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#俺だけレベルアップな件
猫道
645
薙
5
猫道
212
時が止まる、というのはこういうことだろうか
路地の入口、さっきまでの男たちと同じようにひとりの少女が立っている
美しい少女だった
「それ以上の狼藉は見過ごせないわ。――そこまでよ」
それは澪にとって、昴を助けてくれるであろう希望であった
その場の誰もが、ただ彼女の存在感に打ちのめされていた
彼女の敵意を真っ向から向けられ、先ほどまで血気に逸っていた表情はどこへやら
「待て待て待て!待ってくれ!な、なんだかわからねえが、こいつは見逃す!だから俺たちのことは勘弁して……」
「潔くて助かるわ。今ならまだ取り返しがつくから、私から盗った物を返して」
「だから悪かったって……へ?盗った物?」
「あれ以外のものなら諦めもつくけど、あれだけは絶対にダメ。今なら、命まで取ろうとは思わないわ」
『昴を、助けに来たわけじゃ無い…?』
『何か、大事な理由…盗まれた物…』
澪は、頭の回転が早い方である
そして、咄嗟の分析力が高いのである
『この子が追っていたのはさっきの金髪の子で、昴を助けに来たわけでは無い…ってこと…?』
そう理解するのに、時間はかからなかった
彼女の口から明言されるよりも前に、彼女の目的に気が付いたのだから、やはり頭の回転は早い方である
「ちょ、待って!……あの、話が食い違ってると思うんだがっ」
「……なに?」
「ええっと、この男を助けにきたわけじゃないんで?」
「……変な格好した人ね。仲間割れの途中?私に関係があるのか聞かれたら、無関係と答えるしかないわ」
「ちょ、ま、待ってくれ!こいつが目的じゃないなら、俺らは別口だ!盗まれたとかって話ならたぶん、さっきの女だろ!」
「あ、ああ、そうだ。さっきの!壁蹴って屋根伝いに逃げてった!!」
「奥だ奥!その向こう!あの勢いなら通りをもう三つは抜けてる!」
男たちの続けざまの言い訳に、少女の視線がスバルと絡まる
男たちの言葉が真実かどうかを問うてくる視線に、スバルも頷いてしまった
それを見届けて、少女は「うう」と不承不承、納得の頷きを作り、
「嘘じゃ、ないみたい。それじゃ、盗った人は路地の向こう……?急がないと」
男たちの露骨な安堵
だが、
「それはそれとして、見逃せる状況じゃないのよ」
振り返りざまにこちらに向けた少女の掌から、飛礫が立ち尽くす男たち目掛けて放たれていた
硬球が肉を打つのに似た音が三つ鳴り、男たちが苦鳴を上げて吹っ飛ばされる
男たちに命中し、スバルの傍らに甲高い音を立てて落ちたのは氷塊だ
「――魔法」
とっさに口からこぼれたのは、今の現象を説明するのにもっとも適した単語だ
詠唱もなにも聞こえなかったが、今の氷は少女の掌から生まれて打ち出されていた
こうして目の前で実際にその情景を見て、初めてわかったことがある
「思ったより、幻想的な感じじゃないな……がっかりなリアル感だ」
「やって……くれやがったな」
スバルの感想はさて置き、そのリアルな一撃を受けた側のダメージは甚大だ
ひとりは打ちどころが悪かったのか昏倒しているものの、残りの二人は流血こそしているが健在
ナイフ男とは別の男も、その手には錆びの浮いた鉈のような獲物を握って臨戦態勢だ
「こうなりゃ相手が魔法使いだろうがなんだろうが、知ったことかよ。二人で囲んでぶっ殺してやる……二対一で、勝てっと思ってんのか、ああ!」
片手で曲がった鼻を押さえながら、ナイフの男が怒声を張り上げる
「そうね。二対一は厳しいかもしれないわね」
「じゃ、二対二なら対等な条件かな?」
少女の声を引き継ぐようにして、中性的な高い声が新たに路地の空気を震わせた
路地の入口にも、当然路地の中にも、その声を発した人物らしき姿はない
その三人に見せつけるように、少女が左手を伸ばす
