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# 第十二話 『特別講師、初日』
入学式から三日。
王立魔法学園では、いよいよ授業が始まる日を迎えた。
Sクラスの教室は、校舎の最上階。
広い窓から朝日が差し込み、魔力で動く黒板が静かに浮かんでいる。
リュシアンは自分の席に座り、教材を読んでいた。
(……魔法学基礎、か。)
(去年までに全部終わらせた内容だ。)
教師として教える以上、改めて見直しているだけだった。
「おはよう!」
元気な声が教室に響く。
アルフレッドだった。
「リュシアン、おはよう!」
「おはよう。」
「昨日、ノエルとちゃんと眠れた?」
「……眠れた。」
「本当?」
リュシアンは少しだけ視線を逸らした。
昨夜。
部屋に戻るなり、ノエルは机に向かって本を書き始めた。
そして一時間後。
「寝た?」
「……まだ。」
「じゃあ質問。」
「しない。」
「まだ言ってない。」
「しない。」
「そう。」
そのまま本当に黙った。
……十分後。
「やっぱり一つだけ。」
「…………。」
そんなやり取りが夜中まで続いたのだ。
(眠れたけど。)
(精神的には眠れてない。)
◇◇◇
「全員、席に着け。」
教室に担任が入ってくる。
初老の男性教師だ。
「私はSクラス担任、クロードだ。」
教室が静かになる。
「まず最初に伝えておくことがある。」
教師は一枚の書類を取り出した。
「今年度、魔法学基礎は特別授業となる。」
ざわつく教室。
「担当は――」
教師は教室の中央を見る。
「リュシアン・アルヴェイン。」
一瞬。
教室が静まり返った。
「……え?」
「今なんて?」
一般生徒たちがざわめく。
もちろんSクラスの生徒は事前に聞いている。
だが、それでも実際に教師から告げられると現実味が違う。
教師は続けた。
「リュシアンは授業も受ける。」
「しかし魔法学基礎に限り、特別講師補佐として一年間指導を担当する。」
「質問は?」
勢いよく手が上がる。
「はい!」
アルフレッドだった。
「先生!」
「なんだ。」
「リュシアンのこと、先生って呼んだほうがいいですか?」
一瞬の沈黙。
教室中が吹き出した。
「ははは!」
「そこ気になるのか!」
教師も苦笑する。
「いや。」
「普段通りで構わん。」
「やった!」
アルフレッドは満足そうに頷いた。
リュシアンは小さく息を吐く。
(助かった。)
先生呼びは、さすがに落ち着かない。
◇◇◇
一時間目。
魔法学基礎。
教師席には担当教師。
その隣に、小さな机が一つ置かれている。
「では。」
教師が言った。
「今日から補助講師を務めるリュシアンだ。」
視線が集まる。
リュシアンは静かに前へ出た。
「リュシアン・アルヴェインです。」
短い自己紹介。
「よろしくお願いします。」
それだけ。
静かな声なのに、不思議と教室全体によく通る。
教師が頷く。
「まずは基礎確認だ。」
「魔法とは何か。」
「答えられる者。」
何人かが手を挙げる。
教師はリュシアンを見る。
「せっかくだ。」
「君が進めてみろ。」
「……分かりました。」
リュシアンは黒板の前へ立つ。
魔法で白いチョークが宙に浮く。
カリカリ、と音もなく文字が書かれていく。
> 魔法とは、
> 『魔力を意思によって現象へ変換する技術』である。
生徒たちが息を呑む。
(無詠唱……。)
(しかも筆記まで。)
リュシアンは振り返る。
「質問です。」
「魔力が多ければ、強い魔法使いでしょうか。」
教室は静かだった。
エリスがおずおずと手を挙げる。
「えっと……。」
「強い魔法が使える、と思います。」
「半分正解です。」
リュシアンは頷く。
「魔力量だけでは、魔法使いの優劣は決まりません。」
今度はノエルが手を挙げる。
「制御精度。」
「その通りです。」
ノエルは少しだけ口元を上げた。
「君ならそう言うと思った。」
リュシアンは軽く頷く。
「魔力量は器。」
「制御は技術。」
「どちらかだけでは意味がありません。」
教師が腕を組む。
「分かりやすい。」
教室中の生徒も真剣に聞いていた。
◇◇◇
授業が終わる。
「すごかった!」
アルフレッドが真っ先に駆け寄る。
「本当に先生みたいだった!」
「補佐。」
「同じだよ!」
レオンハルトも近づく。
「……教えるの、上手いな。」
「ありがとう。」
短く礼を言う。
セシルは静かに微笑んだ。
「説明が簡潔でした。」
「余計な情報がありません。」
「聞きやすかったです。」
その横で。
「訂正。」
ノエルが言う。
「一つだけ説明不足。」
「?」
「”意思”だけじゃない。」
「イメージも必要。」
リュシアンは少しだけ考えた。
「……確かに。」
「次から追加する。」
「うん。」
アルフレッドが驚く。
「えっ!?」
「ノエルの意見、採用するの!?」
「正しいから。」
即答だった。
ノエルは少しだけ目を丸くした。
「……そう。」
珍しく、それ以上何も言わない。
その様子を見ていたセシルは、心の中で小さく思う。
(この二人は、不思議ですね。)
(考え方は正反対なのに。)
(魔法の話になると、誰よりも話が通じる。)
そして教室の窓から春風が吹き込む。
授業は始まったばかり。
まだ誰も知らない。
この一年が、それぞれの運命を大きく動かしていくことを。
コメント
1件
第十五話、お疲れ様です! 授業シーン、すごく良かったです…!リュシアンが特別講師補佐として立つ姿、静かで落ち着いてて、でもちゃんと教室に通る声っていうのが伝わってきて、想像しただけでゾクゾクしました。 あと、ノエルとの夜中のやり取り「しない」「やっぱり一つだけ」って笑っちゃいました。あの距離感、好きです。セシルが「魔法の話になると誰より通じる」って思うところも、じんわりきました。 この一年、本当にどう動いていくのか…楽しみにしてます🌙