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昼休み。
俺はイヤホンで音楽を聴きながら、廊下を歩いていた。
不意に、肩をトントンと叩かれる。
誰だ?
イヤホンを外しながら振り返ると、そこには段ボール箱を二箱重ねて抱えた澪が立っていた。
「佐藤君、いいところに! 手伝って」
「え?」
「はい、これ」
返事をする間もなく、上に積まれていた一箱を渡される。
「おもっ」
思わず声が出た。
見た目から想像していたより、ずっしりと重い。
「これ、何入ってるんです?」
「生徒会室で出た不要なプリント。溜まってたんだよねー。シュレッダーにかけたいから、職員室までお願い」
「こういうのは、るなに頼んでくださいよ」
「近くにいた佐藤君が悪い」
「理不尽だ」
「まあ、確かにるなちゃんは運動神経いいもんね」
その一言で、ふと思い出した。
ゆりかとるなが映画部に入った日のことだ。
帰り道、どこからか飛んできたボールが、ものすごい勢いで細川先輩に向かってきた。
危ない、と思った次の瞬間。
るなは飛んできたボールを、片手でしゅぱっと受け止めていた。
「あいつ、前にすごい勢いで飛んできたボールを片手でキャッチしたことありますよ」
「へえ」
俺たちは段ボール箱を抱えたまま、職員室へ向かって歩き出す。
「すごいね。運動部に入れば、どこの部活でも大活躍だっただろうに。なんで映画部に入ったのかな?」
「……確かに」
言われてみれば、考えたことがなかった。
映画に興味があったから。
単純にそうなのかもしれない。
でも、あれだけ運動神経がいいなら、運動部から誘われてもおかしくない。
「今度、本人に聞いてみるか」
「そうしてみたら?」
俺は段ボール箱を抱え直した。
*
職員室まで段ボール箱を運び、先生に引き渡す。
来た時とは違って、帰りは手ぶらだ。
「あー、楽になった」
澪が大きく伸びをする。
「俺がいなかったら、あれ二箱持ってくるつもりだったんですか?」
「そのつもりだったよ」
「よく持てましたね」
「ちょうど佐藤君がいた」
「運が悪かった」
「私は運がよかった」
そんなことを話しながら、来た廊下を二人で戻っていく。
昼休みということもあって、廊下には行き交う生徒が多い。
「そういえば佐藤君」
「はい?」
「今度の日曜日、暇?」
日曜日、暇?
煽りか?
映画部に入る前はずっと帰宅部だった俺に対しての。
残念だったな。溜まったアニメの消化活動があるんだ。
これを暇とは言わない。
「よかったら、日曜日、デートしない?」
澪はちょっといたずらっぽく微笑んだ。
今、暇になった。
「で、デート? 俺とですか? 暇ですけど」
「よかった! 久しぶりに休暇もらえたから、遊びに行きたくって」
「休暇って、生徒会の?」
「あ、そうそう。みんないつも私をこき使うんだから」
「副生徒会長がそれ言っていいんですか?」
「副生徒会長だから言うの」
澪は悪びれる様子もなく答える。
しかし、デートか。
まさか澪の方からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。
「まあ、俺でいいならいいですよ」
「やった。じゃあ駅前に集合ね。詳しいことは後で連絡するから」
「分かりました」
「じゃ、日曜日ね」
そう言って、澪は軽く手を振った。
俺も手を振り返す。
……デートか。
*
土曜日の夜。
俺は自分の部屋で、開けっ放しのクローゼットを前に腕を組んでいた。
明日は澪とのデートだ。
そこで一つ、重大な問題が発生していた。
何を着ていけばいいんだ?
