残業が終わり、いつもよりも足取りも軽く陽翔は帰途につく。その心を占めているのは百子のことだった。家に彼女がいる、それだけで帰るのが楽しみになる日が来ようとは思わなかった。昨日からは彼女と一緒に料理をしたり、掃除の役割分担を決めたりして、まるで夫婦のような共同生活を送っており、職場の皆からも、普段あまりにこりともしない陽翔が内心るんるんなのを見透かされて、あれこれ聞かれる始末である。
(まさか俺にもチャンスが来ようとはな)
陽翔は大学時代にゼミが一緒だった百子に好意を寄せていたのだ。しかし彼女には当時付き合っていた彼氏がいたために、アプローチはすることはなかった。彼氏の話を嬉しそうにしているのを知っていたので尚更だったかもしれない。彼女とは卒業式の後には一度も出会っておらず、先週は飲み屋の位置の下見をしたいと思って繁華街を彷徨いていたところ、不埒な男どもに絡まれていた百子をたまたま目撃したのだった。
(俺が通りかからなかったらヤバかったよな)
あの時は考えるよりも先に動いてしまったが、百子が嫌がっていなかったことに心底胸を撫で下ろしたものである。しかし彼女は熱を出しており、さらに家に帰りたくないと言う。放っとけないと思った陽翔はすぐさま彼女を家に招き入れた。彼女が弱っているところを初めて見た陽翔は、噴出しそうな下心を何とか宥めすかして彼女を看病していたが、それを悟られないようにするのは骨が折れたかもしれない。ふにゃりとした表情で、陽翔に向かって感謝の言葉を述べている百子を、何度抱きしめたいと思ったことだろうか。何度愛を囁こうかと思っただろうか。風呂場で転んだ彼女を見ないようにしていたのは、彼女への気遣いでも何でもなく、彼女の裸を見てしまうとその場で襲ってしまいそうだと思ったからだ。
(自分も住んでいる家が浮気現場になってたとはな……そんな辛い記憶がある嫌な家と元彼は早く忘れて、ちゃんと笑えるようになればいいが……)
百子が目立たないように涙しながら、家に帰りたくない理由を語っているのを見ると、彼女の元彼を完膚無きまでどつき回したくなる。そしてその気持ちと正比例して、百子を幸せにしたい気持ちも急速に膨れ上がるのだ。何なら1ヶ月すぎても百子には家にいて欲しいくらいであるが、自分の理性が持つかは少し怪しいかもしれない。持つのが難しいなら筋トレでもして発散させようと考えてはいるが。
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