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ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。お兄様が帝都を離れて数日が経過しました。私は使用人の一人としてエーリカ、セレスティンと一緒にレンゲン公爵家の別荘でお世話になっています。
今の帝都は帝国の首都とは思えないほど暗い雰囲気に包まれて、市民の皆さんの顔にも覇気がありません。
度重なる増税による困窮の噂は黄昏にも流れていましたし、帝都から逃れてきた人も居たのでまさかとは思っていましたが……実際に窮状を目にすると複雑な心境になります。
私から見れば害悪でしかない保守派の根城である帝都の没落ぶりは気分が良い反面、困窮する民を見ると素直に喜べないのも事実です。
近代的な技術を取り入れていく革新派貴族と保守派貴族の地力に明確な差が出始めていますが、保守派は増税によってその差を埋めようとしているみたいです。ふむ。
「亡国の兆しですな。旦那様も嘆かれておられましょう」
見事な中庭で草木のお手入れをしつつセレスティンがため息混じりに呟きました。私?窓のお掃除中です。
ちなみに、極めて不本意ですが身長故に届かない場所があるのでそこはエーリカに頼ることになりますが。
「亡国の兆し、ですか?」
「増税で困窮した民が逃げ出す。それでも更なる課税を加えれば、逃げ道を失った民が取る道は一つ。殉じることはありませぬ。立ち上がるのです」
「反乱ですか」
「左様でございます。ここ帝都には数多の火種が燻っていると見ました」
「まあ、燻っているでしょうね。次期皇帝はほとんど確定していますし、後は皇帝陛下の体調次第ですね」
「次期皇帝の地位が確定したとして、座してその時を待てる胆力があれば良いのですが」
セレスティンの言葉にシャーリィも目を細める。
「つまり、何らかのアクションを起こす可能性があると」
「この時期に開かれるパーティー。皇帝陛下のご容態が芳しくないならば、自粛されるべきものです。にも拘らず……お嬢様、ご用心を」
「身の回りには気を付けますよ。なにより、カナリアお姉さまを失うわけにはいきません」
帝都の情勢は余談を許しません。貴族の争いに関心はありませんが……情報を集めないと。
……ん。
メイドさんの一人がすれ違い様に私のポケットになにかを押し込みました。ふむ……今夜は冒険ですね。
その日の夜、私とレイミは村娘スタイルで密かにお屋敷を出ました。夜の帝都は真っ暗で、あちこちに用意されたかがり火が唯一の光源です。
シェルドハーフェンでは電気が普及し初めて電灯も珍しくはありませんから、帝国の首都がこの有り様であることは帝国の行く末を暗示しているみたいで不愉快ですらあります。
「帝都にも電気が普及していると聞いていたのですが、これは……」
「皇帝陛下が病に倒れてから発電所を全て破壊したみたいですよ」
ランプを持って先導してくれるレイミの呟きに答えてあげました。
「狂気の沙汰ですね」
そう、まさに狂気の沙汰です。人は変化を恐れる生き物です。気持ちは分からなくもないのですが、進歩まで恐れては未来がありません。
進歩の否定は停滞を生みます。川の流れだって塞き止めれば汚れてしまいますからね。保守派と呼ばれる貴族達はその辺りを正しく認識しているのでしょうか?
……いや、していませんね。彼らは自分達の利権を護るだけ。民の困窮を見れば分かります。
「為政者の私欲による滅亡ですか」
「私個人としては私利私欲を否定するつもりはありませんよ?ただ、その分国家に還元すれば良いだけです」
暁でもたまぁに私腹を肥やす人が居ます。が、その分組織に貢献しているなら目を瞑ります。
寄生虫は宿主が元気でなければ生きられない。私腹を肥やしつつ、ちゃんと宿主に利益を還元してくれるなら罪には問いません。
問題なのは、その関係性を理解しない寄生虫です。宿主に集るだけの存在は必要ありません。そんな人達は見せしめも込めて派手に断罪します。
まあ、ちゃんと理解してる人達にも刺激が必要ですからね。舐められちゃいけない。やり過ぎるなと釘を刺す意味もあります。
「お姉様の寛大なお考えは、理解の外です」
「別に寛大ではありませんよ、レイミ。最終的にプラスになるなら過程を気にしないだけですから」
そもそも暁はシェルドハーフェンに属する裏社会の組織。表の仕事もやっていますが、明らかに法に触れるような行いもしているんです。品行方正何てものを求めるのは無理があります。
「なるほど……それで、今夜の行き先は?エーリカではなく私を連れていると言うことは……貴族絡みですか?」
「レイミに声をかけたのは、ただ単に一緒に出歩きたかったからですよ?だからそんなに身構えないで」
「分かりました」
「行き先についてですが、簡単です。帝都の影の支配者に挨拶ですよ。もちろん穏便に、ね」
帝都の裏社会を牛耳る存在については謎が多かったのですが、ラメルさん達の尽力と新たに得られるようになった花園の妖精達の情報網を駆使してようやく突き止めることが出来ました。
後々のためにも、しっかりとご挨拶を済ませておく必要があります。筋は通さないとね。
帝都の貧民街。ただでさえ暗い帝都で更に陰湿な場所。落ちぶれた帝都の住民は、ここで踏み留まるか町を捨てて難民になるかの二択を迫られます。
それ故に治安は最悪で、当局も半ば放置しているのである意味シェルドハーフェンより酷い場所です。
いや、ほとんど機能していなくても治安当局が存在するだけでシェルドハーフェンよりはマシかも知れませんが。
そんな貧民街の一角、道端には娼婦の方が客引きに精を出して、飲んだくれが倒れたりフラフラしてるような区域。明らかに治安が悪そうですが、誰もが私達を見るだけで手を出さない。
シェルドハーフェンなら当たり前のように絡まれるところですが。
「嬢ちゃん達、ここに来るのは間違いだよ。怪我しねぇうちに帰んな」
路地裏への入口付近で仁王立ちしている男性が私達姉妹を見て口を開きました。うん、情報通り。
「明けない夜はない。けれど、夜明けまで悠長に待つつもりもない」
私が口にした言葉を聞き、男性は少しだけ表情を歪めました。
「嬢ちゃん、何処でそれを……」
「企業秘密です。あなたのボスにお伝えください。暁のシャーリィがご挨拶に伺ったと」
さあ、楽しい楽しいお話し合いの時間ですよ。