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「行きましょうか」
到着したので、早速中に入ることにした。
ライブハウスの入り口は独特の雰囲気がある。アウトラインも例外ではなかった。怪しげな入口を通るとすぐに受付があり、そこに立っているスタッフに挨拶して名乗ってゲストパスを二枚もらった。
「チケット代、お支払いします」
「パスを出してもらったので、大丈夫です。代金は要りません」
料金を支払おうとする新藤さんを静止してゲストパスを渡すと、彼は受け取ったパスを懐かしそうに見つめた。おもむろにパスの裏側の剝離紙をめくり、右の二の腕辺りに貼った。パスがシールタイプになっていて、見えるところに貼るということも知っているなんて…。説明するまでもなかった彼の行動を見て確信した。
新藤さんは思った通り、ライブハウスに出入りしたことがある経験者なのだ。だから音楽に詳しいんだ!
「先に楽屋へ差し入れを持って行きますね。新藤さんも一緒に行きましょう」
「よろしいのですか?」
「もちろんです。楽屋へ案内しますね」
アウトラインは入口を挟んで右に行くと楽屋、左に行くとホールがある。
入口は若干広めのスペースがあって、出演者が物販をできるように専用の机や椅子が置かれている。そこは既に物販の準備が整っていて、Tシャツやうちわ、CD等のサファイアの販促物が並べられていた。
顔見知りのサファイアのスタッフがいたので挨拶して、楽屋へ向かった。
楽屋入口までにレアなバンドのサイン入りポスターが貼ってあり、機材が山のように置かれている通路を進んで楽屋へ行った。因みに私は昔、この通路に貼ってあるRBのサイン入り秘蔵ポスターを森やんに無理を言って譲ってもらった過去がある。
それはライブハウス限定の、RBデビューCDの発売告知用ポスターだった。
見た途端、衝撃が走った。
持っていないポスターだったから(しかもサイン付き!)、どうしても欲しくて、私は森やんに泣きついた。ポスターを譲って欲しいとしつこく訴え、十万円払うから売って欲しい、とまで言ったのだ。
大事なポスターだから無理や、と断られ続けたが私も負けなかった。彼に会う度に「一生大切にするからどうかポスターを譲って欲しい」としつこく訴え続けた。半年くらいそれを続けた私の根性に負けて、森やんは遂にそのポスターを譲ってくれた。今となってはいい思い出だ。
宣言通りそのポスターは今でも額に入れて私の部屋に保存中だ。とにかく私のRBへの愛は筋金入り。新藤さんに言ったら笑われそうというか、ドン引きされそうだから言えないけどね。
そんな思い出が詰まった狭い通路を抜けて楽屋への簡易扉を開けると、メンバー全員が既に衣装に着替え、その中に光貴も混じっていた。
光貴がその中で、一際男前になって輝いている。
普段のチリチリ頭ではなく、セットしてもらってカッコ良く決まっていた。ロックバンドのギタリストの顔をしていた。とても素敵だ。普段からこんなに恰好良かったら、毎日トキめくのに。
やっぱり見た目、大事だよ。
ゆるふわでおさるさんみたいなな旦那様では、萌えないもん。
「出番前の忙しい時にすみません。差し入れ持ってきました」
挨拶すると、やまねんさんが私たちの近くまで来てくれた。光貴はギターを弾いていて、最終調整をしている。新藤さんを見て嬉しそうに挨拶をしていた。
「おー、りっちゃん。急やのに駆けつけてくれてありがとう。お連れの方も、わざわざありがとうございます」
やまねんさんの衣装は、黒のウェスタン帽からまず目に留まる。それを目深く被って、サングラスで目を覆い、黒髪のサラサラロングヘア―が帽子の中から揺れている。このスタイルは、やまねんさんのトレードマーク。
彼は人前ではサングラスを外さない。結構目がくりっとしていてリスみたいに可愛いから、本人はそれを気にしているという理由があるからだ。
「やまねんさん、彼は新藤博人さんです。今日のライブ、楽しみにして下さっています」
やまねんさんに軽く紹介した。
「新藤と申します。よろしくお願いします」
新藤さんが深々と頭を下げた後、やまねんさんに握手を求めた。「私、アルバムのStill Soがとても好きです。サファイアがデビューされるという噂を聞いて、本当に嬉しいです。これからのご活躍、期待しています」
「おっ。Still Soはファーストアルバムですね。嬉しいなぁ。新藤さん、是非楽しんでってください。今日は自分のギターを聴かせられなくて残念ですけど、その分光貴に頑張ってもらいますから。なあ、光貴?」
やまねんさんが振り向いて、光貴を見て白い歯を見せて笑った。
「えーっ。やまねんさん、急に呼び出しておいて、プレッシャーかけないで下さいよぉー」
「大丈夫や」光貴の傍に座っていた、ベースの西谷太一(にしやたいち)さんが、ポンと光貴の肩を叩いて言った。「光貴なら弾ける。弾かれへんかったら、今日の打ち上げ全額お前持ちにするから」
「えーっ、そんなぁー。後輩イジメはいけませんよ」
そんな風に言っているけど、光貴は困った顔どころか自信に満ちている。絶対弾き切る、確固たる自信がある顔をしていた。
光貴は何でも弾けるもんね。ギターが大好きで、プレイは最高だから。
こういう時、いつも私は申しわけない気持ちでいっぱいになる。