放課後。いつもの空き教室。残ったのは、すちとみこと、それぞれの友人たち。
「え、こさめちゃんたち帰るの?一緒に課題やるんじゃ――」
「急に用事思い出しちゃって!ね、らんくん!」
「うんうん、めっちゃ用事思い出した!ヤバいくらい急用!」
らんは目を合わせないようにしながら、手をひらひら。
「……あ、あの、俺も行――」
みことが席を立とうとすると、いるまが先にドアをバンっと閉める。
「ダメ。逃げんな」
「えっ……」
「今ここで話せ。逃したら、またどっちも拗れるだけだろ?」
ひまなつが肩をすちにぽんと置き、にやりと笑う。
「今日中に仲直りして、明日一緒にお昼食べよ。っていうか、それ約束な。俺ら楽しみにしてるから」
「無理やりすぎじゃ……」
「甘ったれないの。ほら、頑張って?」
こさめが微笑み、そっとみことの背中を押す。
「……じゃあ、あとはふたりでよろしくね」
扉が閉まり、教室にはすちとみこと、ふたりだけ。
静かすぎる空気に、心臓の音がやけに響く。
沈黙が続く。
視線は合わない。
みことが何か言おうと口を開きかけて、でも閉じる。
すちも、指をぎゅっと握りしめたまま、なかなか声が出ない。
ようやく、みことが小さく呟いた。
「……ごめん」
すちは顔を上げる。
「昨日……“嫌い”って、言ったの……ほんとに、嘘。ごめんなさい。すちのこと、大好きなのに」
その言葉に、すちの心が一気に揺れた。
「……俺も、ごめん。怒りすぎた。みこちゃんのこと、守りたかっただけなのに……俺が、一番傷つけてた」
みことが小さく笑って、でも涙が滲んでいた。
「なんでこんなに好きなのに、すれ違うんだろ……」
「好きだから、だよ。失いたくなくて、つい、強く言っちゃう」
「俺も、強がって、言いたくないこと言っちゃう……」
すちはゆっくりと歩み寄り、みことの頭を抱きしめる。
「ねえ……もう一回、ちゃんと仲直りしよう」
「……うん」
みことの指が、すちのシャツの裾をぎゅっと掴む。
「明日、一緒にお昼……食べよ?」
みことが、泣きそうな笑顔で言った。
その声が、すちの胸の奥にまっすぐ刺さった。
(なんで……そんな顔するの……)
本当は――
怒りたかったわけじゃなかった。
嫌われたくて言った言葉なんか、ひとつもなかった。
ただ、大切にしたかった。守りたかった。
それなのに、自分は――
「……っ」
ぐっと喉の奥で何かが詰まり、視界がにじんでいく。
(泣くな、俺が泣いたら、みことももっと泣く……)
そう思っても、堪えきれなかった。
「……ごめん、本当に、ごめん……っ」
みことの前で、崩れるように膝をつく。
「大事にしたかったのに……大事にできてなかった……自分勝手に怒って、怖がらせて……っ」
ぽろぽろと、涙が頬を伝う。
みことは驚いた顔で、でもすぐにすちの頬に手を添えた。
「泣かないで……俺、もうちゃんと伝えるから。俺、すちのことが……本当に好きだよ」
すちはその手に自分の手を重ねた。
「……好きだよ。みことが思ってるより、ずっと、ずっと好き……」
肩を震わせながら、すちは泣いた。
その胸に、みことがそっと抱きつく。
ぬくもりと、涙が、交わる。
「俺も。すちが、すちだから、好きなんだよ」
どちらからともなく、そっと額を寄せ合った。
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教室の窓の外には、夕闇がゆっくりと降りていた。
蛍光灯の白い光が、ふたりの涙の跡をほんのりと照らす。
すちは、みことの髪に額を寄せたまま、静かに息を整えていた。
みことも、すちの背中に腕をまわし、ぴったりと寄り添っていた。
涙のあとの空気は、どこかひんやりとしているのに、
ふたりの体温だけが、じんわりと胸の奥まで温かかった。
「……俺、ずっとこうしていたかったんだ」
すちがぽつりと呟く。
「すれ違ってた時間、ずっと、触れたくて仕方なかった」
みことが、そっとすちのシャツの袖を握る。
「俺も……。」
すちはくすりと笑った。
「みこちゃんが俺を泣かせたの、初めてだね。なんか……悔しい」
みことがきょとんとしたあと、思わず笑ってしまう。
「そっちこそ、泣くなんて思わなかったよ」
「俺だって人間なんだから、泣くこともあるよ」
「……ちょっとかわいかった」
「は?」
「ふふ……」
くすくすと笑い出すみことを、すちは呆れた顔で見つめたあと、
その頭をくしゃっと撫でた。
「笑えるなら、もう大丈夫だな」
「うん。すちがいてくれるなら、もう大丈夫」
ふたりはゆっくりと立ち上がり、手を繋いだまま教室をあとにした。
歩く速さは、ぴったりだった。
――さよならを言わなくて済んだ夜。
ふたりがもう一度、「はじまり」を選び直せた夜だった。
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