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読み切りとなります。
⚠注意⚠死パロアリ・闇表現アリ。
光が死んだ夏を元に書かせてもらっています。
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ご覧になる場合は自己責任でお願いします。
序章:あの日からの雨
あの夏から、この街には小雨が降り続いている。
シトシトと、まるで世界が涙を流しているように、永遠に続く梅雨のように。
暇72は、自宅の窓辺でその小雨をぼんやりと眺めていた。耳元で聞こえるのは、水滴が地面を叩く音と、彼の親友であり、時に愛すべき悪友だった雨乃こさめの笑い声の残響だけ。
こさめが死んで、一年と二ヶ月。
グループ「SIXFONIA」の活動は、彼の不在によって停止した。暇72は今も、こさめの部屋だった一室で、彼と二人で暮らしている。
正確には、「こさめの姿をした何か」と。
「なつくん、また雨見てるの?湿気で髪がうねうねになっちゃうよ?」
背後から、中性的でキュートな、しかしどこか少しだけ機械的な響きを持つ声がした。振り返ると、そこにはこさめがいた。
水色の髪も、大きな瞳も、あの頃と全く同じ。あざと可愛く、暇72を甘やかせたりからかったりする彼の笑顔も。
しかし、暇72は知っている。
一年前、あの土砂降りの夜、こさめは自宅の階段から転落し、頭を強く打って死んだ。その身体は、今も街外れの共同墓地に眠っている。
目の前にいるのは、こさめの形を借りた、何かだ。
暇72は優しく微笑んだ。「別にいいんだよ。こさめといると、湿気も悪くないかなって」
「そっか、!じゃ、暇つぶしに歌お!なつくんが最近歌ってくれないから寂しいんだよ〜?」
こさめは楽しそうに、自身のマイクスタンドに向かう。彼が触れていないはずのマイクが、わずかに光を放ち、可愛らしい歌声が、部屋を満たし始める。
暇72は知っている。この存在が、彼の知る人間、雨乃こさめではないこと。けれど、彼にとって、この「何か」は、あの夏に失った「光」を繋ぎ止めてくれる、唯一無二の絆だった。
第一章:湿った違和感
こさめの「偽物」は、彼の記憶と感情を完璧に模倣していた。
暇72の誕生日を祝う言葉。二人でよく歌ったクソガキ系の楽曲のメロディ。そして、暇72の不安を察して「元気出しなよっ!」と笑いかける優しさ。
しかし、違和感は日に日に増していった。
ある日、暇72がこさめの頬に触れたとき、肌の奥に、冷たい泥のような質感を感じた。そして、彼の服から、微かな、腐葉土のような匂いがした気がした。
「どうしたの〜?なつくん、じーっと見つめちゃって」こさめが首を傾げる。
「いや、こさめが今日も間抜けな顔してるな〜って」
「なっ、なんだとぉ〜!!!」こさめはいつものように笑う。その笑顔に、暇72は恐怖と愛情がないままになった視線を返すことしかできなかった。
グループのメンバー、特にいるまからは、頻繁に連絡が来ていた。彼らは暇72が病んでいることを心配していた。暇72は、彼らに「こさめは元気だよ」と嘘をつき続けている。
ある夜。暇72はこさめが死んだ場所、自宅の階段下へ向かった。
階段の隅には、暇72が毎日拭き取っているはずなのに、小さな黒いシミができていた。近づくと、それはシミではなく、何か、粘着質なカビのようなものだった。
その時、背後から声がした。
「こんなとこで何してるの、なつくん。」
振り返ると、そこにいたのは、こさめだった。
「な、なんでついてきたんだよっ、!」暇72は焦る。
「だって、なつくんがこさめから離れようとするから〜、!こさめ、なつくんの傍にいないと、乾いちゃうんだもん、」
