口を堅く結んだ。言いたいことがあれば言えばいいのにと、俺が近づけば、一歩後ろに下がる。
「何だよ。ゼロ」
「いや。初耳だ……別に今ので十分満足している。それに、また無駄遣いしたら怒られるだろ、主が」
「これは無駄遣いじゃねえよ! 必要経費! お前が、呪い解けた後どうするかは知らないけど、それまでは俺の護衛なわけなんだから。それこそ、十分に守ってくれなきゃ俺だって心配で外も出歩けねえし。だから、そんな気にすんなよ。俺のために? とか、俺なんかに貢いでもとかなしだからな」
「別に言ってないだろ、そんなこと」
言いたそうな顔をしていることは顔を見ればわかった。仏頂面、眉間にしわがよりまくっている。それでも、わかることはいくつかあった。なんとなく、こいつのことわかってきた気がするのだ。もちろん、むかつくことばっかりで、わからないことばかりだが。
俺がしてやったりというように笑えば、ゼロはピクリと眉を動かしていた。
「俺がしたくてしてる。それでいいだろ? 有難迷惑とでも思ってればいい。お前が、あーだこーだ思う必要ない」
「主……」
「嫌か? こういうの」
俺が訪ねれば、ゼロは首を優しく横に振った。さすがに、必要経費といえばそこまで突っかかってくることはないだろうと思っていたが、正解だったようだ。
「よしよし、ゼロはおり……」
お利口と、俺は思わず伸びてしまった手を見て止まった。ゼロは、ぱちくりと目を瞬かせた。
いつもの癖で、よしよしと頭を撫でてしまいそうになった。本当に無意識だった。手を引っ込めて、俺はゼロをみつつごまかすように笑う。
「あーわりぃ、わりぃ。ついいつもの癖で。いや、マジ。今は人間だったな!」
「別に、かまわないが」
「いや、お前人間扱いされないこと嫌ってただろ!? どういう心境の変化だよ」
「変化でも何でもない。それに、主も、飼い主としての姿勢が板についてきたみたいだしな」
「飼い主って、だからお前たまに自分のこと自嘲気味に犬扱いするのやめろ! 弄っていいやつか、ダメなやつかわかんねえだろ!」
ドックジョークなのだろうか。ゼロのセンスが分からない。
ただ、今は弄ってもいいように言うので、本当にわけがわからないなとは思う。ゼロはなれ合いを嫌っているのだろうが、やはりこうやってかかわると、さらに踏み込みたくなってしまう。それをこいつが良しとしてくれないのはわかっていても。
(あーまた、俺こいつのこと……!)
このかき乱されている感覚が嫌だ。俺だって、こいつが俺をバッドエンドに引っ張らないようにとけん制しているようなもんだし。お互いに、嫌がることや不利益こうむることはしないってそんな関係なはずなのに。
飼い主と犬。それは間違いでもないのだが。俺が鳴りたいのはそういう関係じゃない。もっと、分け隔てなく話せる、そんな主人と護衛……友人のような関係なのだ。
「つーことで! お前のせいで話がそれた! お前の、武器を新調しに行くんだよ。文句あるか!」
「ない。主の命令通りに従うまでだ」
「そういうところは、護衛らしいよな。まあ、道案内はするからついたら好きに選べよ。遠慮すんな」
「もちろん、そんなところでは遠慮しない。高いものを買わせてもらう」
「現金な野郎だな!?」
先ほどまでは、少し躊躇しているような態度だったのに、一変して横柄で図太い一面を見せる。ただ、先ほどと違うのは、よほど武器屋に行けるのが楽しみなのか、口角が少し上がっているところだろうか。なんだかんだ楽しみだと思ってくれているのなら、提案したかいがあるってものだと、俺は誇らしくなる。
ならば、すぐにでも移動しようと俺は今いた店を出て次の曲がり角を目指して歩き始める。人の往来は少なくともある道で、貴族をのせているであろう豪華な馬車が道を通っていく。王都は今日もにぎやかで、変わりない。
