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「――ふぅ」
結局、桔梗さんは幹太さんが病院に送って早退した。
小百合さんとの仕事は、私が気付くよりどんどん小百合さんが仕事をしているので、ボーっとしていることが多いので、仕事を見つけるのが大変だった。
これじゃ桔梗さんが産休に入ったら、迷惑掛けてしまいそう。
「おい」
休憩室から出てきた私を、腕組みして壁にもたれていた幹太さんが待ち構えていた。
ついドアを閉めてしまいそうになったら、足を入れらて舌うちされる。
「いちいち怖がるな」
「や、今のは無理です」
待ち伏せされてたのかと思ったら、びくびくと扉に顔を半分隠す。
「お前、具合悪いのか?」
「具合?」
幹太さんが私を穴が開きそうなほど見下ろしてくるから、私も首を傾げながら見つめる。
眼付きとか怖いから、心臓が飛びあがりそうなのに、――なぜか低いこの声からは心配されているのが感じられて嫌いではなかった。
「気づかない内に、限界までストレス貯めそうな暗い顔してるから」
「心配してくれたんですね。ありがとうございます」
深々と頭を下げると、ばつが悪そうに頭を掻きむしる。
それが照れている時の顔だと桔梗さんに聞くまでは分からなかったけど。
「ストレスが溜まる事があっても、この仕事ではないです。本当に今、充実して幸せですから。――ストレスというか忘れたくて考えないようにしていることはあるんですけど」
ははっと笑うと、幹太さんは嘆息した。
「送っていく」
もうちょっと会話を続けてくれてもいいのにと思いつつも、私もそれ以上はまだ喋りたくない内容だったからお言葉に甘えた。
いつも助手席には桔梗さんが乗るから私は後ろなのだけど、今日は後ろに大きなカバンがあったので前に乗った。
良く見れば、あのバックは桔梗さんの入院ようのバックらしい。赤ちゃんの玩具や離乳服なども置いてあった。
「ストレス与えるかもだが、言ってもいいか?」
家の前に差しかかった時、うちの家の壁に車を寄せると静かにそう言う。
もう少し前に進めば、お弟子さんたちが車に気付いて出迎えてしまうかもしれない距離で。
「はい」
「失礼だが俺とお見合いしてほしい」
お見合い?
お見合い?
「え?」
「圧力が凄いんだよ。お前に恋人が居るのは重々承知だが、――妹の時は断れたんだが桔梗の出産間近のせいでうちの親の頭の中がお花畑でな」
幹太さんが、低い声で早口で捲し立てるように話してる。苛立った様子だけど、こんなに話している幹太さんを始めてみた。
「聞いてるか」
「はい。お見合いですね」
「前はお前の妹だった。あんたが跡取りの予定だったから、俺とあの子をくっつけさせるつもりだったんどろ。なのに今はあんたとだ。手の返し用に腹が立つ」
ハンドルの上で指とトントンと落ち着きなく動かす。
人にストレス云々言っていたけれど、一番ストレスが溜まっているのは幹太さんみたいで笑ってしまった。
「笑うな。こっちは親父の技を盗もうと見ている耳元で、お前とのお見合いを打診されてまいってるんだ。修行にならん。お前には悪いが、――見習い中だからと両家の前で言うから、あんたから断ってくれないか」
『あんた』やら『お前』やら、呼び方が統一されていない程度に、幹太さんが焦って憤っているのが伝わってくる。
真面目な方だと思う。
真面目で、優しくて、和菓子には情熱を注いでいる。
「分かりました。その、好きな方がいるならはっりき言って、安心させてあげるとかするのは駄目なんですか?」
「好きな奴は……居ない。大切な奴には、」
幹太さんは少し口籠ってから、目を据えると冷たく凍てつくような低い声を出す。
「少し喋り過ぎた。忘れてくれ」
いつも通りの、不機嫌そうな怖いオーラを放つ幹太さんに戻ると、車から降りて私側に回るとドアを開けてくれた。
「ありがとうございます」
「いや、俺こそ面倒をかける」
苦しそうな、声。でも表情は変えなかった。
幹太さんみたいに強い人は、どうやって涙を流さないように保っているのだろう。
強くて、折れない芯があって、揺るぎなくて。
私もきっと彼の優しくて、優しいだけではないその芯の部分が未だに心の中から消えてくれないんだ。
もうバレても構わないと部屋の塀にハンガーで吊るしたあのワンピースを眺めながら毎日眠っているから間違いないもの。
今日は、美鈴には会わなかったし、お手伝いさんやお弟子さんたちもピリピリした雰囲気に神経を張り巡らせてはいなかった。
部屋に入り、布団を敷くとすぐに飛びこんで枕に顔を埋めた後、むくりと起き上がり机の引き出しまで転がるように這って体温計を持つ。
「37、4。う――ん。微熱かな」
幹太さんに言われて測った体温。
微妙に今も私の中で熱がくすぶっているのかもしれない。
篠原愛紀
体調は悪くないのに、眠れないからかな。
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