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その日から、黒羽は学校に来なくなった。
六人とも心配して探し回ったが、家にも居なかった。
「先輩、どこ行っちゃったんだよ…」
こさめは家でサメのぬいぐるみを抱きしめながら泣いていた。水色で装飾された室内で、こさめの声が静かに響く。寂しい。ケータイで雨音のBGMを流す。ざあざあと流れる音が、こさめを励ますように鳴っていた。
こさめは、黒羽との思い出を一つ一つ思い返していた。楽しかった時間、共に笑い合った瞬間、そして黒羽の優しい言葉。目に浮かぶのは、黒羽の笑顔ばかりだった。
「先輩、なんで…」
こさめの声は嗚咽に変わり、涙が止まらない。黒羽の存在が、こんなにも自分にとって大きかったのだと改めて感じる。黒羽のいない日々が、どれだけ寂しく、つらいものか。
雨音が次第にこさめの心を少しだけ落ち着かせてくれる。静かに流れるBGMに耳を傾けながら、こさめは黒羽の帰りを待つしかなかった。心の中で、「いつか、また会える」と信じて。
しばらくして、こさめのケータイが鳴った。画面には、黒羽からのメッセージが表示されていた。
「こさめ、心配かけてごめん。少しの間、旅に出ることにした。大丈夫だから、みんなに伝えておいて。」
こさめはそのメッセージを見て、胸が少しだけ軽くなった。黒羽が無事でいることが確認できただけでも、安心感が広がる。
「先輩、早く帰ってきてね…」
こさめは心の中で願いながら、サメのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。雨音が静かに響く部屋で、こさめは少しずつ涙を拭い、黒羽が帰ってくる日を待ち続ける決意を固めた。
黒羽は東京に居た。「トー横」という、家出して来た子供達が集う夜の街。黒羽は道でギターを弾いていた。
「黒羽ギターうまいね」
周りにいる同年代の女子が話しかけてくる。彼女はケータイで黒羽のビデオを撮っていた。
「TikTokにあげていい?」
「うん、いいよ。」
彼女は嬉しそうにケータイを触り始めた。黒羽は無表情でギターを弾き続ける。
「…ねぇ」
突然、後ろから声がした。振り向くと一人の少年がギターを抱えて立っていた。
「ん、一緒に弾く?いいよ。隣どうぞ」
黒羽は笑顔を作って手招きした。少年は一瞬躊躇い、それから黒羽の隣に座った。
「君、何歳?」
「…14。」
少年は真っ黒なカーディガンにブラウス、スラックスという格好をしていた。赤い髪の毛はポンパドールにしていて、顔も綺麗だった。
「へぇ。ウチ17。高二。あと二年半くらいしか生きれへん。」
その言葉に少年は顔をあげた。黒羽が振り向くと、少年はわっと泣き出した。
「!?どうしたどうした。お兄ちゃんなんか変なこと言った?」
少年は黒羽に抱きついた。首を横に振り、ゆっくり話し出した。
「おれ…、そういう人に初めて会って…おれのお兄ちゃんも、余命三年って言われた直後に、交通事故で……」
少年はアスファルトに顔を当てた。額から血が出ている。
「ほら。そんなとこに当てたら怪我するやん。ほら、顔あげて。可愛い顔が台無しやん。」
カバンから救急箱を取り出し、傷を消毒する。絆創膏を貼り、背中をさする。
「悲しかったなぁ。苦しかったなぁ。よしよし。」
少年は泣き止むと、黒羽とギターを弾き出した。彼の歌声は力強くて美しかった。
「名前は、なんていうん?」
「おれは、りうらって呼んでください」
「りうらくんね。ウチ黒羽。りうらくんはなんでここに来たん?」
黒羽が尋ねると、りうらはゆっくりと語り出した。
「…歌い手グループやってて。メンバーと喧嘩しちゃって…」
「そうかそうか。まぁその人たちが誰かはわからんけど。りうらくんは強いよ。時には逃げることも大事やし。仲間とぐじゅぐじゅ燻ってるよりも、逃げる方が断然ええ。仲直り出来るとええな。」
そういうとりうらは礼を言って去っていった。
「時には逃げてもええんやで。」
「泣いてもいいんだよ。怒っても叫んでも。あんたが楽になるなら、そうすればいいんやで。」
「ウチも余命二年半なんよなぁ。でもね。君は偉いよ。自分の人生やから、自分で作っていって正解やと思う。」
「悲しかったねぇ。寂しかったねぇ。辛いよなぁ。わかるよ。」
文化祭当日。黒羽はいつも通り学校に来た。
「せ、先輩…!?」
部室にこさめたちが部室のドアを開けた瞬間、ドアの目の前に黒羽が仁王立ちしていた。驚いてひっくり返りそうになる。黒羽は元気に笑うと、棚の奥から大きな袋を取り出した。
「みんな、今日の文化祭!楽しむために注文しといた!!!じゃーん!」
黒羽が取り出した袋には、黒いスーツが入っていた。ジャケット、シャツ、ズボン、ソックス、ローファー。どれも色やデザインがバラバラで、暑そうだった。
「着替えたら中庭で練習しよ。ウチらの公演は夜十時半から。今日は曇りやけど夜は冷えるらしいから、そんな暑くないと思うよ。」