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グリム・リーパー 朝日美桜
「いらっしゃいませ。テリヤキバーガーですね、セットでおふたつ。お飲み物はいかがしましょう。コーラですね。はい、ご注文承りました。ではお車を前へお進みください」
イヤフォンから聞こえてくる声に、乃江は明るい声で的確に対応をして、手際よく注文の品を揃えて紙袋に詰めていく。
午後八時過ぎのドライブスルーで、ハンバーガーをセットで買う若いカップルを想像していたが、ハンバーガーショップのロゴマークの入った紙袋を車の運転席から身を乗り出して受け取ったのは白髪の男性だった。助手席で白髪の女性が乃江に微笑んだ。元気な老夫婦だと、走り去っていく洒落た車を見送りながら乃江は目を丸くした。
ふと手を止めて店内を見回すと、一番奥のテーブル席にその人はいた。真っ黒いコートを着て、黒い前髪は長めで頬は色白でいつもコーヒーを一杯だけ注文する。彼の存在に気づいたのはまだ寒い二月末のことだったので、それから一ヵ月くらい毎日のように、何いつもほぼ同じ時間に来店する。樹(いつき)さんだ…。
「コーヒーを一つ」
「コーヒーですね。ありがとうございます」
いつもそのやりとりをするだけで、それ以上は言葉を交わしたことはない。彼の少し低めの声が、だんだん乃江の耳に心地いいと感じるようになっていた。
「樹」という名前は乃江が勝手に心の中で呼んでいるだけで、本当の名前は知らない。
彼はきっと乃江のことなんて、全く気にも留めていないだろう。だが乃江は樹が来店するとつい彼を目で追ってしまう。普段何をしている人なのかと想像してみるが、全く見当もつかないミステリアスな人だった。
「いらっしゃいませ。席までお持ちします」
「いつも悪いわね」
カウンターを挟んで向き合ったのは、六十代くらいの女性で、足が悪いようで飲み物を載せたトレイを運ぶのが大変そうなので、彼女を見かけると乃江が対応するようにしている。トレイを彼女のテーブルまで運び少しだけ話をする。それが乃江も楽しみだった。
ブランドの服を着ているわけでもなく、ブランドのバッグを持っているわけでもないが、彼女はお洒落で華がある人だった。
「どうもありがとう」
艶つややかな紅い唇が動く。
「足が悪くなってからファーストフードには入りにくかったけど、ここならあなたがいてくれるから安心して入って来られるわ。あなたと話すのも楽しみなのよ」
「ありがとうございます。いつでも声をかけてください」
「あなた、すごくいい声をしているわね。よく声を褒められることあるでしょう」
「そんなことありません。初めて言われました。あ、はい、了解しました」
イヤフォンから聞こえてきた声に、胸元に留めているマイクで答える。
「ごめんなさいね。忙しいのに」
「いいえ大丈夫です」
乃江が小さく肩を揺すって微笑んだ。
「ねえちょっと待って」
テーブルから離れようとした乃江を彼女は呼び止め、テーブルの上に置かれている紙ナプキンに文字を書きながら言う。
「もし歌うことに興味があったら」
「歌なんて…」
乃江の眉間に皺が寄る。
「興味ない?」
彼女が紙ナプキンを乃江に差し出す。
「あなたの声、とても魅力的で私は好きよ。気が変わったら訪ねて来て」
彼女は乃江に微笑むと、足を引きずりながら店から出て行った。彼女の声の方がハスキーでよほど魅力的だと思いながら、乃江は渡された紙ナプキンに視線を落した。
神崎かんざき桜子さくらこ。彼女の名前が書かれていた。
コメント
1件
第1話、拝読しました🌷 乃江さんの、日常の中にある小さな揺らぎ——樹さんへの密かな眼差し、足の悪い女性との温かい交流——がとても丁寧に描かれていて、胸がぎゅっとなりました。特に「あなたの声、とても魅力的」と紙ナプキンに書かれたシーン、あの瞬間の乃江さんの戸惑いと驚きが鮮やかに浮かびました。声を褒められることが初めてだという彼女に、この出会いが何をもたらすのか…続きが気になります。 好きな一文は「彼はきっと乃江のことなんて、全く気にも留めていないだろう」。距離感が切ないです。素敵なエピソードをありがとうございます🌸
*.꒰ঌ𝕐𝕦𝕚𝕜𝕒໒꒱.*
207
#オリジナルキャラ含む
Luna Emma
110
#オリジナルキャラ含む