上に向けられた掌、その白い指先の上に『それ』はいた
「あんまり期待を込めて見られると、なんだね。照れちゃう」
そう言ってはにかむように顔を洗ったのは、掌に乗るサイズの直立する猫だった
奇妙な猫の姿を見て、ナイフ男がその顔に戦慄を浮かべて叫ぶ
「――精霊使いか!」
「ご名答、今すぐ引き下がるなら追わない。すぐ決断して。急いでるの」
少女の言い分に舌を打ち、男たちは昏倒する仲間を担ぐと路地の外へ向かう
スバルをまたぎ、隣を抜けるときに少女をちらりと振り返り、
「覚えてろよ、クソガキ。次にこのあたりをうろつくときはせいぜい気をつけろ」
「この子に何かしたら末代まで祟るよ?その場合、君が末代なんだけど」
恫喝は精一杯の矜持だったのだろうが、それへの返答は軽い口調ながら苛烈だった
男たちは顔色を青くして、無言で雑踏の方へと駆けていく
彼らの姿が見えなくなると、この路地に残るのは少女たちとスバルだけだ
「動かないで」
とにかくお礼の言葉を
そんなことを考えていたスバルに対し、少女は情を感じさせない冷たい声で言った
彼女の瞳には警戒の色が濃い
それはそれとして、こちらを見る彼女の紫紺の瞳は魅入られるように美しい
美少女慣れしていないスバルはそれだけで、思わず顔を赤くして目をそらしてしまう
パキと、音がしたように感じる
助けてくれた、恩人で
可愛くて可憐で、美しい
昴が好きにならないわけがない、というよりも健全な男子に好きになるなと言う方が無理だ
つまり、澪にとっての小さな絶望である
絶望と言っても大きいものではない、そもそも澪は自分が恋愛対象でない事は知っている
そしていつか、昴に好きな人ができることも理解していたつもりだった
実際にできた時に、仕方ないと割り切れるかはまた別の問題であったが
『…それでも、昴を助けてくれてありがとう』
そう感謝できるのだから、澪はなんだかんだ割り切れているのだろう
だが澪の心境などいざ知らず、スバルの仕草に少女は警戒の眼差しのまま不敵に笑い、
「やましいことがあるから目をそらす。私の目に狂いはないみたいね」
「どうかな。今のは男の子的な反応であって、邪悪な感じはゼロだったけど」
「あなた、私から徽章を盗んだ相手に心当たりがあるでしょ?」
「期待されてるとこ悪いけど、全然知らない」
「嘘っ!?」
先ほどまでの凛々しい態度もどこへやら
「ど、どうしよう。まさか本当にただの時間の無駄……?」
「その状態も刻々と進行中だけどね、急いだ方がいいと思うよ。逃げ足がすんごい速かったから、きっと風の加護があるよ、犯人」
「なんでそんなに他人事なの、パックは」
「手出し口出し無用って言ったのそっちなのに。それと、あの子はどうする?」
思い出したように話題の焦点が戻ってきてスバルは苦笑
スバルは虚勢を張って立ち上がり
「助けてもらっただけで十分だ。急いでるんだろ?早く行った方がいい」
「あれれ?」
「あー、無理して立ち上がんない方がー、って遅かったね」
頭が重くて体がふらつき
結果、さっきまで寝ていた地面にセカンドキスを捧げる羽目に
鼻面から落ちて、鋭い痛みに意識を持っていかれるスバル
「で、どうするの?」
「関係ないでしょ。死ぬほどじゃないもの、放っておくわよ」
スバルの意識は段々、段々と遠くへ――
「ホントに?」
「本当に!」
ぷつりと意識が途切れる瞬間に、赤い顔をして振り返る銀髪の少女が見えた
「――絶対の絶対、助けたりしないからっ」
――怒った顔も、すんげぇ可愛いな、異世界ファンタジー
そんな感想を最後に、スバルの意識は闇に落ちた
瞼を開ければ傾いた陽光が瞳を焼き、眩しさに顔をしかめながら目をこする
「あ、目が覚めた?」
声は真上
「まだ動かないで。頭も打ってるから、安心できないの」
こちらの身を案じる声は優しく、さらに頭の下には尋常でない至福の感触
――これぞまさに美少女の膝枕か!!