ゼロは俺が歩き始めるのと同時に、距離を保ちながら俺の後をつけてくる。歩幅が大きいくせに決してその距離を縮めてこないのがなんかまたむかついた。俺よりも背も足も大きくて、態度も俺なりにデカい。そんな男を連れて歩くと目立つのは誰でもわかることだった。お忍びで来ているわけでもないので、道行く人が俺をちらちらとみる。俺を見ているのか、ゼロを見ているのかははっきりとわからなかったが、目立っているのは確かだった。
ゼロが、騒ぐと目立つといったが騒がなくても目立っている。
「ゼロ、もう少し小さくなれねえ?」
「何故だ。ポメになれってことか?」
「違う、違うって。いや、お前と歩くのなんか……」
「護衛だから、そばにいる。いざというときに守れなければ意味がないだろう」
「そういうことじゃないって……」
変なところで頑固というか、頭が固いというか。俺がいいたいのはそういうことじゃなかった。
ゼロは図体もデカいが、目立つ要因はそれだけではなく、貴族の血が混じっていることもあってか目鼻立ちが整っている。目を引く顔のつくりをしている。俺から見ても、うらやましいくらいイケメン。俺の悪役っぽい顔とは違って、寡黙なイケメンという感じがするのだ。
街ゆく女性も、ゼロを見ては立ち止ってほぅっと息を漏らす。俺が歩いているのに、俺なんかちっとも目に入っていないみたいに。
ゼロは、自分の良さには気づいていないみたいで首をかしげるばかりだった。
「だから、ゼロお前はもっと自覚的に……な、なんだよ。急に!?」
スッと、自分の胸に俺を抱き寄せて、ゼロは警戒するように前を向いた。奇襲か? と一瞬身が固くなったが、すぐに敵意や殺意といったものがまわりにないことに俺は目を瞬かせた。
「ゼロ、なんだよ」
「……ゼロ。やっぱり、貴方ゼロなのね」
と、俺から見えない位置で誰かがゼロの名前を呼んだ。分厚い胸板に顔が埋まっているせいで身動き取れないが、その声が女性のものであると気づき、俺はツキンと胸が痛む。
ゼロに、女性の気配などこれまで一度も感じたことがない。というよりも、そもそもゼロはストイックすぎて仕事が終われば鍛錬か、酒場に行っていると聞いていたため、女性と触れ合う機会などなかったはずなのだ。酒場で……とはあり得るが、声からしてそこまで若くないようにも思えた。
離せ、と俺はゼロの腕から逃れ振り返ると、そこには日傘をさした、こっちの国では見ない装飾のほどこされた服を着ている女性が立っていた。年齢からして三十代後半から四十代くらいだろうか。老けているようには見えないが、よく見れば化粧でごまかしているようにも見え、なんだか粉っぽい。ただ、身にまとっているものは豪華で貴族
ということが分かる。
「ゼロ、誰だ……?」
「伯爵夫人だ」
「伯爵夫人? は、どこの?」
こっちの国の貴族でないことだけは確かだった。布生地が、こっちのものではない。まあ、それを仕入れて使っているというのはあり得る話なのだが、それを日常遣いしているようで、この国では浮いているようにも見えた。クライゼル公爵がそういったことに詳しいこともあって、俺も昔から興味があって知識として知っていた。
それはいいのだが……と、そこまで思い、ゼロの反応を見てようやく点と点がつながった気がした。
ゼロのそれはもう嫌そうな顔。二度と会いたくなかった人に遭遇してしまった絶望と、怒りの表情は、握っている拳を見れば一目瞭然だった。
(ゼロを虐げていた、元家族ってところか……)
ゼロは、お久しぶりです、も言いたくないようにさらに血管が浮き上がった拳をぎゅっと握り込んでいた。
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