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 智子さんの机に置かれているモノを見て、僕はまるで地球儀みたいだと思った。


 丸い台座に棒で繋がった丸い球体には、けれど大陸や海ではなく、星空のようなものが描かれている。ところどころ汚れていて見難くなっているが、長い時間、海の底に埋まっていたのだから、それもしかたのないことだろう。


 洗浄作業を終え、今は復元作業の途中らしく、バラバラになった欠片をパズルのピースのように組み上げているところだった。


「こういうの、アリスさんとかに頼めたりしないのかな」

 僕はその作業を見ながら、ふと口にする。


 アリスさんの得意とする修復魔法なら、これくらい簡単に直してしまうのではないだろうか。


 けれど真帆はそれに対して首を軽く横に振り、

「アリスさんの魔法は、時が経てば経つほど効果を失っていくんです。数年くらいならなんとかできるかもしれませんが、これほど長い時を海の底で過ごしてきた遺物を修復することなんて、さすがにできませんよ」


「そうなんだ」


 はい、と真帆は頷き、

「たぶん、世の中のどこにもそれほどの修復魔法を使える魔法使いなんていないんじゃないでしょうか。相当な魔力を消費してしまいますし、体力的にもキツいでしょうから」


「そう。だからこうして、自分の手で、時間をかけてやっていくしかないのよ」

 智子さんは言って、トレーの上に置かれた小さなパーツをまたひとつ、欠けた部分に合わせていった。


「……もしかしてこれ、サシャさんが引き上げた遺物ですか?」


 榎先輩が訊ねると、智子さんは眼を瞬かせてから、

「あら? あの子のこと、知ってるの?」


「はい」と榎先輩はこくりと頷く。「二週間くらい前に海に行ったとき、たまたまサシャさんと出会ったんです。その時に、未来が見える天球儀を探してるって言っていたので」


「あら、そうなの」

 智子さんは微笑み、

「そう、これはサシャさんが先日こちらに送ってきた遺物よ。他にもいろいろと沈没船に乗せられていた遺物があったみたいだけど、それらも今、ここにいるみんなで修復しているところなの」


「直りそうなんですか?」


 肥田木さんが訊ねれば、智子さんは「そうねぇ」と首を傾げる。


「ところどころ足りていない部分があるし、完全に修復するのは難しいかもしれないわね。とくにほら、ここを見て」

 言って、智子さんは天球の下部、小さく穴の開いた部分を指差しながら、

「どうやら中にいろいろと歯車とかゼンマイとか、細かい機械の部品みたいなのが入ってるみたいなの。ここもパーツが足りていないのよねぇ」


「ってことは、修復できても形だけ?」


「そうなるわねぇ」


 ふ~ん、と真帆と榎先輩が興味深そうに、その小さく開いた穴を覗き込む。


「確かに、中のここの歯車が欠けちゃってますね」


「沈没した時に壊れたのかね? 長い間海の底にあったから、部品とかも海流とかそのあたりに流されちゃっただろうし」


「中途半端に欠けている部分だけなら直せそうですけど」


「それでも形だけでしょ? どのみち動かすことはできそうにないよね」


「でも、そこから機構が想像出来たりしませんか?」


「まぁ、確かに、この辺りだったら似たような仕掛けの遺物があったような――」


 ふたりがあれやこれやと意見を言い合っているのを見ていて、僕はなかなか興味深かった。


 榎先輩は学術的に興味を惹かれ、真帆は面白い魔法道具的な意味合いで興味を惹かれている。


 興味の惹かれかたはそれぞれなのに、こうして真剣に意見を言い合っているのがなんだか意外で面白かった。


 普段はあんなに適当なのになぁ。


 すると智子さんは「どうかしらねぇ」と口にして、

「たぶん、わたしたちには完全に直すことはできないと思うのよねぇ」


「えっ? それ、どういうことですか?」

 榎先輩が眼を見張る。


「これを持っていた魔法使いなんだけどね、使ったあとにうっかり落として壊しちゃったらしいのよ。それで、自分で直そうと頑張ってみたみたいなんだけど、そもそもどういう仕組みや理屈で動いていたのかも解らなかったから、余計に直せなくなってしまって。それで結局、これを作った魔法使いのところに送り返して、直してもらおうとしたらしいの。けど、台風か嵐に見舞われて、船は沈没。そのまま引き上げることもできないまま、船は海流に流されて、今まで行方不明になっていたらしいのよね」


 それをあのサシャさんが見つけ出して、ここに送ってきたというわけだ。


 ……ふむ。なるほどね。


 僕は腕を組んで、それからこないだの海で、乙守先生がサシャさんに言っていたことを改めて反芻する。


『あぁ、アレね。私も一度だけ見たことがあるけど、どういう構造になってるのか全然わからなかったのよね~』


 それから小さくため息を吐き、智子さんに、確認するように訊ねた。


「この未来が見えるっていう天球儀、他にもあったりしますか?」


 う~ん、と智子さんは首を傾げて、

「少なくとも、わたしはこのひとつしか聞いたことはないわね。この手の魔法道具って、複雑すぎて量産するのが本当に難しいから」


「――そうなんですか」


 となると、僕の予想はもう、だいたい正解ってことになるんじゃないだろうか。


「榎先輩、アレ、出してもらっていいですか?」


「あん? アレって?」


「佐治で見つけた、歯車の欠片」


「――あぁ」


 榎先輩は改めてバッグから歯車の欠片を取り出して、

「まさか、これがこの天球儀のパーツとかいうんじゃないでしょうね?」


「試してみてもらっていいです?」


「まさかまさか、そんなわけ――」

 榎先輩が、天球儀の中の欠けた歯車の部分に、持ってきた歯車の欠片の断面を合わせてみると。

「――あった」


「すごい! なんでわかったんですか、シモフツくん!」


「いや、それは――」


「あら、スゴイじゃない!」と智子さんも驚いた様子で、「これ、いったいドコにあったの?」


「佐治の、魔法使いが住んでいたらしい家の跡です」


 すると、智子さんもどこか納得したように、

「あぁ、なるほど。まだあそこに残っていたのね。あの人も捨てちゃったって言っていたから、もう残ってないと思って確かめもしてなかったわ」

 まるで何かを知っているように頷いた。


 もしかして、知らなかったのは僕たちだけなんじゃないだろうか、と僕は少し呆れてしまう。


 真帆はたぶん、そもそもそこに興味がなかったから気づいてもいなかった。


 榎先輩は、今まで協会に関わることは全部、井口先生がやってくれていたから知らなかった。


 ここには居ないけど、鐘撞さんも協会には未加入なので、そもそも知る由もないだろう。


 肥田木さんは――果たしてどうなのだろうか。


「えっ、えっ、えっ?」

 と真帆も珍しく驚いている様子で、

「それ、どういうことですか?」


 榎先輩も、

「それって、まさか……」

 と眉間に皴を寄せる。


 僕は改めて、智子さんに訊ねた。


「さっき智子さんが言っていた、この天球儀を持っていた魔法使いって、もしかして、乙守綾先生じゃないですか?」


 すると智子さんは、「ふふっ」と微笑んで、


「――えぇ、その通りよ」


 こくりと深く、頷いたのだった。

魔女と魔法使いの少女たち

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