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家に帰ると、テーブルの上にはお母さんの用意したホテルのビュッフェを彷彿させる程の量の料理が並べられている。
雷電丸は「ごっちゃんです!」と呟くと、山の様に用意された料理を瞬く間に平らげてしまった。
「お母さん、明日は夕飯は結構ですので、ごっちゃんです」
「あら? 何かあるの?」
「明日、相撲部の仲間がワシ等の入部歓迎会を催してくれるそうですので。帰りはいつもより遅くなりますが心配なさらんでくださいです、ごっちゃんです」
「歓迎会!? お友達と!? はいはい、気を付けて行ってらっしゃいな。多少は遅くなっても構わないからお友達と楽しんでらっしゃいね」そう言って母はくうーッとガッツポーズをとった後、目の端から一粒の涙を零した。
雷電丸は「ごちそうさまです、お母さん。ごっちゃんです」とお母さんに告げると、そのままお風呂を済ました後は私の部屋に戻った。
部屋に戻ると、雷電丸はベッドの上に寝転んだ。
私は精神世界で今日、起こった出来事を思い起こしていた。
結局、今日は部室の片づけで時間も遅くなったので、歓迎会の焼肉は後日となった。
それに、家でお母さんが夕食を用意してくれていることを思い出した雷電丸が、丁重に辞退したのも理由だ。
『どうせなら、稽古をした後に腹を空かせた状態で、思う存分、ただ飯を堪能したいしの!』
と、雷電丸は言っていたけれども……木場先生のお財布が空っぽにならないかが心配だわ。
『それにしても、何だったのかしら?』
「何がじゃ?」
『木場先生のことよ。私と普通に会話していたじゃない。その理由を聞き損ねちゃったわ』
「そう慌てるでない。歓迎会の時に色々と話すと、アザミ……木場先生は言っておったではないか」
『木場先生ですって? あら、珍しい。てっきり木場先生のことも名前で呼び捨てにするものだとばかり思っていたわ』
「相撲は礼儀を最も尊ぶ。礼儀を欠如させた力士はただの野獣だでな。儂を何だと思っておるんじゃ。目上の方じゃし、恩人でもある。呼び捨てなどもっての他じゃわい」
『変なところで義理堅いのね。まぁ、こっちはおかげで助かるけれども』
「何が助かるのじゃ?」
『忘れているかもしれませんけれどもね、それはわたしの身体なの! 学校で先生を呼び捨てにしていると周囲に知れただけで、不良のレッテルを張られてしまうんだからね』
「もちろんじゃよ。言われた通り、学校では大人しくしておるじゃろ、儂ってば?」
『ど・こ・が? それよりも、そろそろ身体を返して!?』
「おお、そうじゃった。では、ワシは休むとしようかの」
そうして、ようやく私は雷電丸から身体の支配権を取り戻した。
私は両手を動かしたり顔を触ったりなどし、自由を取り戻したことを実感する。嬉しさのあまり目頭が熱くなる思いだった。
「何だか久し振りのシャバって感じがするわ」私は感嘆の声を洩らしながら天に祈るポーズを取る。
『大袈裟じゃのう』呆れたような雷電丸の声が心に響いて来る。
「こっちの身にもなってみなさい! それと、さっさと寝る! ここからはわたしの時間なんですからね!」
『まだ眠くないのじゃ。暇じゃから、何か楽しいことはないかの?』
楽しい事、ですって? そんなものあったかしら? 私と雷電丸が共通して好きなものって……あるじゃないのよさ。
私は、あれを雷電丸に見せてやろうとほくそ笑む。
「なら、良いものを見せてあげるわ」
そう言って、私はノートパソコンに電源を入れた。液晶画面はすぐにサインインを求めて来たので、すかさず4桁のパスを入力する。入力が成功すると、画面一杯に歴代横綱の壁紙が目に入ってきた。
