今夜の月はストロベリームーンというらしいですよ。
月が沈む前に投稿できてよかったです。
短いですが、楽しんでもらえると嬉しいです。
『このあと暇?』
多忙な恋人から着信があった。
時刻は22時。
出不精の彼がこの時刻に連絡を寄越すのだから、きっと先程まで仕事をしていたとかなのだろう。
グループのために頑張る彼を、尊敬や感謝とともに心配もする。
もう少し休んでほしいものだけれど、伝えたところで身体に不調を来すまでは聞かないのもわかっているので、口出さないことにしている。
夕方までの仕事を終え食事を済ませてから、ゲームをするか読書をするかと時間の使い方に悩んでいた俺とは、良くも悪くも対照的だ。
そんな俺は彼の言う“暇”なのだろうと思い、うん、と返信した。
すると、また着信。
『迎えに行く』
『出かける準備だけしといて』
それを見て、すぐに余所行きの服を選ぶ。
もう家族より一緒にいる彼なのだから服なんてなんでもよかったのだけど、久しぶりのドライブデートだと思うとそういうわけにもいかない。
いろいろ悩んだ結果、テーラードジャケットに緩いパンツという、カジュアル寄りのフォーマルファッションに落ち着いた。
髪の毛もふわふわにセットして、かわいいって言ってくれるかな、なんてめんどくさい乙女思考に気が付いて苦笑する。
そうこうしているうちに到着したという旨のメッセージが届き、急いでエントランスまで向かうと、いかにも彼のすきそうな厳ついSUVが横付けされていた。
助手席の扉を開いて乗り込めば、彼の香りより強い新車の匂いとともに走り出す。
「なに、買ったの?」
「そ、昨日納車したの。いいっしょ」
口角をあげて笑う横顔に視線を奪われる。
夜の光を映した大きな瞳は本当に美しくて、彼を独り占めしているという事実はあまりにも贅沢だ。
「まだ買わないのかと思ってた」
「そのつもりだったんだけどね、やっぱ免許取っちゃうとさ、車の情報とか目に入るようになっちゃうじゃん」
「すぐ欲しくなっちゃったんだ」
「そうそう、乗る暇あるかわからんけどね」
車の話や仕事の話、近況など穏やかに言葉を交わしているうちに、数十分後にはまあまあな山道を走っていた。
心中でもするつもりなのかと頭に浮かび、絶対にそんなことを考えていない彼は悲観的な自分にはもったいないなという気持ちになる。
山頂らしい開けた場所に到着して、彼は車を停めた。
「着いたよ」
そう言って彼は車を降りる。
自分もそれに続こうと持ち物の確認をしていると助手席の扉が開かれ、アプローチに導かれるままに降車した。
この王子様が本当に自分だけのものだなんて、この夢はいつ覚めてしまうのだろう。
でもその景色を一目見ただけでそんな思いなんて霧散した。
一面に広がる夜景に浮かぶ大きくて赤い満月。
圧倒されて、言葉が出てこない。
「すごいでしょ」
「うん、勇斗、いっつもこういうの興味ないのに」
「今日、ストロベリームーンなんだってテレビで観て、仁人すきそうだなって」
「これ?」
「そう、好きな人と一緒に見たら、永遠に結ばれるらしいよ」
その言葉に思わず彼を振り返ると、ずっとこちらを見つめていたらしい彼と目が合ってしまい、胸が鳴った。
「だから絶対、仁人と見たかった」
そんなの、ずるすぎる。
鏡を観なくとも朱に染まっているのがわかる耳と頬は、いくら夜風に吹かれても冷めない。
「仁人、」
むず痒さにじっとしていられず、夜景に向きなおろうとした自分の気持ちを読んだかのように、名前を呼ばれる。
彼は地面が土であることも気にせず片膝をついて、その手に握られているのは、小さくとも高価だとわかるベロアのケース。
それって。
「……仁人。この先もずっと、俺と生きてください。絶対幸せにするから」
その言葉とともに開かれたリングケースには、二つのリングが並んでいた。
「ほん、とに…?」
泣きたくなんてないのに、目頭が熱くなる。
だって。
彼と一緒に生きていきたいと、離れたくなんかないと、何度も何度も願った。
彼が愛を囁く度に、その言葉を信じたくなった。
でも性別や職業という壁がいくつもあって、この幸福にはいつか終わりが訪れるのだと自分に言い聞かせて、自分を現実に引き留めていた。
それくらい、心の底から願っていた。
「返事は、?」
わからないわけないのにそんな訊き方をしてくる彼は本当にずるくて、でもそんなとこが本当にすきだ。
「……おねがいします」
この一言で将来が決まるのだと思うと緊張して声が小さくなってしまったけれど、それでも彼は安心したように息をついた。
「よかったぁ……今日ほんっとに緊張してて、運転してるときからガッチガチだった!」
「ふはっ、まじ?全然気づかんかった。運転してる姿もかっこよかったよ」
「、?!、もう、またそういうこと言う…」
「本当なんだからしょうがないでしょ笑」
「それなら仁人のほうが、その服も髪も、ほんとに似合っててかわいい」
「うれしい…勇斗のこと考えながら準備したからかな、」
上目遣いで、思わせぶりな態度で伝えてみれば、頭を抱えて唸る姿にまた嬉しくなる。
「ね、そんなことよりさ、早くつけてよ、それ」
「あ、そうじゃん」
俺の左手を取った彼の顔は相も変わらず美しい。
こちらを向かないことがわかっているので、容赦なく観察できる。
丁寧に薬指に嵌められた指輪の冷たさを感じていると、彼がその指輪に口づけた。
その愛おしいものを見つめるような眼差しから目を逸らせずにいると、彼がふとこちらを向いて、不意打ちをくらう。
「っひ、」
「ふは、ほら、仁人も」
そう言われて、差し出されたケースに残っているリングを取り出して、彼の薬指に触れる。
ごつごつと骨ばったその指は男らしくてかっこいい。
それに沿わせるように指輪を動かしているだけなのに、たしかに愛おしくて仕方ない。
さっきの彼の気持ちがわかったような気がした。
俺も仕上げにその指輪にそっと口づけて、できたよ、と呟く。
「仁人」
「ん?」
「これ、大丈夫なときはずっとつけててね」
言われなくてもそうするよ。
仕事のときすら外したくないよ。
彼との関係が他人に言えたら、この業界で出会わなかったら、どれほどよかっただろう。
「勇斗は忙しいから、あんまつけることないのかな」
現実が恨めしくて、ついそんな嫌味ったらしいことを言ってしまう。
それでも彼は優しい。
「じゃあ、その分会える時間を増やそうよ。一緒に住んだりして」
「っえ、?」
そんなの幸福すぎて死んでしまう。
否、彼といられるのなら、死んでしまうことすら幸せかもしれない。
「一緒に生きてくって言ったでしょ」
本当に男らしくて頼もしくてかっこいい。
もう貴方しか見えないよ。
この先の人生を、すべて、貴方に捧げる。
コメント
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吉田攻め佐野受けのさのじんみたいです🙇♀
ありがとうございます!ぜひ月を見てから眠りについてください、夢にさのじんが現れるかもしれません💞