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──放課後のチャイムが鳴り終わるころ、教室の窓の外は淡いオレンジに染まっていた。帰り支度をするクラスメイトたちの声が遠く聞こえる。
私は、ふと窓の外の桜を見た。
昼間よりも少し色が深く見える。
…たぶん、夕陽のせい。
ノートを閉じて、カバンにしまう。
今日はまっすぐ帰るつもりだったのに、なぜか足は図書室の方へ向かっていた。
扉を開けると、紙の匂いと静けさが迎えてくれる。
その空気が懐かしくて、胸がきゅっとなる。
「やっぱり、来ると思ってた」
声に振り向くと、本棚の向こうに、あの人がいた。
水森先輩。
制服の袖をまくって、窓際の席に座っている。
春の夕陽が、彼の髪を金色に染めていた。
「先輩、どうしてここに…」
「俺も、よく来てたから。…昔みたいに」
そう言って少し笑う。
静かに本を閉じる音がして、その指先の動きまで懐かしくてたまらない。
私は少し距離をとって、向かいの席に座った。
机の上に広げられた文庫本のタイトルが、偶然にもあの頃と同じだった。
「それ、好きでしたよね。『風の在りか』」
「覚えてるのか」
「はい。…先輩が貸してくれたから。」
彼は少し照れたように目を伏せて笑った。
「そうだったな。紬、ちゃんと覚えてるんだな」
その笑い方が優しすぎて、心臓がまた痛くなった。
どうしてだろう。
二年前よりも近くにいるのに、遠い。
沈黙の間、時計の針の音だけが響いていた。
けれど、それが不思議と心地よかった。
「ねぇ、紬」
名前を呼ばれた瞬間、息が詰まる。
「また、前みたいに…ここで本読もうぜ。別に、毎日じゃなくてもいいから」
私はうまく言葉が出なくて、ただ頷いた。
頷くだけで、精一杯だった。
窓の外、夕暮れの桜がゆっくりと風に舞った。
その光景が、まるで約束のように見えた。