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#シークレットベビー
夏目萌*優しい彼~コミカライズ
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孔一くんの恐ろしく整った顔が近づいてくる。
こんなに素敵な顔で甘い言葉を吐かれて、まるで少女漫画みたいって胸がときめくはずなのに。
まるで私の心はアラスカか南極のごとく凍っていく。
「冗談でもそんなこと言わないで。水咲とお見合い中でしょ」
「彼女とお見合いしてるから何? 君を口説いたら悪いって法律はないよ」
確かにお見合い中でも、好きな人ができて思いが通じた場合、お見合いを断ることには問題はない。でもお互いお見合い中って知っているのに。
「俺は親や法律の言うことを真に受ける相手が嫌い。だからお見合い相手が機械にみえちゃったのかも」
「お願いだからやめて。水咲は私の親友だよ。聞きたくないの」
これ以上孔一くんのことも幻滅したくなかった。
信じたくない。
「でも水咲さんより流伽ちゃんの方が魅力的だよ」
聞きたくない。
「君がお見合い相手だったら、恋愛結婚憧憬症候群にはならなかったのにな」
嬉しいはずの、学園のヒーローからの告白。
なのに嘘臭くて、他人を下げて私を上げようとする喋り方も許せなかった。
「でも一慶さんには敵わないし、俺は水咲さんでいいよ。こればかりは法律だし仕方が――っ」
言いかけた孔一くんを思いっきり突き飛ばした。
聞きたくなかった。知りたくなかった。
私の憧れの少女漫画の中の人。
夢をぶち壊さないでほしかった。
「孔一くんっ」
突き飛ばされた孔一くんが、手首を押さえてうずくまった。
彼の取り巻きが、すかさず駆け寄って私を睨んでくる。
「流伽ちゃん」
一河が駆け付けてくれた瞬間、私の手頸のブレスレットからけたたましいブザーがなった。
いやだ。こんな人が水咲のお見合い相手なんて嫌だ。
絶対に嫌だ。嫌だ、嫌だ。
「流伽ちゃん、落ち着いて。誰か、彼を流伽ちゃんの前から離して」
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
「流伽ちゃん……ごめんね。俺じゃあこんな足だから流伽ちゃんを抱きしめてあげられなくて。こんなに辛そうな顔をしてるのに、受け止められなくて、ごめんね」
車椅子の上から必死で手を伸ばしてくれる一河を見て、ブザーがようやく小さくなっていく。
「一河……っ一河……っ」
一河も水咲も、大切な友達だ。
誰よりも幸せになってほしい。誰よりも私の友達を幸せにしてほしい。
「どうした?」
「どうしたの」
保健室の先生と担任が駆け寄ってくる中、私は一河に抱き着いて泣きわめいた。
それから私のブザーが音は弱くなったものの鳴りやまないために、仲人さんが来て、外してくれた。
誰も私を怒らなかった。
お母さんが職員室に呼ばれ、真っ青な顔をしていた。
私はあったかいお茶を佐々木先生が淹れてくれたので飲み干す。冷めた身体には温かい。
「孔一くんは念のために病院に行ったけど、突き飛ばされたときに少し驚いただけで、捻挫じゃなかったみたいよ」
「……」
孔一くんは学年一のイケメンで、親も政治家で、サッカー部ではレギュラー。
誰もが憧れる少女漫画のヒーローなのに、思い出しても体が震えた。
「あの人、水咲がいるのに私を口説いた」
「あの子は誰にでも気障よねえ」
「冗談だったとしても、私……私、絶対に許せな」
言いかけた瞬間、保健室のドアがぶち壊され、音を立てて床に落ちた。
「俺の流伽ああああああああああああ」
声量は大きいのに、小さくて踏みつぶしそうなハムスターが夕日を背に立っていた。
「一慶さん」
「話は聞いた。大丈夫か!? けがは?」
