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第28話「エルフ三人と人間一人の食事会」
金曜日。
午後六時十二分。
営業企画部。
月島セシルがパソコンを閉じた。
「相沢さん、森野さん」
「はい」
「今日、よろしいですか?」
相沢直人が一瞬考える。
「今日?」
森野リリカが答える。
「食事ですよね」
「はい」
先日約束した。
月島。
相沢。
森野。
三人で食事。
そこへ。
神崎レオンが顔を上げた。
「いいですね」
森野が見る。
「何が?」
「食事会」
「レオンは呼んでません」
「そうですか」
「はい」
「残念です」
神崎は再びパソコンを見る。
月島が言った。
「神崎さんもいかがですか?」
神崎。
「では」
森野。
「早い!」
「誘っていただきましたので」
「少しは遠慮してください」
「しました」
「二秒でしょう!」
結局。
四人。
エルフ三人。
人間一人。
午後七時。
駅近くのレストラン。
個室。
相沢が席に座りながら言った。
「何かすごいメンバーだな」
森野。
「何がですか」
「エルフ三人」
「今さらでしょう」
月島が笑う。
「私はこういうの初めてです」
「何が?」
「会社の同僚と、エルフだと隠さず食事すること」
森野の表情が変わる。
「私もです」
神崎。
「私はあります」
森野が見る。
「いつ?」
「昔」
「どこで?」
「海外勤務時代です」
「聞いてない」
「聞かれませんでしたから」
「その言い方、私の真似でしょう」
「便利なので」
料理が来る。
前菜。
サラダ。
パン。
相沢は三人を見る。
三人とも耳を出している。
「何ですか?」
森野が聞く。
「いや」
「また耳ですか」
「うん」
「見慣れたでしょう」
「会社ではね」
月島が聞く。
「相沢さんはエルフの耳がお好きなんですか?」
森野の耳。
ぴく。
相沢。
「好きというか」
森野。
ぴく。
「珍しいから最初は気になって」
ぴく。
「今は森野さんの耳だから好きかな」
森野。
ぴくぴくぴく。
神崎が水を飲む。
月島が笑う。
「なるほど」
森野が小声で言う。
「こういうところで言わないでください」
「聞かれたから」
「適当に答えればいいんです」
「嘘ついたら森野さん怒るじゃん」
「内容を選んでください」
月島が自分の耳に触れる。
「人間は耳をあまり意識しないんですね」
相沢。
「しないですね」
「エルフはかなり意識します」
「やっぱり敏感だから?」
森野が相沢を見る。
「相沢さん」
「はい」
「その話を食事中にしない」
月島は平然と答える。
「敏感ですよ」
森野。
「月島さん!」
「事実でしょう?」
「事実でも!」
神崎。
「個人差があります」
森野。
「レオンも参加しない!」
相沢は。
面白くなってきた。
「じゃあ神崎は?」
「何がです?」
「耳」
森野。
「聞かなくていい!」
神崎は笑う。
「普通です」
「普通って?」
「リリカよりは鈍いですね」
森野。
「レオン!」
「昔からです」
「余計な情報を!」
月島が興味深そうに二人を見る。
「お二人は本当に長いお付き合いなんですね」
神崎。
「百年以上です」
相沢の手が止まる。
「百年以上」
森野。
「ずっと一緒にいたわけじゃありません」
「でも知り合ってからは?」
神崎が考える。
「百二十年くらい」
相沢。
「俺が四人生きられる」
森野がすぐ言う。
「その計算禁止です」
「はい」
メイン料理。
月島がワインではなく炭酸水を飲む。
「森野さん」
「はい」
「一つ聞いていいですか?」
「何ですか」
「相沢さんとのこと」
森野の耳。
ぴく。
「何でしょう」
「怖くありませんでした?」
森野は。
少し黙る。
相沢も。
神崎も。
月島が続ける。
「人間と付き合うこと」
「……」
「寿命が違うから」
森野はフォークを置いた。
「怖いです」
耳は動かない。
「今も?」
「はい」
「それでも?」
森野は相沢を見る。
「それでもです」
月島が少し笑った。
「そうですか」
森野が逆に聞く。
「月島さんは?」
「私?」
「人間と付き合ったこと」
月島は少し考える。
「あります」
相沢。
「何人?」
森野。
「相沢さん」
「ごめん」
月島は笑う。
「三人です」
森野。
「三人」
「はい」
「全員、人間?」
「はい」
「今は?」
「全員亡くなりました」
空気が静かになる。
月島は。
悲しい顔をしなかった。
ただ。
少し遠くを見る。
「最後の人が亡くなったのは」
「はい」
「三十八年前です」
森野が聞く。
「それからは?」
「誰とも」
「どうして?」
「疲れたんです」
月島は笑った。
「別れるのに」
森野は黙る。
「だから」
月島が相沢を見る。
「森野さんは勇気があると思います」
「私?」
「はい」
「勇気というか」
森野は困った顔をする。
「相沢さんが」
「俺?」
「しつこかったので」
「そんな話だった?」
「だいたい」
「違う気がする」
神崎が言う。
「相沢さんが手を握ったのが始まりですね」
相沢。
「何で知ってるの?」
「リリカから聞きました」
森野。
「レオン!」
「秘密でした?」
「そこまで話してません!」
「だいたい分かりました」
月島が笑う。
「いいですね」
森野。
「何がですか」
「恋愛」
森野が月島を見る。
「月島さんもすればいいじゃないですか」