天恵に従い、スバルは寝返りを打つ素振りでその太ももの感触を堪能しにかかる
円運動で頬が至高の感触に辿り着き、想像以上にモッフモフの感触が顔全体を押し返した
――なんか美少女って思ったより毛深いんだな、と思う
「って、そんなわけあるか――!」
「起きて良かったですわですわ(裏声)」
突っ込みを入れながら上を向き、今度こそ覚醒した視力が世界を正しく映し出す
スバルの眼前、逆さの視界の中にもの凄いでかい猫の顔があった
「せめて覚醒までの瞬間を幸せに過ごさせてあげようという粋な計らいだよ(裏声)」
「とりあえず、その裏声はやめてくれ」
スバルはそれだけを注文
せっかくなので、モッフモフの感触を頬で楽しむことにする
「モッフモフ……モッフモフやぁ。なんてもんを生み出してしもうたんやぁ、神よ」
「いやぁ、こんなに喜ばれるとボクもわざわざ巨大化した甲斐があるよ。ね?」
「ということは、お前はさっきのミニマムサイズ猫?」
「大きさ自由で持ち運びに便利。さらにユーモアあふれるトークで退屈な日常を彩ったりしちゃう。生活のお共に。詳しくは精霊議会に問い合わせてみてね」
「と言いたいところだけど、ビックリ 」
「君はもう、精霊と契約してるみたいだね」
「!?」
「不思議だなぁ、ならなんで君はあの程度のチンピラに殴られてたの?」
「えーと、ほら、なんか、干渉できないみたいで?」
「まさか、顕現の仕方も知らないってコト?」
「そう、なる、かな」
「まずもって精霊だなんて知らなかったみたいな顔だし」
わけがわからない話になり、スバルは咄嗟に会話を逸らす
「というか、!」
「けっきょく目が覚めるまでいてもらって……」
「勘違いしないで、聞きたいことがあるから仕方なく残ったの」
「それがなかったら貴方のことなんて置き去りにしたわ」
「私がやったことは全部が全部、自分の都合のため。だから、その分に応えてもらうわ」
「普通の要求だな」
「そんなことない、一方的よ。それで、あなたは私の盗まれた徽章に心当たりがあるわね?」
その問いの内容にスバルは首を傾げざるを得ない
正直、まったく同じ質問を、意識を失う寸前にも行った気がしてならないのだが
「俺が意識のない短い間に、強く頭を打ったりとかした?」
「君が意識なかったのはせいぜい五分だけど、ボクの知るかぎりそんなことはなかったね」
「こっちの意図を無視して暴走しないでくれる?それで、質問の答え」
「えーっと、それでしたらあの……心当たりとか、ないかなぁなんて」
残念ながら、この小一時間ほどの時間でそれっぽいものを見た記憶は皆無だ
しかし、少女はそんなスバルの答えに対して落胆した様子もなく頷き、
「それじゃ仕方ないわ。でも、何も知らないという情報をもらうことができたわけだから、ちゃんと対価は貰っているわね」
あっけにとられるスバルを置き去りに、少女は吹っ切るように大きく手を叩き、
「もう行くわね。急いでるの。あと、こんな時間に人気のない路地にひとりで入るなんて自殺志願者と一緒だから。あ、これは心配じゃなくて忠告よ。次に同じような現場に出くわしても、私が貴方を助けるメリットがないから、期待されても困るから」
早口で言いまくしたてて、スバルの沈黙を肯定と受け止めたのか、少女は「よし」と満足そうに呟いて身をひるがえす