佐々木先生がドアを直そうと奮闘する中、一慶さんは息を乱しながら私の前にやってくる。
「俺は流伽を信じている。嫌な目にあったのも想像できる」
「一慶さん」
「でも暴力だけは駄目だ。絶対に、駄目だ。一緒にそれだけは謝ろう」
一慶さんの言葉に、お茶で温まった身体が冷えていく。
カップを持っていた手が、小刻みに震えていた。
「私、悪くない。謝りたくない」
「分かってる。流伽は心に暴力を受けた。それは世界中の誰も信じなくても、俺は信じる。俺は何があっても、流伽が何をしても、絶対に信じる」
そして一慶さんは私の手に登ってきた。
「なに?」
「一応、抱きしめてる。ブレスレットがない今、抱きしめれるぜ」
私にはコアラのように抱き着かれているとしか感じない。
「俺を、言葉も体も虐待から守ってくれたのは流伽だよ。だからこそ、暴力だけは謝ってほしい」
「そんなの知らない。彼は私の親友を侮辱した。法律を武器にして、水咲を傷つけてもいいって思ってる。私は絶対にあんな人に謝らない」
「……そうか」
項垂れた一慶さんは、私の肩によじ登り、頭までジャンプして、頭の上に乗る。
そして小さな手で、何度も何度も頭を撫でてくれた。
「しょうがない。俺の回転レシーブからの回転ブリッジ土下座をお見舞いしてくるか」
「なんで!?」
なんで?
いや、そもそも私の起こしたことだし、一慶さんは一ミリも悪くない。
相手が政治家の血縁者だから?
たかが突き飛ばしただけで、一慶さんが謝る必要はない。
「一慶さんだってプロレスしてるじゃん。あれは暴力にならないの? スポーツなの?」
「俺のは、それが一番手っ取り早かったからだよ」
よいしょとブリッジをしようとして、こてんと倒れる一慶さん。
一慶さんは回転しつつブリッジをしようとして、床におでこを打ち、悶絶していた。
そして痛そうに頭を押さえながら、こちらを見た。
「プロレスラーになれば、一般人に少しでも危害をくわえたら罪が重くなる。『プロボクサーはナイフ所持と同等』って判例がでたこともあるらしい。だから俺は、プロレスラーになりたかった」
佐々木先生はドアを直した後、私たちに気を使って廊下に出て行く。
その後ろ姿を見ながら、私の目の前で回転レシーブからの回転ブリッジ土下座をしようとわたわたしている彼も視界に入ってきた。
「俺はもし自分が暴力をふるったら、死刑になりたくてね。不純な動機だろ」
「一慶さんみたいな優しい人が暴力するわけないじゃん」
「え、えー……俺、優しい? えっへへ」
気持ち悪い笑い方に若干引いたけど、喜んでいるのは分かった。
が、彼は謝るという姿勢は変わらないようだ。でも私は死んでも謝りたくない。
突き飛ばしたのは確かに、私が悪い。でも、じゃあ。
どうしたらあの人の不快にしかならない言葉をやめさせることができたの。
「さあ、謝りに――」
「いいえ。謝る必要はありません」
保健室の中に、突如神経質でそれでいてとても落ち着いた水咲の声が響く。
「すみませんね。イチャイチャする二人に話しかけるタイミングが分からなくて」
「……水咲、聞いてたの?」
さあっと血の気が引く。どこから聞いていたのか分からない。
でも私は彼女が傷つく彼の言動を口走った。
「問題ないよ。あんたがどんな子か私、知ってるし、理解してるつもりよ」
「水咲っ」
「格好いいって言ってた相手を突き飛ばすなんて、……ありがとう」
暴力を正当化するつもりはないけど、水咲が怒らなかったこと、私を信じてくれたことは素直に嬉しかった。
「彼のことは気にしないで。私は首相の孫。向こうは祖父の派閥の末端。私の方が立場は強いの。後日、彼にしっかり謝罪させます」
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