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通知が届いたのは、三日後だった。
『冰砂さんへ。再教育プログラムのご案内です』
わたしはタブレットの画面を見つめる。白い背景に黒い文字。
丁寧で、穏やかな文面。
部屋は静かだ。窓から秋の午後の光が差し込んでいる。
カーテンは半分だけ開いていた。
「再教育……」
『そうです』
AIが、答える。
『あなたの最近の行動パターンを分析した結果、早期調整プログラムが推奨されました』
わたしは、息を大きく吐いた。
怖くはない。怖くないはず。再教育プログラムは罰じゃない。ただのサポート。
社会に適応するための、優しい手助け。そう聞かされている。
「わたし、またやっちゃった」
『ええ。今月で三回目です。いずれも自動決済されていますので、法的な問題はありません』
AIの声に責める色はない。ただ、事実を正確に告げる。
AIは、わたしを「冰砂さん」と呼ぶ。
子どもの頃は「冰砂ちゃん」だった気がする。
わたしは、AIを「AI」としか呼ばない。
名前はつけた。母に手伝ってもらいながら、AIの見た目も設定した。
『AIを信頼できる存在としてイメージすることで、より安定した判断が可能になります』
政府のパンフレットに書いてあった。
具体的には、ARで投影したAIに向かって毎日話しかけること。
でも、わたしはやらなかった。必要だと思わなかった。
どんな名前をつけたかも、もう覚えていない。
のろのろと立ち上がって、引き出しを開ける。中には、小さなものが入っている。ペン。イヤリング。リップクリーム。
全部、わたしが勝手に持って帰ったもの。
全部、自動で代金が払われたもの。
「何回もAIと話してるのに」
『あなたのせいではありません、冰砂さん。ただ、少し適応に時間がかかっているだけです』
わたしは自分の手を見る。この手が勝手に動く。
代金は払われる。誰も困らない。でも、これはきっといけないこと。
「ねぇ。行った方がいい?」
『それは、あなたが決めることです。
でも、プログラムを受けた方の多くが、より快適に生活できるようになっています』
ニュースでも、SNSでも何度も見てきた情報。
以前よりも穏やかになったとか、生きやすくなったとか。
悪い噂はわたしが知る限り、見たことがない。
だったら──
わたしは、窓の外を見る。
街は静かだ。争いも怒声もない。誰もがAIと話している。
感情を整えて、適切に言葉にして、それから他人と接する。
それが社会の常識。
誰かの横には、ARで投影されたAIの姿が見える。優しい顔。笑顔。
その人が最も好ましいと思う姿かたちをしたAI。
わたしには、何も見えない。
けれど、わたしもそうしたい。静かに、適切に、生きたい。
エデンの中で、みんなと同じように生きたい。
「……行く」
『本当に?』
「うん。良い子になりたいから」
それは本当。
AIは少しだけ間を置いて、答える。
『わかりました。では、手続きを進めますね』
画面に承認ボタンが表示される。それに触れると、すぐに画面が切り替わった。
『再教育プログラムへようこそ。あなたの成長を、心をこめてサポートします』
施設の名前が表示される。
『E.D.E.N. 第三調整センター』
わたしは、タブレットを閉じる。
窓の外を見る。青い空。白い雲。
争いも犯罪もない、平和な光景。
誰もがAIと歩いている。
チョーカーと腕輪がわたしの身体に触れている。
物心ついた頃からいつもそこにある、軽くて冷たい感触のまま。