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◆ 謁見
目の前に、玉座の間の全貌が現れた。
高い天井、豪華な装飾、そして──
玉座に座る、一人の中年男性と目が合った。
「やっっっっっっっっと会えたねぇ? 王様ぁ……」
私は一歩ずつ、ゆっくりと歩を進める。
「あああああああああッ!」
王の一声で、玉座の間の空気が震えた。
圧で燭台の炎が揺らぎ、家臣たちが身を縮める。
「請求書、持ってきたの♡」
私はそう言って、口元だけで笑った。
その笑みは──静かな怒りに満ちていた。
優しさの仮面の下に隠された、絶対零度の憤怒。
王は玉座にしがみつくようにして、震え声で答えた。
「し、しかし……!」
王が立ち上がる。
足がふらついているが、何とか威厳を保とうとしていた。
「王がッ! 魔物にッ! 頭を下げて金を払うなど!!」
「あー、やっぱりそれね」
私は呆れたように息を吐く。
「プライドの問題でしょ? 王様のメンツってやつ?」
玉座の間に静寂が訪れる。
家臣たちは息を殺して成り行きを見守っていた。
「王様さぁ?
あんたのプライドと、国民の安全、どっちが大事?」
王の表情が変わった。
「私、別に王様を辱めたいわけじゃないのよ?
ただ、筋を通したいだけ。
こっちが被害者で、そっちが加害者。
だったら加害者が償うのが当然でしょ?」
「……それは……」
王の声に迷いが滲む。
「あんたの命令で動いた部下(ユリ様)がやったなら……
お前の責任だろ?」
私はドス黒いオーラを放ちながら、さらに一歩踏み出した。
「あのねぇ!?
上の人間が『私は知らない、部下が勝手にやった』って逃げるのが、一番タチ悪いのよ!
こちとらそれで、何度理不尽な始末書を書かされたと──!」
「お姉ちゃん!!
また前世の闇(ブラック企業)が漏れてるよ!?」
エスト様が慌てて私の袖を引く。
「っさい! 私はいま全労働者の代弁をしてるの!
いい? 王様。
責任取れないなら、その偉そうな椅子から降りろよ」
私はゆっくりと玉座に向かって歩みを進める。
コツ、コツ、コツ……
王は勢いよく立ち上がったものの、
脚がもつれそうになって慌ててバランスを取る。
そのまま、逃げるように私から距離を取った。
「王様が”俺のプライドの方が大事だ”って言うなら、
それはそれでいいけど?
でもその代わり、燃やすよ? お前も含めて全部ね」
私は空の玉座を見つめ、ニヤリと笑った。
そして──腰を下ろした。
ドカッ。
「あれ王様?
なんで逃げるのぉ? もらっちゃうよぉ?……ここ」
「き、貴様ぁッ!!
神聖なる玉座に座るなどと、なんたる無礼……ッ!」
壁際にいた家臣の一人が顔を真っ赤にして叫び、
部屋にわずかに残っていた近衛兵たちも、
一斉に剣を抜こうと動いた。
「ああん!?」
私が地を這うような、ドス黒い声で睨みつける。
同時に、背後の辰夫からも竜王の覇気が漏れ出した。
「ヒィッ……!」
家臣は秒で青ざめ、ピタッと黙って後ずさった。
近衛兵たちも、剣を半分抜いた体勢のまま、
恐怖で完全に石像と化した。
私はニヤニヤしながら、玉座からスッと立ち上がり──
また、ドカッと座った。
「ふふふ。」
立って。座る。
立って。座る。
座り心地を確かめるように、
誰も文句を言えない空気の中で、
ニヤニヤしながら何度も繰り返した。
「ふふふ。」
立って。座る。
立って。座る。
「お姉ちゃんの最恐スキル出た……」
エスト様が震えながら呟く。
「スキル:超マウントですな……」
辰夫が胃を押さえながら同意した。
次の瞬間──空気が完全に止まった。
家臣たちが目を見開き、王の喉がごくりと鳴る。
視線が、一斉に”座ってはいけない場所に何度も尻を叩きつける女”に集まった。
全員が息を呑む。
──だが。
「……てか、硬っ。なにこれ」
私は5回目の着席で眉間にシワを寄せ、お尻をさすった。
「なにこれ、クッション性ゼロじゃん。
王様、こんなの毎日座ってて腰痛めない?
