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◻︎私の思いつき
「…というわけなんだけど、邦夫さんだったら、そういうことに詳しいかなと思って」
「うん、やっと軌道に乗ってきたとこだけどね」
洋子さんの元ご主人は、離婚してから実家に帰って農業を始めたと聞いていた。
最初は、家の田畑だけだったけど、近隣の跡継ぎがいなくて農家を諦めようとしている土地を借り上げて、大規模な農業を始めたと聞いた。
「資金もある程度必要だし、農作業には定期的な休みも取りにくいとか、天候に左右されて収入も安定しないとかのマイナス面もある。でもね、手をかけた作物が美味しいと喜ばれて、それが一つのブランドにまでなると、うれしいよ!やりがいもあるし」
邦夫の説明に、私まで興味がわいてくる。
いわゆる営農組合というやつで、農業を会社としてやっていくということ。
遊んでいる田畑を借りて、広大な土地をまとめて耕し収穫する。
その方が、大規模な設備投資や大型の機械の購入もできて、仕事の効率が上がる。
働く人も、ある程度の安定した仕事と収入を得ることができて、休みも取れる。
それが、このまえ私がニシちゃんに提案したことだ。
___どうせ、貴君は、農業には手を出さないんだから、いっそのこと会社にしてしまってニシちゃんは、その経営にまわってみたら?
つまり、起業を勧めてみたということ。
その方が樹との時間も取れるかもしれないし。
「あとね、細かいことはうちの息子の方が詳しいから、必要なら今度連れてくるよ」
「息子?」
「うん。侑斗ね、2年くらいまえに仕事辞めたんだ。対人関係がうまくいかなかったみたいで心の病ってやつでね…」
答えてくれたのは、洋子さん。
「そうなんだ。で、今はお父さんの手伝いをしてるってこと?」
「うん、そう。今は人にも恵まれて、楽しそうにやってるよ。給料は会社員の時よりずいぶん下がったみたいだけどね」
「へぇー、5年もたつと、それぞれの生活にはそれなりの変化があるもんだね」
「未希さんだって、こんなに良いお店やってるしね」
「いやいや、これは進君が始めたんだよ。私はおまけで手伝ってるだけ」
___私もそれなりに変化しているもんね…
「まぁ、会社として法人化する前にやらなきゃならないこととか、法律のこととかあるからね、やるとなったら覚悟が必要だと思うけど、先輩としてアドバイスはするからね」
「ありがとう、邦夫さん。それから洋子さんも」
人のつながりは、大事な財産になると誰かが言ってた。
最近になってその意味を痛感するようになった。
___年取ったな、私も
それからのニシちゃんの行動は早かった。
意外だったのは、農作業というものを会社としてやりたいとお義父さんとお義母さんに相談したら、二人ともとても乗り気だったということだ。
「お義父さんは、資金の援助を言ってくれたんです。なので代表者はお義父さんの名前にして、実際に動くのは私でいいかなと。それにね、なんとお義母さんまで経理として手伝うって!昔やってたから任せてって言われたんです。もちろん、樹の面倒も見るって言われたけど…」
「へぇ!反対されるかと思ってたのに」
「でしょ?なんていうか、農業は続けたいけどこの先どうしていいかと悩んでたみたいです」
「渡りに船ってやつか、ちょい古いけど」
「渡し船、ですか?三途の川の?」
「それ、お義父さんたちの前で言っちゃダメよ、縁起でもないって怒られるよ」
「…ですね」
二人してププッと笑う。
「一息入れるか?おやつ、作ってみたからどうだ?」
進君が、ドーナツを作ってくれた。
「ありがとうございます、いただきます」
「味の感想を頼むよ」
「新作なの?」
香織からたまにもらうマドレーヌやクッキーに影響されて、最近ではオヤツにも手を出している。
「ん??なんか…もっさり?」
「ニシちゃん、はっきり言ってやって、パサパサしてるって」
「やっぱりか…おからの分量が多いんだな、少し減らしてバターを入れてみるか…」
独り言を言いながら、キッチンへ戻る進君。
「なんか、いいですね…ご主人と同じ目線で同じことを考えるって」
ニシちゃんがポツリと言う。
「そういば、貴君には、営農組合の話はしたの?」
「しましたよ、一応。でもね…」
「反対された?」
「スルーでした、なにも聞いてないんですよ、私の話。私に興味ないのかなぁ?」
「安心しきってるのかもね」
「まぁ、いいですけどね、細かく言われるよりは…」
そう言いながらも、表情は寂しそうだ。
「ね、それより、洋子さんとこの侑斗君だっけ?どう?うまくやれそう?」
邦夫さんが連れて来てくれて、2回会って話してる。
「あー、あのイケメン君?良いですよー、ちょい人見知りするみたいだったけど、2回目にはすっかり打ち解けました。なんと言っても、私にわかるようにちゃんと丁寧に話してくれるんですよ」
「それはよかったね、メンタルがやられて会社を辞めたと聞いてたから、少しだけ気になってたんだよ」
「そんな感じはしないけど。とにかくイケメンで私の好みど真ん中でした。仕事のアドバイスをくれるだけなんですけど、ちゃんとLINEも交換したし。わからないことはいつでも聞ける安心感はいいですね」
「ニシちゃんとは、年も近いもんね」
「それに、近いうちに資格を取るつもりみたいです。税理士や公認会計士の」
侑斗の話をするニシちゃんの目には小さなハートがあったことを私は見逃さなかった。
___アイドルを見るような感覚なんだろうな