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梨花と沙莉はクラスで目立った存在でもないし、ヤンチャなわけでもない。
ごく普通に、皆と一緒に来年の受験に備えて一生懸命勉強していた。
特に沙莉は、看護師になると周りにも公言して、真剣に頑張っていた。
ただ、頑張っていただけ。
そして、運が悪かっただけ。
けど、梨花にとったら、運が悪かったでは終わりにできない話なんだと、泣きそうな梨花の顔を見てわかった。俺と同じ。
だから、その不運の中に梨花まで飲み込まれるのをみて見ぬふりすることも、俺にはできなかった。
正義のヒーローとか、漫画の主人公みたいに、熱くてかっこいいことは言えないし、現実ではそんな熱血ウザがられるんだろうけど。
だからって、目を背けて、友達が苦しむのを見ないふりはしてはいけない。
困っているなら、助けたい。助けるのが無理なら、一緒に困って、出口を見つけたい。兄ちゃんからそう教えてもらった。
 梨花の手を引っ張って、ハンバーガーショップに入った。
ホクホクと湯気のたつポテトを囲んで、きゃあきゃあとはしゃぐ女子のグループ。
パテを何重にも挟んだ、男子学生のために作られた分厚いバーガーからは香ばしい肉と甘いチーズの匂いが男子グループの腹を満たしていた。
でも、パチパチと肉の焼ける音も、ポテトの温かい匂いも、今は俺たちの心を揺さぶらなかった。
コーラとアイスティーを頼んで、席に座って、困惑している梨花をまっすぐ見た。
「梨花。沙莉のことだけど、女を見たんだな?」
梨花が頷く。
「…わかった。」
できることがあるなら、すぐに行動できる人で在りたい。
俺は、ポケットの中のボロボロになったサッカーボールのキーホルダーを握りしめた。
「俺の幼馴染の兄ちゃんも、その電車で事故に遭った。」
梨花の目が見開かれた。ポケットから、キーホルダーを取り出して、テーブルに置く。
コーラのカップの周りには水たまりができていた。
「その時は俺が10歳で、兄ちゃんが18歳だった。かなり年は離れてたけど、めちゃくちゃかわいがってくれて、サッカーとか勉強とかたくさん教えてくれたんだ。」
キーホルダーがカチャリと鳴った。
「これ、事故に遭った日に兄ちゃんからもらったプレゼントなんだ。」
梨花は黙って聞いてくれた。
「俺と兄ちゃんは、あの日兄ちゃんの友達が出てるサッカーの試合を観に行ってて。この近くにある運動公園知ってるだろ?あそこで試合があったんだ。」
あの日の兄ちゃんは楽しそうだった。 俺も、楽しかった。
試合会場で売ってたサッカーボールのキーホルダーを見てたら、兄ちゃんが買ってくれて、『サインしてやるよ!』って、マジックで『サカシタ』って書いたんだ…。
「試合が終わったのが17時50分くらいで。そのまま帰ればよかったんだけど、兄ちゃんがアイス奢ってくれるって言うからさ、寄り道しまくって、気づいたら19時になってた。それで、二人で19時30分の電車に乗ったんだ」
 あの日の声が聞こえた。
『兄ちゃんの友達すっげーな!めっちゃかっけー!』
『そうだろう!そうだろう!あいつは俺の親友だからな!すげー奴なんだよ』
電車は空いていた。俺と兄ちゃんは、赤のベルベットに座って、夢中で試合の話をしてた。
俺は、視線を感じて前を見ると、窓にスーツ姿の女が映っていた。
横を見ても、俺と兄ちゃん以外に乗ってる人はいなくて、俺は首を傾げた。
『どうした?』
『あのさ…窓に女の人が映ってる』
俺の声は小さくて震えていた。
兄ちゃんは窓を見て、俺を見た。
『悟。お化けだっているときはいるんだ。』
兄ちゃんは二カッと笑った。
『この世には不思議がいっぱいだ!だから、あり得ないって否定するんじゃなくて、こんな不思議もあるんだーって受け入れてやれ。どんなに勉強したって、経験積んだって、この世はわからないことだらけなんだから。』
兄ちゃんは、俺が怖がらないように言ったんだと思う。
『うん』
俺は怖かったけど、その女に手を振った。
女はにっこり笑った。その途端に急に苦しくなって、息ができなくなった。
兄ちゃんの声が遠くなっていって、俺は死ぬんだと思った。
目の前が真っ白になって、感覚がなくなって…。
そしたら、兄ちゃんの手が俺の手をぎゅって掴んで引っ張ったんだ。
兄ちゃんが、二カッて笑って、俺の頭を撫でてくれた。
 「気がついたら病院のベッドの上で、兄ちゃんは集中治療室にいた。母さんに聞いたら、電車の窓枠が外れて、兄ちゃんと俺に直撃したって言ってた」
梨花が小さな声で言った。「そのお兄さん、死んじゃったの?」
「…生きてはいるよ。植物状態だけど。」
俺はキーホルダーを握りしめた。
「あの時、たぶん俺はあの女に殺されそうになったんだ。それを、兄ちゃんが助けてくれたと思ってる」
「うん」
「梨花。よく聞いて」
梨花としっかり目を合わせる。
「俺たちは、事故だと思ってない。兄ちゃんの妹と、兄ちゃんの友達たちと、皆で電車について調べているんだ。」
「え?」
「俺たちも、お前と一緒で、どうして兄ちゃんがあんな目に遭わないといけなかったのか、調べてるんだ。今も。それで、今わかっていることは、女を見て反応したら殺されるってことだ。」
梨花の顔が強張り、手が震えた。
「一人で抱えるな。」
コーラとアイスティーは、氷で薄まり、カップの周りは水たまりができていた。