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篠原愛紀
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あれから一度だけ、大使館の前を通った。
もう桜の花なんて跡形もなくて、――私も早く歩き出そうって思えた。
「今日が予定日なんだけど、全然まだ開かないし本当に産むのかしら私」
桔梗さんも相変わらずで、だけど予定日を超えたら今度は毎日診察らしく大変そうだ。
「陣痛催促剤って痛いらしいのよね。あーあ。ちょっとそこの公園で階段上り下りしてくるね」
「そのまま病院送る」
幹太さんは桔梗さんの頭を二回ポンポン叩くと、車を店側に回しに飛び出していく。
桔梗さんの代わりに一緒に入ってくれている山元さんは、そんな二人の様子を見ながら視線を私へと移す。
私は二人を見送り在庫やら調理場の出来上がりの様子だの見ながらバタバタ逃げていたが、ついにその視線から、追求されてしまう。
「あの二人って親密過ぎて怪しいと思わないの?」
「あ、いえ」
山元さんは、耳元で囁くようなひそひそ声で話しかけてくるので、自然と耳を寄せなければいけない。それが内緒話をしてしまうので私は苦手だったりする。
森田さんと二人の時はあからさまに悪口を言うのに、二人になると途端に気さくな近所のおばさんみたいに話しかけてくるのだけど、少しでも話たら、後で二人で大げさに言い合うし。
「でも、ねぇ。貴方、次の土曜に幹太さんとお見合いなんでしょう? 店で毎日会ってるのにお見合いってのも変な話だけど、でも、もしここに嫁いだら日高さんなんて先輩面して目の上のたんこぶよぉ?」
一見、心配した話しかけ方だけどどう見ても、私の反応を待っている。
桔梗さんとの仲を引き裂くような話も、私と幹太さんのお見合いもただの野次馬で面白がっているのがひしひしと感じる。
まだお見合いの話が幹太さん側から来て返事をしてから数日しかしてないのに。
「そんな事ないです。それにお見合いではなくて、食事会ですので」
朝からちくちくささる視線にうんざりして、少しだけ気分が悪くなってきた。
何を説明しようと、『でも』『だけど』と追及されたらうんざりだ。
「あの、すいません」
急いでトイレに行くと、逆流してきたものを吐き出してしまった。
うう。気分が悪いのは、ずっと微熱が続いてるせいなのかな。
「おい」
売る場へ戻ろうとしたら、肩を掴まれた。
振り返ると、血相を変えた幹太さんだった。
「まだ行かれてなかったんですね」
「お前、今、吐いてなかった?」
「はい、ちょっと微熱が続いてたから」
「お前も馬鹿か」
頭をくしゃくしゃと掻くと、私を押しのけて売り場へ入り、山元さんに一人で接客をするように頼み、私の元へ戻ってきた。
「お前も乗れ」
有無を言わさないその迫力に、私は黙って従った。
病院に行けと言われて、駅まで送って貰う。
幹太さんはそのまま桔梗さんの病院へ戻るらしい。
病院なら家から近い場所にかかりつけ医が居る。
けど、私が敢えて遠くを選んだのは家のひとに見つからない場所で買って、見つからない場所で試したいモノがあったからだ。
何でだろう。
もし、その勘が当たったら、私の今からの人生は狂うかもしれないのに。
でも、一か月近く来ていないアレと、何故だが変わってしまった自分の身体に、私は……気づいていたんだから。