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 土色のグラウンドは騒然としている。

 エウィンとサウロ。二人が繰り広げた一回戦は、傭兵の圧勝で幕を閉じた。

 余韻に浸ることなく、第二回戦の始まりだ。

 次の相手は予定通り、第一遠征部隊の隊長が務める。

 ジーター・バイオ。細身ながらも長身ゆえ、変化に乏しい表情も相まってその姿は高圧的に映る。

 隊長という階級に相応しいだけの実力を兼ね備えており、本来ならば傭兵ごときがやり合える相手ではない。

 しかし、今回ばかりは例外だ。

 百を越える観客達は、棒立ちのまま動けない。それほどの攻防が、彼らの眼前で繰り広げられている。

 緑色の閃光はエウィンだ。砂埃が巻き上がった場所には、もういない。対戦相手のわき腹に短剣で斬りかかっている。

 必中とも言うべき斬撃だが、どういうわけか当たらない。

 ジーターもまた同等の速度で駆けており、指導するように反撃を試みるほどには余裕しゃくしゃくだ。


「やるな、エウィン」


 上から目線だが、この軍人は四十代の年長者。

 対するエウィンは十八歳ゆえ、父と子ほどには年齢が離れている。


「やっぱり! 強い!」


 お世辞抜きの感想だ。

 そんなことは戦う前からわかっていた。

 手合わせは初めてながらも、ゴブリンの大軍を蹴散らした際にその実力は十分観察することが出来た。

 ゆえに驚きはしないのだが、必死であることは変わりない。

 それでもエウィンは未だ無傷だ。頭上あるいは左右から迫る木剣を全て避けているのだから、この少年も強者の一人と言えよう。

 観客達が息を飲む中、ジーターが大きく踏み込む。対戦相手に対して、覆い被さるように距離を詰めた理由は、逃がさないという意思表示に他ならない。


「捉えたぞ」

(くっ⁉)


 頭突きが届きそうなほどの間合いだ。

 つまりは斬撃に不向きながらも、この軍人は素人ではない。腕を折りたたむように振り降ろすことで、問題をあっさりと解消してみせる。

 この仕掛けに対して、エウィンの反応は遅れてしまう。意表を突かれた時点で、後手に回ったことは否めない。

 力任せなようで繊細な、上から下への斬撃。いかにそれが訓練用の剣であろうと、軽傷では済まない破壊力だ。

 避けることは、もはや叶わない。

 これはそういう攻撃であり、次の瞬間、頭蓋骨はスイカのように割られてしまう。

 そうなることは確定のはずだが、この傭兵は理外の外に存在している。

 怯みながらも、後方への跳躍。まるでこの斬撃を予知していたかのように、寸でのタイミングながらも避けてみせる。

 その際に剣先が少年の鼻をかすめたことから、無傷とは済まない。

 よろめくように後ずさりながら、エウィンは顔をしかめる。


「う、鼻血が……」

「今のでやれんか」


 両者共に驚く。

 そして、それは周囲の軍人達も同様だ。想像以上に高い次元の模擬戦を見せつけられた以上、手に汗握って見守るしかない。

 鼻を拭った結果、緑色の袖が赤く汚れるも、エウィンは気にも留めずにジーターを見つめ返す。


(直感があったからなんとかなったけど。もっともっと集中しないと……)


 この少年が保有する、魔法とも戦技とも異なる能力。その内の一つが、限定的な未来予知だ。

 自身に危機が及んだ場合、直前ながらもその攻撃がどのように迫ってくるかがわかってしまう。

 これのおかげで先ほどの斬撃を避けられたのだが、鼻骨が負傷した時点で完全回避とは言い難い。

 対するジーターだが、呼吸は乱れておらず、素振りのように木剣を振り抜く。


「すごいものだ。その若さでこれほどとは……」


 これもまた率直な感想だ。

 エウィンがこの軍人を恐れるように、ジーターもまた緑髪の傭兵に面食らっている。

 この少年の実績は主に二つ。

 ジレット監視哨での魔女と巨人族を撃退。

 ケイロー渓谷を占拠したゴブリン掃討の補助。

 これらは疑いようのない戦績だ。

 ゆえに、この傭兵を侮らない。

 当然ながら、ジーターは手心を加えずにエウィンと戦っている。

 紙一重の攻防はそうであることの裏付けだ。

 鼻血が止まったことから、少年は小さく息を吐く。


(ジーターさんには、まだ奥の手が……)


