「みんな着替えたね。似合うやん!」
中庭は日陰になっていて涼しかった。夏場にこの衣装は暑いだろう。そう思っていたのに、意外と涼しい。黒羽曰く、アイドルグループ事務所から借りたらしい。
「黒羽先輩の衣装すごいですね」
LANが襟をいじりながら言った。黒羽はにっこりと笑った。
「これは演劇部から借りたやつね。もうちょいかっこいいの探しててんけどねぇ…」
黒羽はスカートについた埃を払いながら言った。青緑色のキャップ、黒いシャツ、いつものパーカー、黒いフレアスカート。顔もいつもより決まっていて、何も知らない人が見たら女子に見えるだろう。
……………男である。残念ながら。
「ウチが居ない間も練習してくれてたみたいやね。偉いなぁ」
黒羽はLANの頭を優しく撫でた。
「じゃあ、一旦通すか。」
通し練習が終わり、時刻は昼ごろ。文化祭というだけあって、校内には出店が沢山あった。LANがいつのまにか全員分の焼きそばを買ってきてくれていた。
「え、お前いつ買ってきたん!?」
いるまが麦茶を飲みながら驚いた顔で尋ねた。
「え、さっき」
「らんくん存在感ないから気づかなかった」
「酷いなあ!」
そんな他愛もない会話を交わすながら、黒羽は焼きそばを口に運ぶ。あと二年半か。悲しくはないが、少し寂しいかもしれないな。そう口の中で独りごちる。
すちがこっそりと黒羽に近づき、囁いた。
「先輩、どこ行ってたんですか?みんな心配してたんですよ」
黒羽は微笑みながら答えた。
「ごめんwすっちー。ちょっと旅に出てただけや。大丈夫、もう帰ってきたから」
すちは安心したように頷き、焼きそばを一口食べた。
「でも、次はちゃんと言ってくださいよぉ?」
黒羽は笑顔で頷いた。その瞬間、何かが少しだけ軽くなった気がした。彼にはまだやるべきことが残っている。そう感じながら、みんなと一緒に文化祭の一日を楽しむことにした。
「昼間はあんな暑かったのに夜は寒いですね…」
夜七時。こさめが震えながら言った。こさめの衣装は半ズボンのため、皆より寒く感じるのだろう。
「おれがあっためる〜!」
LANが笑顔で駆け寄ってくる。それを見た暇72が足をLANの目の前に出す。見事に引っかかったLANが転けそうになる。
「あっぶねぇなぁ!?」
LANが真っ青な顔で暇72を睨んだ。暇72は少しつまらなそうな顔で笑った。みことが慌てた様子で走ってくる。
「らんらん本番前に転けたらあかんよ…」
そういいつつ、みことも肩掛けを踏んで転けそうになっている。
「君らいつまでも元気やねぇ。安心してみてられるわw」
黒羽は笑いながら言った。すると六人を連れて歩き出した。
黒羽が向かった先は体育館の裏。いつかの文化祭で使ったのか、古びた木でできた舞台があった。だが照明やスピーカーなどの設備は揃っていた。
「…?」
六人は不思議そうな顔で黒羽を見つめた。黒羽はマイクを並べ始めた。
「え、ここでライブするんすか?」
いるまが舞台にあがりながら尋ねる。黒羽はコンセントでいるまを指差した。ギョッとしたいるまが一歩後ろに下がる。
「体育館で派手にやったらまた生徒会にとっつき回される。せやからここでやる。」
黒羽の目がぎらりと光を放つ。鋭い包丁を突きつけられたような感覚。
「ウチはこの部活を終わらせたくない。」
曲が始まった。音楽が中庭に響き渡り、リズムに合わせて彼らの動きも軽やかに踊る。数人の生徒が通り過ぎようとするが、引き寄せられて観客になる。ラップパートから始まり、すち、みこと、いるま、LAN、暇72のソロが順に回る。
こさめの澄んだ声が響き渡る。彼の歌声は人々の心を捉え、自然と拍手が湧き起こる。暇72のセリフ。全員のサビ。この曲に黒羽のソロはない。だが皆を導くメロディーを謳う。その声に応じて他のメンバーも一緒にコーラスを重ねる。みんなが一つになっている。