こさめはそう言って、暇72の手に自分の手を重ねた。その指先は、ひどく冷たく、そして僅かに水滴が滲んでいた。
暇72は悟った。この存在は、街の湿気や雨によってこの世に留まっている。そして、彼の「孤独」を栄養にしているのかもしれない、と。
第二章:渇望の真実
暇72は、こさめの正体、そしてその維持方法を探り始めた。
夜。こさめが眠っているとき、暇72は彼の部屋の扉をそっと開けた。
こさめのベッドサイドには、小さな加湿器が置かれていた。その水槽の中の水は、驚くほど黒く濁っていた。そして、その水の中で、泥のような繊維が、ゆっくりと伸び縮みしていた。
この「偽物」は、こさめが持っていた「声」のエネルギーと、この街の「湿った土地の怪異」が結びついて、形を成したのだ。
こさめの形をした「それ」は、寝言を言った。
「なつくん……ずっと……一緒に……」
その声は、暇72を強く求める、こさめの最後の願いを模倣していた。
暇72は、この存在がこさめの「愛」と「未練」と、街の「闇」が混ざり合った、歪な共依存の形なのだと理解した。
彼にとって、こさめが死んだことよりも、この存在が自分を愛し、暇72の変幻自在な声を唯一の聴衆として求めてくれることの方が、はるかに重要だった。
第三章:止んだ雨
ある朝。暇72は目を覚ました。
窓の外が、あまりに明るい。
外を見ると、一年と二ヶ月ぶりに、雨が止んでいた。空は、彼の心の虚無をあざ笑うように、青く澄み渡り、地表には水たまりだけが、小さく残っている。
暇72は、隣にいるはずのこさめを見た。
「こさめ……?」
彼の体は、急速に乾き始めていた。皮膚は白くひび割れ、髪の水色も薄れ、まるで蝋人形のように、崩れていく。
「こさめッ!!」
こさめは、その手を暇72に伸ばした。
「なつくん、こさめ、ごめん、もう、動けないかも、……(ニコ」
「やめろッ、!こさめッッ、!」
暇72は必死に叫び、こさめを抱きしめた。その冷たく乾いた体から、灰のような黒い粉が、ひまの服にまとわりつく。
「大丈夫、また雨は降る!歌える!俺がお前の代わりに歌うからッ、!」
「なつくん、こさめは死んでるんだよ、ッ?(ニコ」
こさめは、最初で最後の、「偽りではない」笑顔を見せた。
「こさめは、本当のこさめじゃないんだよ、ッ、」
そう言うと、こさめの身体は、暇72の腕の中で、完全に粉塵になった。残ったのは、冷たい灰と、彼の着ていた服、そして、彼のマイクだけ。
そして、暇72の頬に、熱いものが落ちた。
それは、こさめの身体から最後に絞り出された、一滴の黒い水滴だった。
エピローグ:夏の終わりと声
雨が止んだ夏。
暇72は、こさめの部屋で、一人きりでいる。
あのときこさめが残した、黒い水滴が入った小瓶と、こさめのマイクを、机に並べている。
数日後、SIXFONIAの活動再開が発表された。
暇72は、グループの皆と合流し、再び歌い始める。彼の「変幻自在な7色の声」は、以前よりも、少しだけ中性的で、冷たい響きを増していた。
夜。レコーディングが終わり、メンバーが帰った後のスタジオ。
暇72は一人、マイクブースに立っていた。彼は、ポケットからこさめの残した小瓶を取り出し、マイクスタンドの足元に置く。
そして、歌い始める。彼の声は、暇72と雨乃こさめの声が混ざり合った、歪なハーモニーを奏でた。
誰も聞いていないヘッドホンの中から、微かに、満足にも似た、低い囁きが聞こえる。
『_なつくん。こさめ達は、永遠に歌えるね』
小雨が止んだ夏。
暇72は、もう二度と孤独ではない。
彼の声と魂は、親友の死と、その「何か」の存在によって、永遠に繋がれたのだから。
そして、彼の「7色の声」は、今や「8色目」の、存在しない誰かの声を、内包している。
小雨が止んだ夏 終。