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うるせぇなぁ。
働いて帰ってきたらガキは泣くし、役立たずは震えてばかりで何もできやしない。
なんでこんなのと結婚して子どもなんか作ったんだか…。
「うるせぇっ!そのガキ黙らせろ!」
バンッと机を叩くと、やっと役立たずが動き出す。
「大丈夫。大丈夫だから…。」
ガキがやっと静かになる。
家でくらいゆっくりさせてくれ。
役立たずとガキを目にするのも嫌で、隣の部屋に行く。
マフラーを脱いで、コートを脱いで、ジャケットを脱いで、そのまま床に放る。
そうしておけば、役立たずが片付ける。
ピアスを外して、ネックレスを外して、化粧を落とす。
店で働いている方がずっとマシだ。
タバコに火をつけて、紫煙の向こうに過去を見た。
あの頃、アタシは若かった。
役立たずも、今よりずっとマシだった。
あいつは店に来た客で、アタシは若いキャバ嬢で。
あいつはアタシにのめり込んで。
大金持ちだったから、あいつの手を取ってやったのに。
あいつの実家は、アタシがキャバ嬢だってわかると、あいつを勘当しやがった。
それからはずっと…この安アパートで、アタシはスナックで働き続けた。
あいつは、本当にただの坊っちゃんで、スーパーですら働けない。
本当に、どうしてあいつの手を取ったんだろう。
あの人だったら…。
サラリーマンだったし、金回りはあまり良くなかったかもしれないけど、少なくとも、海外に住んでる夫の家族からの侮蔑はなかったはずだ…。
なのに、あいつは、ガキを産んでもっと酷くなった。
ガキはずっと泣き続けるし、あいつはオロオロ、オロオロ。
目障りこの上ない。
せめて、ガキがアタシに似てりゃ、もう少しは可愛いと思えたはずだ。
でも…あいつそっくりの、色白で細面で、目は青色だ。
クォーターだったかな?そのせいで、アタシの親にも冷たい目で見られちまうし。
『外国人』ってレッテルにこんなに苦しむとは思わなかったよ。
ため息しか出てこない。
タバコを揉み消して、布団に入った。
 「ごめんね…」
娘を抱きしめながら、その耳元でずっと囁く。
「ママは疲れているんだ。スィートが悪いわけじゃない。スィートはとってもいい子だよ」
10歳になるのに、身長は110cmしかない。体重は26kgだ。
「ごめんね…スィート。僕の天使…」
スィートが僕と同じ目で笑った。
本当に、なんて可愛いんだろう。
仕事に行きたかったけど、仕事に行っている間に、酔った彼女がスィートを殴ったあの日から、僕は仕事に行けなくなった。
僕の見えないところで、彼女がスィートを殺してしまう、という悪夢が毎夜僕を苦しめた。
目を覚ましては、スィートの寝息を確かめて、彼女の存在を警戒する日々が続いた。
彼女やスィートのために、自宅でできる内職で、少しだけのお金を稼ぐ。
実家に帰ろうとも思ったけど、彼女の人生を壊した罪が許してくれない。
どうしたら…。
スィートだけでも助けないと。
その日はスィートがご機嫌で、彼女もご機嫌だった。
電話越しに、「今日は臨時収入が入ったんだ。おいしいもの買って帰るよ」という彼女の明るい声が聞こえた。
なんていい日なんだろう。でも…酒が入れば彼女は変わる。
ふと、思い出した。
先月、隣の大学生が亡くなった。
駅の階段を踏み外して転んだそうだ。
19時30分の電車から降りた直後に。
呪いの電車。
19時30分の電車に出る女の幽霊。
ネットの中に踊る確証のない文字列。
「ありがとう。楽しみにしてる。」
時計を見て言った。言ってしまった。
「君も疲れているよね?いつもありがとう。たまにはゆっくりマッサージでも行っておいでよ。明日は休みでしょう?」
今からマッサージ店に行ったら、帰りは19時30分の電車に乗るだろう…。
「へぇ、いいね。じゃ、そうするよ」
彼女の嬉しそうな声に、涙がこぼれた。
電話を切って、娘を抱きしめる。
「100%じゃない。それに、噂だ。19時30分の電車に乗ったら死ぬ、なんて…」
 20時12分、病院から電話がかかってきた。
「奥様が事故に遭いました」
…娘を抱きしめた僕の顔は、笑っていた。
「電車内で突然怒り出し、心臓発作を…」
あぁ、助かったよ。愛しいスィート。
「わかりました。すぐ病院に行きます」
スィートを椅子に座らせて、スーツケースを引っ張り出して、片手で実家の番号を呼び出す。
「ママ?僕だよ…」
スィートが小さな手で僕の手を握った。
「ママ?」
青い瞳が嬉しそうに笑った。