「もういいです」
耳。
ぴく。
相沢は気づく。
森野も。
神崎も。
三人同時に。
月島の耳を見る。
月島が止まる。
「何ですか」
森野。
「今」
「何ですか」
「耳」
月島が自分の耳を押さえる。
「動いてません」
神崎。
「動きました」
相沢。
「動きましたね」
月島。
「気のせいです」
ぴく。
森野が笑う。
「嘘つくと動くんですね」
「森野さんもでしょう」
「私は今関係ありません」
「見ないでください」
「月島さん」
「何ですか」
「好きな人いるんですか?」
「いません」
ぴく。
四人。
沈黙。
月島。
「……」
森野の目が輝く。
「いるんですね」
「いません」
ぴく。
「いる」
「いません」
ぴく。
神崎が笑う。
「耳は正直ですね」
月島が両手で耳を押さえた。
「この話は終了です」
森野が楽しそうに言う。
「誰ですか?」
「終了です」
「会社?」
「終了」
「人間?」
月島の耳が。
ぴく。
森野。
「あ」
相沢。
「あ」
神崎。
「なるほど」
月島。
「帰ります」
「まだデザート来てませんよ」
「食べてから帰ります」
相沢が笑う。
森野も笑う。
エルフが増えても。
どうやら。
耳の弱点は同じらしい。
午後九時。
店を出る。
神崎と月島は同じ方向。
相沢と森野は反対。
駅前で別れる。
「お疲れさまでした」
「また月曜日」
月島が森野を見る。
「今日のこと」
「何ですか?」
「会社では言わないでください」
森野が笑う。
「もちろん」
ぴく。
月島。
「森野さん」
「何ですか」
「今、耳動きました」
「気のせいです」
「絶対言いますよね?」
「言いません」
ぴく。
「森野さん!」
四人で笑う。
そして。
相沢と森野。
二人になる。
夜道。
手をつなぐ。
「楽しかったね」
相沢が言う。
「はい」
「月島さん、好きな人いるんだ」
「みたいですね」
「誰だろ」
「気になります」
「森野さん、こういう話好きだよね」
「普通です」
「百四十三歳でも?」
「恋愛話に年齢は関係ありません」
少し歩く。
森野が言う。
「相沢さん」
「何?」
「私」
「うん」
「勇気あると思います?」
「何の?」
「人間と付き合ったこと」
相沢は考える。
「あるんじゃない?」
「適当ですね」
「でも」
「はい」
「俺も少し勇気いるよ」
森野が見る。
「相沢さんも?」
「だって」
「はい」
「俺だけ先に年取る」
森野は黙る。
「十年後」
「はい」
「俺四十一」
「はい」
「森野さん百五十三」
「はい」
「見た目は?」
「ほぼ今と同じだと思います」
「二十年後」
「相沢さん五十一」
「森野さん百六十三」
「はい」
「俺だけおじさん」
森野が少し笑う。
「大丈夫です」
「何が?」
「おじさんになっても」
森野は相沢の手を。
少し強く握る。
「たぶん好きです」
相沢が止まる。
「たぶん?」
森野も止まる。
「絶対と言うと嘘になるので」
耳は。
動かない。
「正直だな」
「耳がありますから」
「じゃあ俺も」
「何ですか」
「百六十三歳になっても好きだと思う」
森野の耳が。
ぴく。
「二十年後ですよ」
「うん」
「覚えておきます」
「怖いな」
「エルフは長く覚えていますから」
駅。
別れ際。
相沢が言う。
「じゃあ月曜日」
「はい」
森野が一歩離れる。
そして。
戻る。
相沢の頬に。
軽くキス。
「え?」
森野は。
耳を真っ赤にして言った。
「二十年分の予約です」
「意味分からない」
「私も分かりません!」
そのまま改札へ逃げる。
翌月曜日。
午前九時。
営業企画部。
月島セシルは。
いつもより少し早く出社していた。
そして。
なぜか。
髪を巻いていた。
耳を。
完全に隠している。
森野が驚く。
「月島さん?」
「おはようございます」
「耳どうしたんですか?」
「何でもありません」
「どうして隠してるんです?」
「気分です」
森野が近づく。
「怪しい」
「怪しくありません」
そのとき。
営業企画部の入口。
「失礼します」
若い男性社員が入ってくる。
別部署。
システム開発部の。
佐伯悠真。
二十九歳。
「月島さん」
「はい」
月島が振り返る。
「昨日頼まれていたシステム権限、設定できました」
「ありがとうございます」
「あと」
佐伯が笑う。
「今度、社内システムの説明しますね」
「お願いします」
月島の髪の中。
わずかに。
何かが動いた。
ぴく。
森野が。
見逃すはずがなかった。
月島。
「では」
佐伯。
「失礼します」
男性が出ていく。
静かになる。
森野が。
ゆっくり月島を見る。
月島は。
パソコンを見る。
「月島さん」
「何ですか」
「好きな人」
「仕事してください」
「佐伯さん?」
「仕事してください」
髪の中。
ぴく。
森野の目が輝く。
「佐伯さんなんですね!」
「森野さん!」
どうやら。
会社にかわいいエルフが二人いる場合。
社内恋愛も。
二倍になるらしい。
コメント
1件
第28話、めっちゃ良かった……! エルフ同士の食事会の空気感が自然で、特に月島さんの過去の恋愛話の重みと、それをああいう形で出すバランスが絶妙だった。耳ピクピクで嘘がバレるギミックは相変わらず可愛いし、佐伯さん登場で月島さんの恋路が動き出しそうな予感にニヤニヤが止まらん。森野さんの「二十年分の予約」キスも最高にエモかったです🔥 続き気になる!