デスクワーク舐めてる?」
「お……王たるもの……
つ、常に姿勢を正し、緊張感を持つために……」
王が震えながら答える。
「馬鹿ね。上に立つ人間こそ、良い椅子に座るべきなのよ」
私の脳裏に、ふと前世の光景がよぎった。
──【綾様観察日記 vol.1521】──
ブラック企業時代の謎のお局様・綾小路綾子。通称:綾様。
本日、彼女とたまたま目が合った課長が、なぜか一日中、
自分のデスクで震えながら”空気椅子”で業務をこなしていた。
あれは人間工学(エルゴノミクス)の追求ではなく、
ただのホラーである。
─────────────────
「……えっと……?
ま、とにかく。こんなの座ってたら、そりゃ判断も誤るわ」
私は呆れながら、
持っていたタンバリンを背もたれに挟んでクッション代わりにした。
シャラン……
タンバリンの音が部屋全体に響いた。
*
その横で。
王の有能な側近・バルドスと、
魔王軍の苦労人・辰夫の目が、ふと合った。
(……あの主、無茶苦茶だな。大変そうだ)
(……ええ、毎日胃が痛みます)
言葉は交わさずとも、ふたりの間には、
“上司に振り回される中間管理職”としての、
熱い魂の共鳴が起きていた。
*
王は長い間黙っていた。
天井を見上げて、深く考え込んでいる。
やがて、深いため息をついた。
「……私は……何を守っているんだ……」
ぽつりと呟く。
「王の威厳か……それとも……国か……」
その声には、今まで聞いたことのない重みがあった。
王がゆっくりと近づいてくる。
一歩一歩、確実に地面を踏みしめながら。
「……分かった……払おう……」
「王様?」
家臣たちがざわめく中、王は続けた。
「ただし……条件がある」
王は重大な決断を下した。
「……白旗を……用意しろ……」
「陛下!?」
家臣の一人が声を上げる。
「……いや、”盟約の旗”だ。彼女らと”同盟”を結ぶ。
……これは、降伏ではない……選択だ……!」
王の声に、今度は確固たる意志が宿っていた。
「我が国は、あなたを”征服者”として迎え入れよう」
私は目を丸くした。
正直、こんな展開は予想していなかった。
「……ああ。これは白旗じゃない。
“国を託す”という意味での、誇りある選択だ」
王は私を真っ直ぐ見つめた。
その瞳に、もはや恐怖はなかった。
「君は……怒っていた。正当な理由で。
そして君の配下は……住民を守りながら戦った。
それは……真の統治者の証だ」
「……ん?」
「私は……王として……間違いを犯した。
部下に責任を押し付け、君たちを一方的に断罪した。
それは……王ではない。ただの……臆病者だ」
王の告白に、玉座の間の全員が息を呑んだ。
「だから私は選ぶ。
金を払うのではなく……君に国を託す。
君になら……この国を……任せられる」
私は暫く黙っていた。
この王は──本物だった。
最後の最後で、ちゃんと「王」として判断を下した。
「……ははっ、見直した。
あんた、ちゃんと”国”やってんじゃん」
「……どういう意味だ?」
「最後の最後で、ちゃんと”王”の判断したってこと。
金で解決じゃなくて、ちゃんと責任取って、未来考えて……」
玉座の上で私は足を組み替える。
「私、征服とか支配とか、実はよくわかんないのよね。
ただ……ムカついてただけ。理不尽にさ」
「……ああ」
王が静かに頷き、玉座の間に美しい和解の空気が流れた。
誰もが「終わった」と安堵した。
──その、感動のピークの瞬間。
私は、ふと「あ、そう言えば」という顔を作って、
懐をごそごそと漁った。
「──あ、そうだ。大事なこと言い忘れてた」
「……?」
私は折りたたんだ書類の束をゆっくりと取り出し、
ピラリと広げた。
(つづく)