 彼らの本気は限定的だ。手を抜いてはいないのだが、全てを出し切っているわけでもない。

 エウィンは肉体強化の天技を。

 ジーターは各種魔法を。

 それぞれがそれぞれの思惑で、実戦投入していない。

 ここまでの攻防は、ほぼほぼ互角か。少なくとも観客にはそう見えているのだが、長身の軍人が動き出す。


「出し渋っている場合ではないな。悪いが、切り札を一つ使わせてもらう」


 ジーターの戦闘系統は支援系だ。弱体魔法と強化魔法のエキスパートであり、この男はその全てを習得している。

 それほどの逸材は、イダンリネア王国においてジーター一人だけだ。

 エウィンとしても、嫉妬せずにはいられない。


「ずるいです」

「ふ、そう言うな」


 軽口を受け流すと同時だった。

 ジーターの全身が、透き通るような光を放つ。

 魔法の詠唱だ。その時間は目的の魔法によって左右されるのだが、今回は四秒と比較的長い。

 発光現象と共に無数の泡が生まれては霧散する中、詠唱の完了はジーターの発言によってもたらされる。


「オーバースペック」


 その瞬間、男が赤い炎に包まれる。

 正しくは真っ赤な闘気であり、ジーターの黄色い短髪や深緑色の軍服さえも赤色で塗り替えられてしまう。

 オーバースペック。強化魔法の一つながらも、習得者は非常に少ない。

 その効果は、自身の運動能力をほんのわずかに高めることが可能だ。その恩恵は速度のみに限られるも、戦技と異なり魔源が尽きない限りは長時間維持出来る。

 オーバースペックは魔源の消耗が激しい魔法ながらも、ジーターほどの実力者なら心配は不要だ。

 見せつけるようにオーラをまとった対戦相手を前にして、エウィンは引きつってしまう。


「これが……。初めて見ました、普通にかっこいいです」


 傭兵であろうと、この強化魔法を使える者は限られる。

 ましてや、この少年は七歳から半年前まで、草原ウサギだけを孤独に狩り続けてきた。

 この魔法と出会う機会などなかったため、模擬戦の最中であろうと驚かずにはいられない。

 対するジーターだが、闘気の内側で武器を構え直す。


「これで五分と言ったところか」


 強化魔法によるドーピングは認められている。

 それを咎める者などいない以上、軍人は仕切り直すように斬りかかる。

 観客の動体視力を置き去りにするほどの突進だ。

 以前にもましてその迫力は凄まじく、裏を返せばエウィンはその姿をハッキリと視認出来ている。


(速い!)


 見えていようと対処可能かどうかは別問題だ。

 そのはずだが、少年の動きに淀みは感じられない。右から左へ走り抜けようとする刃に対し、バックステップで回避してみせる。

 その結果が、これだ。


「迂闊だ」

「ぐぅ⁉」


 エウィンがくの字で吹き飛ぶ。

 訓練用の剣を避けたことで、無意識に生じた隙。その一瞬を、ジーターは見逃さない。

 離れるように跳ねた傭兵に、軍人は加速を伴って瞬く間に追い付いてみせる。

 勢いそのままに右足を振り抜けば、追撃は当然のように成立だ。

 エウィンは腹部を蹴られ、成す術なく吹き飛ばされる。

 観客から歓声と悲鳴の二種類が湧き上がるも、その理由は明白だ。

 隊長の勝利を確信する者。

 蹴られた傭兵が大砲玉のように飛んできたため、巻き込まれた者。

 彼らは叫ぶように騒ぐため、試合会場は大賑わいだ。

 空気が震えるほどの騒音ながらも、異物のように二人だけが落ち着いている。

 ジーターは赤いオーラを解除しない。木剣を構えてはいないものの、観客に埋もれた対戦相手を冷静に眺めている。

 そして、エウィン。自身を受け止めてくれた大人達に謝罪と礼を述べながら、彼ら共々起き上がろうとしている。


「す、すみません、お騒がせしました。あ、僕なら大丈夫です」


 嘘ではない。

 黒いズボンは汚れてしまったが、被害としてはその程度だ。

 もちろん、蹴られた腹部はジンジンと痛むも、拾った魚で食中毒を起こした時と比べればどうと言うこともない。

 右手は短剣を握れている。

 この試合に場外というルールがあったのなら、この時点でウィンの負けだ。

 しかし、どちらかが敗北を認めない限りは継続されるため、野次馬が巻き込まれようと模擬戦は中断しない。

 エウィンは背中を押されたように歩き出す。後方からの声援に耳を傾けながら、このタイミングでふと思い出してしまう。


(アゲハさん、元気にしてるかな?)