普段なら、その辺にある服を適当に選んで終わりだ。
だが、明日はデート。
そう考えた途端、どれを選んでも間違っているような気がしてくる。
こういう時は明里に聞くのが一番早い。
俺はスマホを手に取り、明里に電話をかけた。
呼び出し音が鳴る。
…………。
出ない。
そのまま三十秒ほど待ってみたが、結局繋がらなかった。
「珍しいな」
仕方なく電話を切る。
まあ、風呂にでも入ってるのかもしれない。
自分で考えるしかないか。
そう思ってスマホをベッドに置いた、その直後だった。
着信音が鳴る。
画面には『明里』の文字。
「もしもし」
『もしもしー。ごめんごめん、出られなかった。どうしたの?』
いつも通りの明里の声だった。
「ああ、ちょっと聞きたいことがあってさ」
『なに?』
「明日暇?」
『あー、ごめん。クラスの友達とカラオケ行く約束しちゃったんだ。何かあった?』
「実はー」
『実は?』
「澪先輩にデートに誘われちゃいましたー」
少し間が空いた。
『……え、澪先輩と? どういう組み合わせ?』
「俺もよく分からん」
『しかも澪先輩から誘ってきたの?』
「そう」
『へえー』
「もっと驚けよ」
『驚いてるよ。でも悠真から電話きてこんなこと言うのは、大体何かに浮かれてる時だからね』
「どういう意味だよ」
『そのままの意味』
「それで、ちょっと問題が」
『どうしたの?』
「着ていく服がない!」
『別にいつもどおりでいいんじゃない? 裸じゃなきゃ』
「そこをなんとか」
『無理ー。それよりも前見た時、爪伸びてたよ。女の子ってそういうところ結構気にするんだから』
「お前はオカンか」
そう言いながら、俺は全力で爪切りの捜索を始めた。
どこやったっけか。
『あと寝癖。ちゃんと直しなよ』
「毎朝直してるわ」
『この前、後ろ跳ねてたよ』
「まじかよ」
『まあ、人によっては抜けてて可愛いって思うかもしれないけど、大体はいい印象ないよね』
「ぐぬぬ」
『他にも聞きたい?』
「……お願いします」
『素直でよろしい』
服装の相談だけだったはずなんだが、いつの間にか明里による俺の身だしなみダメ出し大会が始まっていた。
爪に寝癖、それから靴。
さらに服のしわだの、財布の中のレシートは整理しておけだの、次から次へと出てくる。
聞けば聞くほど不安になってきた。
というか。
普段からこいつ、俺のことよく見てるな。
『まあ、こんなところかな』
「助かりました」
『明日はちゃんとしていくんだよ』
「サンキュー、オカン!」
『誰がオカンだ』
そのまま電話は切れた。
俺はスマホをベッドに置く。
そして、改めて開けっ放しのクローゼットを見る。
「……で、結局何着ていけばいいんだ?」
最初の問題だけが、何一つ解決していなかった。
*
結局、昨日は何を着るか決まらなかった。
なので一晩考えた末、俺は一つの結論にたどり着いた。
デートで着る服がないなら、デートで買えばいい。
我ながら完璧な解決策だ。
ちなみに今着ているのは、デートで着る服を買いに行くための服である。
……何を言っているんだ、俺は。
まあ、服はともかく、明里から言われたことは一通りやってきた。
爪は切った。
寝癖もない。鏡で何度も確認した。
靴も昨日より綺麗だ。
財布に溜まっていたレシートも全部捨てた。
これで文句はないだろう、オカン。
約束の時間より少し早めに駅前へ着く。
さすがに待たせるわけにはいかないからな。
辺りを見回す。
まだ来てないか。
そう思った直後、人混みの中に見覚えのある後ろ姿を見つけた。
澪だ。
すでに待ち合わせ場所に立っていた。
ただ、一瞬だけ声をかけるのをためらった。
学校で見る時とは、ずいぶん雰囲気が違っていたからだ。
いつもはそのまま下ろしている長い黒髪を、今日は上半分だけ後ろでまとめている。ハーフアップにした髪には、淡い青色のリボンが結ばれていた。
「澪先輩」
声をかけると、澪が振り返る。
「あ、佐藤君。おはよう」
白いブラウスに、くすんだ淡い青色のロングスカート。
足元には落ち着いた色のパンプス。肩には小さな白いショルダーバッグを掛けている。
制服姿しか見たことがなかったせいだろうか。
いつも学校で忙しそうにしている副生徒会長とは、まるで印象が違う。
休日にちょっとおしゃれをして出かけてきた、普通の女の子だった。
「どうしたの?」
「あ、いや……いつもと雰囲気違うなって」
澪が自分の服装を見る。
「変?」
「いや、逆です」
「逆?」
「その……似合ってます」
「ほんと?」
「はい」
「よかった」
澪は嬉しそうに笑った。
「それで、今日はどこ行く?」