ふいに体重を預けていた感触が消失し、スバルは慌てて落ちかける身を立て直す
振り返ると、猫の姿は初見の掌サイズに戻っていた
「ゴメンね。素直じゃないんだよ、うちの子。変に思わないであげて」
笑いを含んだ口調でフォローして、猫は少女の肩にやわらかに着地する
その背中を見送りながら、スバルは今の猫の言葉をひたすらに反芻する
素直じゃないらしい、あの少女の言動と行動の意図を
澪はいち早く昴の考えていることに気付いたらしく、
『素直じゃないとかいうレベルの問題じゃないよね、昴』
「ああ…」
少女にとって、得た収穫は完全にゼロだ
収支でいえばブッちぎってマイナスもいいところだろう
少女には責める権利があったが、 少女はスバルを責めなかった
少女にとって、スバルを助けたのは全て自分本位の目論見通りの結果なのだから
「そんな生き方、メチャクチャ損するじゃねぇか」
言いながら立ち上がり、砂埃で汚れた己のジャージを叩く
体の健在ぶりを確認し、改めて魔法の非常識さを実感した
そして、これを二束三文でよしとした少女の規格外さも
「おい、待ってくれよ!」
彼女は振り返り
「なに?話ならもう終わったわ。もう私とあなたは無関係の他人です」
「そっちは終わったつもりでも、こっちは全然終わったなんて思ってない」
スバルは両手を広げて彼女の進路を阻み、
「手伝わせてくれ」
「でも、あなたは何も……」
「確かに、盗んだ奴の名前も素姓も性癖もわからねぇけど、少なくとも姿かたちぐらいはわかる!八重歯が目立つ金髪のプリティーガール!身長は君より低くて胸も小さかったし、歳も二つ三つ下だと思うけどそんな感じでリアリー!?」
『てんぱると早口でテンション上がってしまうのは、昴の悪い癖だよね』
『今もその癖が存分に発揮されてるし…昴が自分で自分にドン引きしてるもん…」
「変な人」
「言っておくけど、なんのお礼もできません。こう見えて無一文なので」
「安心しろ、俺も無一文だ」
「安心できる要素が何もないね」
「それに、俺が礼をしたいから手伝いたいんだ」
「お礼をされるようなことしてない、代価は貰ってるから」
「それなら」
「俺も俺のために君を手伝う。俺の目的はそう、だな。そう、善行を積むことだ!」
「善行?」
「それを積むと死んだあとに自堕落ライフが俺を待っている。だからそのために、俺に君を手伝わせてくれ」
「素直に受け入れておいた方がいいと思うよ?このままだと、無謀としか言いようがないし」
「でも……私は」
「意地を張るのも可愛いけど、意地を張って目標を見失うのは馬鹿馬鹿しいと思うよ」
「ボクはボクの娘が馬鹿な子だと思いたくないなぁ」
それから彼女は数秒、変に色っぽく悩んだ挙句
「本当に、なんのお礼もできないからね」
そう言って、スバルの差し出した手を取ってくれたのだった
コメント
2件
続き待ってるヨォ
第3話読み終わったよ…! 最初は路地裏の緊迫感から始まって、銀髪の女の子がバンッと現れた時の空気、すごく好き。 「助けに来たわけじゃない」って言いながら、結局ちゃんと助けて去ろうとするの、ツンデレというか不器用な優しさって感じで…。 あと澪の視点で昴が赤くなったのを見て“小さな絶望”ってとこ、切なくて胸がぎゅってなった😢 それでも感謝できる澪、強くて優しいな。 パックのモフモフ描写も可愛くて和んだ〜🥀