黒羽のシンセが謳い始めると、さらに多くの生徒たちが足を止める。彼の指先が鍵盤の上を軽やかに走り回り、観客たちはその技術に魅了される。
その瞬間、黒羽の目に涙が浮かぶ。兄の霈と一緒に過ごした日々を思い出しながら、彼のギターに込められた全ての思いを奏でる。彼の心の中で、兄の声が聞こえるような気がした。
「黒羽もいつか、アイドルになれるよ。兄さん応援する」
その言葉が胸に響き、彼は一層力を込めてギターを弾いた。ステージ上の彼の姿はまるで兄の霈が重なっているかのように見えた。
曲が終わると、観客たちは一斉に拍手喝采を送る。黒羽は涙を拭いながら、マイクを手に取った。
「みんな、ありがとう。今日は特別な日やから、みんなと一緒に楽しい時間を過ごせて本当に嬉しい。これからも応援よろしくな!」
その言葉に観客たちは大きな声で応じ、黒羽と仲間たちはステージを降りた。彼らは互いにハイタッチを交わしながら、文化祭の一日を全力で楽しむことに決めた。
黒羽の心には、兄の霈の記憶が永遠に刻まれている。そして、彼の夢とともに、未来に向かって歩み続けるのだった。
「黒羽ぁ!!!!!!!」
曲が終わった瞬間、奥の方から数名の生徒が走ってきた。見覚えのある三人の女子生徒。あれは…
「!クソっ!!」
黒羽はマイクスタンドからマイクを外し、スタンドを持って舞台から飛び降りた。他メンバーは息を整えながら黒羽を見る。黒羽は映画に出てくる侍のようにマイクスタンドを構え、三人に向かって斬りかかった。観客もメンバーも何が起こっているのかわからず、ただ見つめることしかできない。
「え、先輩!?何してるん!?!」
こさめが叫ぶ。
黒羽は三人の女子に向かってマイクスタンドを振り回し、彼女たちは驚きと恐怖で後退する。黒羽の動きは無駄がなく、まるで訓練を受けたかのように見えた。
「先輩!」
LANが叫ぶが、黒羽は振り返ることなく、さらにスタンドを振り下ろす。
「離れろ!こいつらに近づくな!」
黒羽の声は鋭く、彼の怒りが滲み出ていた。
三人の女子生徒は怯えながらも必死に抵抗するが、黒羽の動きについていけず、次第に追い詰められる。彼らの目には恐怖と混乱が浮かんでいた。
「何してんの!?あの子たち、ただ見に来ただけでしょ!」
観客も叫ぶが、黒羽は無視して攻撃を続けた。
「こいつら、兄さんの敵なんだ!」
黒羽が叫んだその瞬間、ひとりの女子が叫び声を上げて倒れ込んだ。
その叫び声が中庭に響き渡り、観客たちの間にざわめきが広がる。黒羽の手が一瞬止まり、彼の目に恐怖が宿った。彼は自分の行動が何を引き起こしているのか、一瞬だけ理解したようだった。
「黒羽、やめろ!」
観客の一人がが再び叫び、黒羽の肩を掴んで引き止める。
「でも、こいつらが…兄さんを…」
黒羽の声が震えた。
「それは違う。黒羽の兄さんはそんなこと望んでへん!」
LANは黒羽の腕をつかみ、彼の怒りを鎮めようとした。
黒羽はしばらくの間動かず、涙が彼の頬を伝って流れ落ちた。彼はようやくスタンドを地面に落とし、膝から崩れ落ちた。
「ごめん…ごめん、兄さん…」
黒羽は泣きながら呟いた。
観客たちも、他のメンバーも、何が起こったのか理解し始め、静かに見守ることしかできなかった。その場の緊張はゆっくりと解け、黒羽の悲しみと痛みが空気に溶け込んでいった。
黒羽の兄が、癌になった理由。
あの三人が兄、霈にタバコを吸わせた。
そしていじめた。
タバコにより癌にかかり、精神的、肉体的にダメージを受け
悪化した___
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