「その前に、服屋行っていいですか?」
「服屋?」
「はい。俺、デートに着ていく服がなかったんで」
澪が俺の格好を見る。
「……今着てるじゃん」
「これは違います」
「何が?」
「デートで着る服を買いに行くための服です」
「…………」
澪が何とも言えない顔をした。
「昨日、何着ていけばいいかずっと悩んでたんですけど、結局決まらなくて」
「それで?」
「一晩考えて気づいたんですよ。デートで着る服がないなら、デートで買えばいいって」
「ふふっ」
澪が吹き出した。
「笑わないでくださいよ。我ながら完璧な解決策だと思ったんですから」
「ごめんごめん。佐藤君らしいなと思って」
「どういう意味です?」
「そのままの意味」
どこかで聞いたような返事だ。
澪はもう一度、俺の格好を上から下まで眺める。
「じゃあ、私が選んであげようか?」
「いいんですか?」
「せっかくのデートなんだから、それくらいするよ」
「助かります」
「じゃあ最初は服屋ね」
「お願いします」
*
それから俺たちは駅前の服屋を何軒か回った。
「これとかどう?」
「俺、こういうの着たことないですよ」
「だから着るんじゃん」
「そういうものですか?」
「そういうものです」
澪に言われるまま何着か試着する。
普段なら絶対に自分では選ばないような服まで渡されたが、鏡で見てみると意外と悪くない。
結局、その中から澪が一番似合うと言ったものを買うことにした。
これで次にデートへ行くことになっても安心だ。
……次があるかは知らないけど。
*
買い物を終えた俺たちは、少し休憩するため近くの喫茶店に入った。
昼時を少し過ぎていたからか、店内はそれほど混んでいない。
窓際の二人掛けの席に向かい合って座る。
注文した飲み物が届き、俺はストローに口をつけた。
「そういえばさ」
「はい?」
向かいに座る澪が頬杖をつく。
「佐藤君って、明里ちゃんと付き合ってるの?」
「ぶっ!」
思いっきりむせた。
「げほっ、げほっ……いきなり何聞いてるんですか!」
「だって気になったんだもん」
「付き合ってませんよ!」
「本当に?」
「本当です!」
なんでデート中に、幼馴染との交際疑惑を否定しなきゃならないんだ。
「でも、すごく仲いいよね」
「まあ、幼馴染ですから」
「いつから?」
「小学生の頃からですね」
「じゃあ、結構長いんだ」
「そうですね。腐れ縁みたいなもんです」
「ふーん」
澪はストローで飲み物を軽くかき混ぜる。
「普段から二人で遊んだりするの?」
「しますよ。昨日も電話しましたし」
「電話?」
「今日何着ていけばいいか分からなくて、明里に聞いたんですよ」
「それで今日の格好になったの?」
「違います。服については『裸じゃなきゃいい』で終わりました」
「なにそれ」
澪が笑う。
「その代わり、爪を切れ、寝癖を直せ、靴を綺麗にしろって。途中から俺の身だしなみダメ出し大会になりました」
「あはは。明里ちゃんらしい」
「最後はオカンって呼んでやりました」
「怒られなかった?」
「『誰がオカンだ』って」
思い出して少し笑う。
澪も楽しそうに笑っていた。
「それだけ長い付き合いなら、お互いのことは何でも知ってる感じ?」
「いや、さすがに何でもは知らないですよ」
「そうなの?」
「そりゃそうですよ。幼馴染っていっても別人なんですから」
「確かに」
「明里だって俺の知らない友達いますし。今日もクラスの友達とカラオケ行ってますよ」
「へえ。じゃあ、お互い知らないことも結構あるんだ」
「ありますよ、普通に」
「最近、明里ちゃん何か変わったこととかない?」
「変わったこと?」
少し考えてみる。
映画部に入ってからも、明里は相変わらず明里だ。
「特にないと思いますけど」
「そっか」
澪は飲み物を一口飲んだ。
俺はふと気づく。
「なんか今日、明里のことよく聞きますね」
「そう?」
「そうですよ」
「幼馴染ってどんな感じなのかなって。私にはいないから」
「そんな面白いもんでもないですよ」
「そうなの?」
「長く一緒にいるだけです」
「それが結構すごいことなんじゃない?」
「そんなもんですかね」
「そんなもんだよ」
澪はそう言って笑った。
俺には、いまいちよく分からなかった。
*
喫茶店を出た後も、俺たちは駅前をぶらぶらと歩いた。
「次、どうします?」
「うーん……」
澪が辺りを見回す。
「あ、ゲームセンター行かない?」
「ゲーセンですか?」
「うん。久しぶりに行きたい」
「意外ですね」
「何が?」
「澪先輩、ゲームセンターとか行くんだなって」
「私をなんだと思ってるの?」
「生徒会室に生息してる人」
「失礼な」