 いつも彼女だけは応援してくれた。声量は聞き取れないほどに小さくとも、この少年を支えたことは間違いない。

 アゲハを魔女の里に残した理由は、鍛錬のためだ。特別な能力を授かったとは言え、彼女は日本人女性に過ぎない。身体能力はエウィンと比べると圧倒的に劣るため、肉体強化は必須と言える。

 一方で、エウィンは異世界について調べるために帰国した。

 だからこそ王立図書館へ足を運ぶも、浮浪者という身分では入館すら拒まれてしまう。

 不貞腐れても解決しないため、妙案が見つかるまでは生活費を稼ぐことにした。

 この模擬戦はそのための試験であり、正面には長身の軍人が燃えるように立っている。

 エウィンとしては、改めて主張せずにはいられない。


「ただでさえ強いのに、オーバースペックまで……。だけど、僕はまだまだ戦えます」

「そうでなくてはな。さぁ、来い」


 ジーターが挑発するように顎を上げる。

 軍人らしからぬ態度かもしれないが、相手は若い傭兵だ。ましてや気心知れた間柄ゆえ、無意識に挑発してしまう。

 言われるまでもなく、エウィンは既に前進中だ。攻撃魔法の類を習得していないのだから、戦うためには近づくしかない。


「では、お言葉に……甘えて!」


 小休憩は終了だ。

 緑髪の傭兵が、獣のように襲い掛かる。

 選んだ一手は、短剣による突き刺し。右腕を目一杯伸ばしながら、ぶつかるように刃を向ける。

 この急発進はそれだけで必殺だ。弓から放たれた矢よりも高速ゆえ、人間の反射神経では対処のしようがない。

 少なくとも、野次馬のような軍人達はその軌道を追い切れておらず、エウィンとしても自信を持って繰り出した。

 しかし、現実はそこまで甘くない。


「やはりな」


 言葉を置き去りにして、ジーターの姿が消失する。

 エウィンが常軌を逸したスピードで動けるように、この軍人も同程度のことは可能だ。

 それでも、怯むにはまだ早い。


「見える!」


 エウィンの動体視力は、赤い軌跡を捉えている。この傭兵から見て左手方向へ逃げたことは把握済みゆえ、素直に追いかければ良い。

 その実直さを、ジーターは年長者として否定する。

 少年が急カーブと共に方向転換を終えた直後のことだ。子供のようなその顔目掛け、木製の刃がビンタのように殴打する。


「ぶっ⁉」


 パンと鳴り響く、激突音。

 エウィンの左頬が叩かれた瞬間、両者は静止画のように立ち止まる。

 動かないという意味では、野次馬達も同様だ。

 唾を飲む音さえ目立つ空間で、ジーターが木剣を引っ込めながら釘をさす。


「エウィン、動きが直線的過ぎるぞ。一概にそれが悪いとも言い切れんが、実力が拮抗するような場合、悪手となることもある。今回のように、な」


 もはやアドバイスだ。

 今の一打で模擬戦が終わるようなら、助言を与えるつもりなどなかった。

 しかし、エウィンはほとんど無傷だ。

 訓練用の模造剣とは言え、その剣先は十分硬い。

 にも関わらず、この傭兵は頬を摩ってはいるものの、そこに傷の類は見当たらない。


「確かに、僕の戦い方は読みやすいって言われたことがあります」


 この一か月間、エウィンは魔女の集落で過ごしていた。

 その期間、モーフィスという名の老人と手合わせすることが日課となっていたのだが、結果は残念ながら全敗だ。実際にはアゲハとの共闘で挑んだ際は尻餅をつかせることが出来たのだが、一対一では手も足も出せずに今に至る。

 この模擬戦においても劣勢だ。

 ジーターがオーバースペックという切り札を投入したことから、エウィンも奥の手を切るべきだろう。

 それでもそうしない理由は、自身を見極めるためでもある。


(僕は、僕自身のことがまだまだわかってない。ジーターさんには申し訳ないけど、ものさしになってもらう)


