◻︎貴詳しくの勘違い
「おはようございます!」
「おはよう」
いつもの仕事場でいつものメンバー。
「今日は車検と、エンジントラブルの車が納車されますので、よろしく!」
「了解!」
整備工場では、貴君が先に仕事にとりかかっていた。
「おはよう」
「あ、未希さん、あとでちょっと話したいことがあるんだけど」
「めずらしいね、なに?」
「いや、あとでいいです、プライベートなことなんで」
「あ、そう…」
それからは、ルーティンのように仕事をこなしていく。
寝そべってシャーシの点検もちゃんとできるようになった。
___プライベートなこと?貴君の?なんとなく想像はつくけど
「こんなこと未希さんにしか話せなくて」
「私?」
「嫁さんと仲良かったから…」
「あー、最近はどう?元気にしてる?」
「まぁ、元気なんですけど、なんていうか
…」
「歯切れが悪いね、何かあった?」
「元気、というより綺麗になってきた気がして…」
「マジかっ!もう新婚でもないのに、今更のろけ?」
「いや、その…なんていうか、俺の知らないところで何かしてるみたいで、未希さん、何か知らないかな?と思って」
___知ってる、けど知らない
「さぁ?私に聞くより、直接聞いてみたら?夫婦なんだからさ」
「…そうなんだけど」
「何かあった、とか?」
「それが、少し前まではお袋とのことをごちゃごちゃ言ってたんだけど、最近はすごく楽しそうで。そこに親父も入ってて…」
ぷっ!と笑ってしまった。
「ねぇ、貴君、もしかして家に居場所がないの?いまだに、車ばっかりいじって自分本位に暮らしてるとか?」
「自分本位?」
「そう。子どもも産まれてお父さんになったんだからさ、父親としての役目も果たしてないんじゃないの?」
「父親の役目…」
「もしかしてそれ以前に、夫としてちゃんと奥さんを見てる?話も聞いてないんじゃないの?だから、変化についていけてないんだよ」
うーんと考えながらタバコに火をつける貴君。
「奥さん、何か始めたのか?それか、誰かと新しい出会いでもあったか?とにかく、女が綺麗になる時は、気持ちで何かの変化があったってことだからね」
「出会い…」
「勘違いならそれでもいいじゃん?聞いてみたら?一緒に住んでる夫婦なのに、おかしいよ」
「わかった、そうするよ」
___ニシちゃん、そういえば綺麗になったかも?
だからといって、ニシちゃんが誰かを好きになったとは聞いてない。
それからしばらくして、ニシちゃんがまたひまわり食堂にやってきた。
今度は侑斗と一緒に。
今日はニシちゃんと、ニシちゃんにアドバイスをしてくれる洋子の息子の侑斗がやってきた、それも昼下がりに突然。
「未希さん、ちょっと聞いてくださいよっ!あの人ったらね!いきなり侑斗さんを殴ったの!こっちの話は聞きもしないで!あっ、なんか冷やすもの借してください」
慌てたというより激昂している様子のニシちゃん。
連れてきた侑斗を見ると、左顎の辺りにアザができて唇が切れていた。
「はい、保冷剤とおしぼり。で、何があったの?この人が侑斗君なんだね?」
「はい、あの…初めまして」
「初めまして。お母さんにはずっと仲良くしてもらってるの、未希です、よろしく。あー、でも痛そう、大丈夫?」
もう血は止まっていたけど、腫れている。
「なにがあったの?」
ニシちゃんの話によれば…。
今日はお昼前にニシちゃんの家に侑斗がやってきて、営農組合を立ち上げるための資金調達や、計画表を作ったりしてたそうだ。
リビングで普通に話してただけ、とニシちゃんは言う。
そこへ、朝からバイクツーリングへ行って帰ってきた貴君がリビングに入ってきてーーー何をやってるんだ!!と。
「何かしてたの?」
「してません!書類を一緒に覗き込んでたから多少は接近してたけど」
「あれ?お義母さんたちは?」
「今日は朝から樹を連れて動物園に行ってるんです。私が侑斗さんと大事な話がしたいと言ったら気を遣ってくれて」
「あらまぁ、じゃあ2人きりだったということ?」
「だからって、勝手な思い込みでいきなりですよ、俺の家で何してるんだ!って」
落ち着かせるために、お茶を出す。
「なに?それ!俺の裕美に何してるんだ!じゃないの?」
「あ、そこもおかしい、てか、とにかく。今まで私が話しても上の空でちゃんと聞いてなかったんですよ、今日のことも話してあったのに聞いてないって言い張って。もう私、あの人とやっていけない!離婚する!!」
「あー、ちょっと待って、早まっちゃダメだよニシちゃん、離婚なんて簡単に口にしちゃダメ」
「…けど、もう我慢できない、あんな自分勝手な人だったなんて。農作業のことだって手伝いもしないし営農組合のことも、めんどくさがって聞こうともしないんですよ!なのに…いきなり侑斗さんにこんな…」
ニシちゃんが泣き出した。