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オメガバース。
発情期発情期です。
巣作りという素晴らしいものを考えた人に最大級の祝福と感謝を。(急にどうした?)
マフィアの最下層から幹部まで、誰もが恐れる「双黒」という通り名。その片割れである中原中也が任務を終え、横浜の夜気を纏ったまま自室の重厚な扉を開けた瞬間、肺の奥まで侵食するような過剰な芳香が彼を襲った。
それは熟れすぎた果実のように甘く、それでいて暴力的なまでの切実さを孕んだ香り。中也の背筋に、生物としての本能を揺さぶる震えが走る。
このマンションの一室に、他に誰がいるかは明白だった。
「……っ、おい、太宰」
返事はない。ただ、廊下の突き当たりにある寝室の奥から、湿り気を帯びた熱気が溢れ出している。
中也は焦燥に駆られるまま、足音を荒らげて寝室へ向かった。
扉を開け放った先の光景は、異様だった。
大きな寝台の上、シーツは無惨に引き剥がされ、そこには中也の予備のシャツ、任務で着古したコート、さらには洗濯物籠に入っていたはずの衣類までが山のように積み上げられている。その布の塊の真ん中で、太宰治が身を丸めていた。
「ちゅや……、ちゅやぁ……」
太宰の声は、普段の飄々とした響きを完全に失っていた。
まるで神に縋る信徒の祈りのように、あるいは母親を求める幼子の泣き言のように、ただひとつの名前を繰り返し、熱に浮かされた唇から零している。
太宰は、中也の黒いコートに顔を埋め、深く、深く、その繊維に染み付いた匂いを吸い込んでいた。
αとΩという性質がこの世に発現してから、太宰はその特異な能力のせいか、あるいは自身の精神性の欠如ゆえか、番という概念や発情期という現象に対して、病的なまでに無知だった。知識として頭に入れていても、それが自分の身に降りかかるとは、どこか他人事のように考えていた節がある。
中也と番の契約を交わした時でさえ、「これで犬の鎖が太くなるね」と軽口を叩いていた男だ。
だが、今ここにいるのは、理性を焼き切られただの「つがい」を求めるΩだった。
自分の衣類をかき集めて作る「巣」。その中央で、太宰は中也の匂いに包まれることで、どうにか壊れそうな自我を繋ぎ止めている。
瞳は虚ろで、視界に中也が入っているはずなのに、それが本物であると認識できていない。
「ぁあ、っ、クソが……ッ!」
中也は忌々しげに吐き捨てた。太宰の無防備な姿に当てられたのではない。その、あまりにも痛々しい「巣作り」の光景に、胸の奥が焼けるような独占欲と加虐心が混ざり合った感情で一杯になったのだ。
中也は無造作に帽子を放り投げ、上着を脱ぎ捨てると、寝台に膝をついた。
そして、太宰が大事そうに抱え込んでいた自分自身のコートを、力任せに引き剥がした。
「あ……っ、やだ、だめぇ……!」
拠り所を奪われた太宰が、悲鳴に近い声を上げる。
視界が揺れ、ずっと縋り付いていた「中也の匂い」が急激に遠のいた。太宰にとって、それは唯一の救いを取り上げられた絶望に等しかった。
「なんで……なんで、ひどいこと、するのぉ……っ」
太宰の目から、大粒の涙がぼろぼろと溢れ出した。
自分を放置して任務に行っていた番への恨み言か、あるいは、たった今奪われた「巣」への執着か。朦朧とした意識の中で、太宰は子供のように泣きじゃくる。
「泣くな、馬鹿。布切れなんかで我慢してんじゃねぇよ」
中也の声は低く、ひどく熱を持っていた。
彼は泣きじゃくる太宰の脇に手を差し込み、抗う間も与えず、ひょいと自分の膝の上へ抱き上げた。
「俺でいいだろうが。本物がここにいんだよ」
その瞬間、中也は自身の支配的なフェロモンを解放した。
閉ざされた部屋の中で、強烈なαの香りが太宰の鼻腔を突き抜ける。
「ふぁ、ぁ、ぁ、ぁあ……っ♡」
太宰の口から、甘く、溶け切った吐息が漏れた。
偽物の衣類に囲まれていた時とは比較にならないほどの情報の奔流。中也の体温、肌から立ち上る濃厚な雄の匂い、そして自分を縛り上げる逞しい腕の感触。
それらが一気に脳を焼き、太宰の腰ががくんと砕けた。
「ぁ、ちゅや、ちゅやぁ、ほんもの……」
「そうだ。遅くなって悪かったな」
