テラーノベル
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『今の行動について、一緒に考えましょう』
AIはそう告げる。
「ごめんなさい」
信号待ちの人々の中に紛れて、小さく答える。
そう答えるのが正しいって、わかっている。今まで何回も、そうしてきたから。
『謝らなくていいんです。ただ、どうしてそうしたくなったのか、一緒に見つけていきましょう』
わたしは頷く。誰も見ていないけれど、頷く。
「……わからない。ただ、手が動いたの」
腕輪が軽く震える。わたしの心拍を測っている。
たぶん、私の嘘や動揺を知るために。
『わかりました。では、今どんな気持ちですか?』
「良い子になりたい」
それは本当だ。嘘じゃない。わたしは本当に、良い子になりたい。
『あなたは良い子です、冰砂さん。
そして、これからもそうでいられるよう、私たちはお手伝いします』
不快感を起こさない、なめらかな声が耳の中で広がった。
信号が青に変わる。わたしは歩き出す。ポケットの中で、リップクリームが揺れている。買う予定のなかったリップクリームの代金は、もう払われている。
──これが、わたしたちの暮らすエデンという社会。
E.D.E.N.──Equilibrium Design for Emotional Normalization。
感情均衡設計計画。
誰もがAIと共に生きる世界。感情を整えて、適切に生きる楽園。
その日の夜、ニュースに短い速報が流れた。
違法デバイス所持者が、専門機関によって保護されたと。
場所は、わたしが昼間に立ち寄ったドラッグストアのある通りだった。
『この社会では、犯罪は未然に防がれます』
AIが、付け加えるように言う。
『意図的な犯罪行為は、感情の揺らぎとして検知され、
即時に修正される設計になっています』
修正。そう言われると、悪いことをした気がしなくなる。
わたしが持ち帰ったリップクリームの代金は支払われた。
誰も困っていない。
問題は、もう解決している。
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