澪に軽く腕を叩かれた。
ゲームセンターに入ると、澪は俺が思っていた以上にはしゃいだ。
「あ、これやろう!」
「音ゲー?」
「佐藤君、できる?」
「まあ、人並みには」
「じゃあ勝負ね」
「なんで勝負になるんですか」
「負けるの?」
「やりますよ」
結果。
「よし!」
「負けた……」
「私の勝ちー」
「澪先輩、普通に上手いじゃないですか」
「昔ちょっとやってたからね」
「先に言ってくださいよ!」
「聞かれなかったから」
完全に騙された。
その後も対戦ゲームで勝負したり、クレーンゲームに手を出したりした。
そして澪が一台のクレーンゲームの前で足を止める。
中には、大きなぬいぐるみが入っていた。
「あれ、欲しい」
「取れます?」
「取る」
妙に自信満々だ。
ところが。
「もう一回!」
「さっき最後って言ったじゃないですか」
「今度こそ取れるから!」
「それ、クレーンゲームで一番危険な考え方ですよ」
「あと一回だけ!」
「知りませんからね」
結局、一回では終わらなかった。
何度目かの挑戦。
アームがぬいぐるみを押し、ゆっくりと景品口へ落ちていく。
「取れた!」
澪が両手を上げた。
景品口から、大きなぬいぐるみを引っ張り出す。
「いくら使いました?」
「それは考えないことにする」
「現実から目を逸らした」
「結果がすべてなの」
澪は戦利品を大事そうに抱えた。
「……それ、今日ずっと持ち歩くんですか?」
「…………」
「そこまで考えてなかったんですね」
「映画部に置こうかな」
部室に突然こいつがいたら、細川先輩はどんな顔をするんだろう。
まあ、それはそれで面白そうだ。
ゲームセンターを出た後も、俺たちは特に目的を決めずに歩いた。
雑貨屋を見つければ入ってみる。
気になる店があれば覗いてみる。
途中で甘いものを買って、ベンチに座って食べた。
何をするかなんて、その場で決めればいい。
澪もスマホをほとんど見ていなかった。
学校にいる時は、生徒会の連絡だなんだと頻繁に画面を確認しているのに。
今日は一度も「忙しい」と言わない。
「なんか楽しそうですね」
「楽しいよ?」
即答だった。
「久しぶりにこんなに遊んだかも」
「普段どんだけ忙しいんですか」
「聞かないで。せっかく忘れてたのに」
「あ、すみません」
「今日は生徒会の話禁止」
「了解です」
「破ったら罰金ね」
「今、澪先輩が言ったじゃないですか」
「あ」
「はい、罰金」
「今のはノーカウント!」
「横暴だ」
澪が笑う。
俺もつられて笑った。
気づけば、日が傾き始めていた。
*
「結構遊びましたね」
「ねー」
駅へ戻る途中、澪は満足そうに伸びをした。
朝に待ち合わせた時よりも、ずっと力が抜けているように見える。
ふと、最初に誘われた時から気になっていたことを思い出した。
「あの、澪先輩」
「ん?」
「一つ聞いていいですか?」
「どうぞ」
「今日、俺とでよかったんですか?」
「何が?」
「いや、せっかくの休みだったんですよね」
「うん」
「だったら、もっと仲のいい友達とか誘ってもよかったんじゃないかなって」
そもそも、どうして俺だったんだろう。
澪は少し考えてから、笑った。
「だって佐藤君、面白いんだもん」
「俺が?」
「うん。たまに頓珍漢になるところ」
「頓珍漢……」
「今日だって、デートに着ていく服を買いに来るための服で来るし」
「それは完璧な解決策だったでしょう」
「そういうところ」
澪が声を上げて笑った。
「褒められてる気がしないんですけど」
「褒めてるよ。私はそういう佐藤君といると楽しいから」
「……なら、いいですけど」
「うん。今日は佐藤君でよかった」
そう言って、澪は大きなぬいぐるみを抱え直した。
朝はどうなることかと思ったけど。
悪くない一日だった。
35
千波
48
お豆腐メンタル
10
コメント
1件
読了しました。今回は澪先輩とのデート回、めちゃくちゃ良かったです! まず最初の「デートで着る服がないならデートで買えばいい」っていう悠真くんの発想がもう彼らしくて思わず笑いました。澪先輩が「私が選んであげようか?」って自然に言えるの、距離感が縮まってる証拠ですよね。 ゲーセンでの勝負、クレーンゲームに夢中になる澪先輩、そして「久しぶりにこんなに遊んだ」って言うシーンがすごく好きです。普段あんなに忙しくしてる澪先輩が、悠真くんと一緒にいる時だけほんとにリラックスしてるのが伝わってきて、胸が温かくなりました。 最後の「佐藤君でよかった」って言葉、彼女の本心が詰まっててすごく響きました。良い一日だったんだろうなあ。次の展開がすごく気になります!