中也は太宰の項に顔を埋め、番の証である傷跡に舌を這わせた。
じょり、と微かな音が室内に響く。
中也の荒い鼻息が直接肌に当たると、太宰はびくんと身体を跳ねさせ、中也の肩に細い指を食い込ませた。
「ぁ、あああ、っ、あつい、なかが、おかしいよぉ……」
太宰の発情期は、中也が触れることで加速していく。
シーツの上に押し倒されると、太宰の肌はすでに淡い桃色に染まり、全身からじっとりと汗が噴き出していた。
中也が太宰の服を剥ぎ取るたび、室内の甘い香りはさらに濃度を増していく。
「見てろ、太宰。お前の欲しがってるもんは、全部俺がやる」
中也の唇が、太宰の額、目尻、頬へと吸い付くように落とされる。
そのひとつひとつの愛撫が、太宰にとってはあまりにも過剰な幸福だった。
太宰は、自分が世界一無価値な人間だと思っていた。けれど、こうして中也に抱かれ、熱く求められるたびに、自分の存在が肯定されているような錯覚に陥る。
それが発情期という生理現象によるものだと分かっていても、太宰の心は耐えきれずに震えた。
「ぁ、う、あ……っ」
接吻を交わすたびに、太宰の瞳から、きらきらとした涙が零れ落ちる。
悲しいわけではない。ただ、あまりにも満たされすぎていて、身体が受け止めきれないのだ。
「中也、ちゅや……っ、しあわせ、すぎて、こわいよ……」
掠れた声で太宰が囁く。
中也は無言で、太宰の指を絡め取った。骨ばった指が、力強く握り締められる。
「こわがることなんてねぇよ。お前を離すわけねぇだろ」
中也の手が太宰の足の付け根を割り、熱りきった内腿を撫で上げる。
太宰は快楽の予感に震え、吐息を漏らしながら中也の首にしがみついた。
「とけちゃう、とけちゃうよぉぉ……」
脳も、身体も、境界線さえも。
すべてが中也という存在に飲み込まれていく感覚。
知識のない太宰にとって、それは未知の、けれど何よりも抗いがたい快楽の深淵だった。
「……溶けちまえばいいじゃねぇかよ」
中也の声は低く、慈しむように、そして残酷に響いた。
彼は太宰の身体を自分の膝に乗せ、向かい合う形で深く、力強く貫いた。
ずぶ、と肉の触れ合う濡れた音が静寂を切り裂く。
「ひ、あ、ぁああああ……っ!!」
太宰は天を仰ぎ、背中を大きく反らせた。
内側から強引に押し広げられる感覚に、瞳孔が収縮する。
自分と中也が、物理的にも精神的にも完全に繋がった瞬間。
太宰の意識は真っ白に染まり、視界がちかちかと明滅した。
「は、はぁ……っ、あ、ちゅ、や、なかが、いっぱい……」
「ああ、お前の中、すげぇ熱いぞ……」
対面座位のまま、中也は太宰の細い腰をしっかりと掴み、何度も、何度も、深く突き上げた。
そのたびに、太宰の身体は小さく跳ね、中也の胸板に顔を埋めては、甘い悲鳴を漏らす。
ぐちゅ、どぷ、と湿った音が、二人の合体した場所から絶え間なく聞こえてくる。
太宰が中也の衣類で作っていた「巣」は、今や二人の激しい動きによって乱され、床に散らばっていた。
だが、今の太宰にはそんなものは必要なかった。
本物の、生身の中也が自分を抱き、内側から激しく揺さぶってくれる。
その事実だけで、太宰の発情期の渇きは、甘美な快楽へと塗り替えられていった。
中也は太宰の耳元で、低く、名前を呼び続ける。
その声が、太宰の鼓膜を震わせ、脳を蕩けさせていく。
「あ、あ、ぁ……っ、ちゅや、だいすき、だいすきぃ……っ」
太宰はもう、自分の口から何が飛び出しているのかさえ理解していなかった。
ただ、溢れ出す感情を言葉に乗せて吐き出すことしかできない。
中也が太宰の背中を愛おしそうに撫で、その首筋に顔を埋める。
αの牙が、すでに自分のものとなった番の印を、もう一度確認するように優しく噛んだ。
「俺もだ、クソ太宰」
その一言が、太宰にとってのトドメだった。
中也の腕の中で、太宰は幸せの涙に暮れながら、深い、深い、快楽の海へと沈んでいった。
夜はまだ、始まったばかりだった。
散らばった衣類の中で、二人の影はひとつに重なり合い、甘い香りと共に、静かに、けれど激しく溶け合っていった。
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