 アゲハとの出会いで急成長した弊害だ。

 それまでは、草原ウサギを狩れるだけの傭兵だった。

 しかし、今は異なる。巨人族さえ屠れてしまったことから、傭兵という枠組みにおいても上の方なのだろう。

 その具体的な位置づけが、未だ不明だ。

 モーフィスには、まだ勝てない。

 魔女であり傭兵でもあるエルディアには勝てた。

 情報は揃いつつあるが、比較対象は多いに越したことはない。

 ゆえに、今はまだ天技を使わない。

 リードアクター。アゲハの中に宿るもう一つの人格から与えられた力。発動させることで、身体能力を大きく向上させることが可能だ。

 そういった点はオーバースペックと似通っているのだが、こちらは速度だけでなくあらゆる面を高めてくれる。

 この天技を実践投入すれば、もっと楽に戦えるだろう。

 それでも今回は己を縛る。追い込まれない限りは、勝つことと己を知ることの二つを両立させたい。


「しかし、頑丈だな」

「ちょっと痛いです。でも、まだまだ」


 蹴られ、木剣で殴られようと、戦意は失われていない。

 それどころか外傷もほとんど見当たらないことから、戦局の傾き具合さえ不明瞭だ。

 真っ赤な闘気をまといながら、ジーターは淡々と話し続ける。


「この程度ではないのだろう? 見せてみろ、おまえの本気を」


 煽るような口ぶりだ。それほどにエウィンのことを評価している。

 模擬戦の最中ゆえ、本来ならば問答など不要だ。

 それでも今は、反応せずにはいられない。


「本気、ですか。ジーターさんだってグリムスをまだ使ってない……」

「ふ、確かに。なら、使わせてみろ」

(う、言い合いじゃ勝てる気がしない……)


 言い負かされたわけでもないのだが、エウィンは唇を尖らせる。

 両者共に、秘蔵の一手を隠したままだ。

 その範疇で全力を出してはいるものの、それを本気と定めることは強引か。


「言われなくとも……。お金のためにも、あいつの思惑を潰すためにも、この試合、負けられません」


 ジレット大森林に出現した謎の魔物。蜘蛛女と呼ばれているそれが、オーディエンの部下であることは間違いない。

 エウィンにとっては父の仇だ。

 さらには、アゲハを地球へ帰還させるための手がかりでもある。

 そういった背景からも、特異個体狩りの権利を手放すつもりなどない。

 少年は鼻息荒く駆け出す。猪突猛進に仕掛けるつもりだ。

 それが悪手だと指摘されたばかりゆえ、学習能力がないと露呈してしまったか?。

 そうではないと、実演によって証明してみせる。


「な……」

「遅い!」


 まるで獣のような低い姿勢だ。

 エウィンは屈むように走ると、すれ違いざまに短剣で斬りかかる。

 その結果、赤いオーラが揺れるだけでなく、男の軍服が裂けるように破れてしまう。

 オーバースペックに弱点などない。魔源を大きく消耗することはデメリットかもしれないが、それと引き換えに走る速さだけでなく俊敏性すらも向上してくれる。

 習得したのなら使わない理由がない魔法ながらも、言い方を変えるなら効果は限定的だ。

 つまりは、反射神経は据え置かれる。

 だからこそ、ジーターはエウィンの本気に反応しきれない。片手剣を振る猶予さえ与えられなかったことから、呆気に取られてしまう。


「これほど!」


 この速度こそがエウィンの最大だ。

 ジーターでさえ反応しきれない。

 出し渋っていたわけではないのだが、このタイミングで戦い方を変えられるほどの器用さは持ち合わせていないため、後先考えない全力疾走で挑むことにした。


「まだまだぁ!」


 握っている武器は訓練用だ。これで斬りかかろうと、対戦相手は倒れてくれない。

 ならば、敗北を認めてもらえるまで何度でも繰り返す。

 ジーターはわき腹の負傷を気にも留めずに振り向くも、そこにエウィンの姿はない。その少年は視界の端へ駆けており、新たな斬撃が軍服に二つ目の傷を作ってみせる。

 この武器が鋼鉄の短剣ならば、ジーターは既に絶命だ。

 もっとも、そのような仮定に意味などなく、エウィンは模擬戦だからこそ手加減なしに戦えている。

 そういう意味では、この軍人も同様だ。三度、四度と斬られた頃合いで、順応し始める。

 突風を巻き起こす、傭兵の高速移動と斬撃。それが中断した理由は、刃と刃がぶつかったためだ。

 それでもエウィンは減速しない。ジーターの反応には驚かされたが、一旦下がって改めて斬りかかるつもりだ。

 その瞬間を、この軍人は見逃さない。


「グリムス」


 必殺の魔法だ。

 そして、決着の瞬間でもある。

 狙った相手を、コンマ何秒ながらも停止させる魔法。金縛りと言い換えても良いだろう。

 ジーターほどの強者にそれだけの時間を与えた場合、模擬戦は当然ながら終了だ。

 これが子供同士の喧嘩ならば、拳を突き出すための予備動作で過ぎ去ってしまう。

 しかし、ここで戦っている彼らはエウィンとジーター。瞬きほどの時間で、相手を幾重にわたって斬ることが出来る。

 決着だ。

 敗者の喉元には、刃が突き立てられている。

 文句なしの結果に、観客達も祝うように湧き上がる。

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