雷電丸がいつの時代の人間か分からないけれども、車を鉄の猪と言っていたのを聞く限り、ネット動画を見せただけでも驚くに違いないわ。
要は何処かで見た漫画のように、過去の世界から現代世界にタイムスリップしてきたような雷電丸に、現代の科学の粋を見せて驚かせようと私は密かに目論んだのだ。
いつも雷電丸には驚かされてばかりいるから、たまには私が驚かせてもいいわよね? という悪戯心が込み上げてきたのだ。
『何を見せてくれるんじゃ?』
「もちろん、雷電丸の大好物よ」
そう言って、私はアイコンをクリックして相撲関連の動画を再生する。
さあ、雷電丸、ちっちゃい画面で小さな力士が相撲をとっているではないか⁉ とかって驚きなさい。
私はわくわくしながら雷電丸の反応を心待ちにした。
『おお! こ、これは相撲ではないか⁉』
予想通り、雷電丸の弾んだ声が聞こえて来たわね。
「ふふん、見て驚きなさいな。これはね、TVといって魔法の映像を見せてくれるカラクリなのよ」恐れ入ったか、と私は胸を張って見せた。
すると、雷電丸から意外な答えが返って来る。
「はぁ? 双葉、お主は何を言っているんじゃ? これは、てれびではなく、ぱそこんというものじゃろう? そして、これは、ようつべとかいうところで視られる動画じゃろう』
「へ? 何でそんなに詳しいのよ?」
『お主と何年過ごしてきたと思っておるんじゃ? その辺の最低限の知識は持ち合わせておるよ。何せ、意識の底で沈んでおった数年間も、双葉の目を通して外の世界を見て来たんじゃからの』
そうだったの⁉ せっかく雷電丸からマウントを取ろうと思っていたのに。何だか雷電丸に敗北したような感じになってしまい、とても悔しくなってしまった。
『それよりもその動画を早く見せてくれい。儂、もう待てんよ⁉』雷電丸は呼気を荒らげながらそう急かす様に言って来た。
「これは去年の春場所の動画よ。今世紀最強の横綱とうたわれた不知火関の全勝優勝の瞬間を見せてあげようと思って」
『最強の横綱じゃと⁉ は、早く見せてくれ! 頼む!』雷電丸の呼気が更に激しさを増した。どうやら相当興奮しているみたいだ。
大興奮した雷電丸の様子を感じられただけで、私は優越感に浸り満足することが出来た。
「分かったわ。今、再生してあげるわね」
そうして、私はマウスをクリックして動画を再生する。
そこには、最強の横綱と呼ばれた不知火関が圧倒的実力で全勝優勝を果たした瞬間の映像が流れた。
私は何度この動画を見てもその度に心が熱くなり、身体が興奮で震えるのだ。きっと雷電丸も満足してくれるだろう。
しかし、私の予想は大きく外れることになった。
「どう? 現代の横綱も凄いでしょう?」
『双葉よ……これは何の冗談じゃ?』唖然とした雷電丸の声が小さく響いて来る。
「へ? 何が?」
『本当にこやつが現代の横綱なのかの? しかも、全勝優勝の……』落胆した声が響き、雷電丸は深く嘆息する。
「そうだけれども、どうして?」
『ほうか……つまらんの。儂、もう寝るわ。それじゃおやすみ、双葉よ』
雷電丸の寂しげな呟きが聞えて来た後、すぐに彼の意識が私の頭の中から消えた。どうやら深い眠りについたようだ。
私は何が起きたのか理解出来ず、目を点にして首を傾げていた。
「何よ、喜んでくれると思って、ひとがせっかく見せてあげたのに、さっさと寝ちゃうだなんて」
私はちょっと不貞腐れてしまった。雷電丸と一緒に大相撲の動画を見て相撲道について熱く語りたかったのに。
まるでデートのお誘いを断られたような感じになってしまい、その日は私も雷電丸と一緒に就寝することにした。
〈この時、わたしは気付かなかった。この動画がきっかけで、あんな事件に巻き込まれるなんて。多分、わたしはこの時のことを一生後悔することになるのだった〉