テラーノベル
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東京の喧騒は、私にとって少しだけ鋭すぎる。
班のみんなの楽しげな笑い声も、竹下通りのカラフルな看板も、今の私にはフィルターを通したみたいに遠い。耳を塞ぐノイズキャンセリングイヤホンは、私の世界を守るための大切な境界線だ。
「らん、遅れてるよー!」
前を歩く友達が振り返る。私は「ごめん!」と小さく笑って、足早にみんなの背中を追いかけた。修学旅行最終日、原宿。人混みの熱気に酔いそうになりながら、ふと、反対側から歩いてくる一人の男性と目が合った。
黒いバケットハットを深く被り、マスク越しでもわかる、どこか優しくて、でも吸い込まれそうな強い瞳。
(え……?)
心臓が跳ねた。その独特の歩き方、纏っている空気感。毎日、画面越しに、そしてイヤホン越しに救われている「あの人」に、あまりにも似ていた。
気づけば、私は班の列を離れていた。
「すみません……!」
震える声で呼びかけると、その人は足を止めて、ゆっくりとこちらを振り返った。
「……はい?」
少し困ったように、でも拒絶しない柔らかな声。至近距離で見つめ直して、確信した。大森元貴さんだ。パニックになりそうな頭を必死で押さえつけて、私は言葉を絞り出す。
「あの……Mrs. GREEN APPLEの、大森さん、ですよね……? 私、Jam’sで……いつも、救われてます。音が怖くて動けなくなる時も、大森さんの歌だけは、隣にいてくれる気がして……」
止まらなくなった。自分が感覚過敏であること。彼の紡ぐ言葉に憧れて、自分でもノートに歌詞を書き溜めていること。そして、いつかただのファンじゃなくて、マネージャーやスタッフとして、彼らを支える側になりたいと思っていること。
大森さんは、真っ直ぐに私の話を聞いてくれた。私の耳にあるイヤホンと、修学旅行のしおりを握りしめた手を交互に見て、ふっと目を細める。
「……そっか。僕らのために、そんな風に未来を考えてくれてるんだね」
その一言だけで、これまでの苦しさが全部報われた気がした。すると、彼は時計を確認して、信じられないことを口にした。
「この後、レコーディングがあるんだけど。……もしよかったら、少し見に来る? 支える側になりたいなら、現場を知っておくのもいい経験になると思うし」
「え……!? でも、学校の行事中で……」
「先生に聞いてごらん。許可が出るなら、僕は構わないよ」
震える手で緊急連絡用のスマホを取り出し、引率の先生に電話をかける。事情を話すと、普段から私の進路相談に乗ってくれていた先生は、驚きながらも「……山田さんの将来にとって、これ以上の機会はないかもしれないね。しっかり学んでくるんだよ」と、異例の許可を出してくれた。
「……先生、いいって、言ってくれました……っ」
顔を上げると、大森さんは「よし」と短く頷いて、少しだけ悪戯っぽく笑った。
「じゃあ、行こうか。未来のスタッフさん」
私の、人生で一番長くて、一番忘れられない修学旅行の「特別授業」が、今始まった。
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コメント
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めっちゃ面白そうな物語だ...!、! 続き楽しみにしてます✨