テラーノベル
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雨は、夜が明けても止まなかった。
舜太の陣営に、勇斗の亡骸を安置した仮の祭壇が設けられていた。柔太朗は、その傍らに座り込んだまま、一晩中、身動きひとつ取れずにいた。
夜が明け、伝令が息を切らして駆け込んできたのは、そんな時だった。
「――王都です。我が方の総攻撃により、まもなく陥落いたします!」
その報せに、舜太の表情が、僅かに強張った。
柔太朗は、ゆっくりと顔を上げた。
「――舜太。お願いがある」
「柔?」
「仁人という人を、僕に助けさせてほしい」
舜太は、驚いたように柔太朗を見つめた。
「この人が、命懸けで守ろうとした人だ。友と呼べるほど、深く知り合ったわけじゃない。……それでも、あの人の最期を、僕の口から伝えたい。かつて、ボロボロになった君を、僕が迎え入れたときのように」
舜太は、しばらく黙って柔太朗を見つめていたが、やがて、静かに頷いた。
「――分かった。護衛をつける。気ぃつけて」
柔太朗は、深く頭を下げると、雨の中へと駆け出していった。
その頃、王都の奥、静けさの間では、仁人が一人、最後の務めを果たそうとしていた。
石畳の隙間から立ちのぼる煙が、夜だというのに空をどこまでも灰色に染め上げている。遠く城壁の外からは、地鳴りのような喊声と、剣戟の音が絶え間なく響いていた。この王都も、今度こそ、その名を失うのだろう。仁人は、そう悟りながら、燭台の灯りだけを頼りに、宮殿の奥へと続く回廊を急いだ。
供の者は、もうほとんど残っていない。年老いた侍女がひとり、震える手で燭台を掲げながら、仁人のあとをついてくるだけだった。
仁人は、静けさの間の扉を開けた。
冷たく澄んだ空気が、頬を撫でる。祭壇の中央、水晶の棺の中に、母――先々代の女王が、眠るように横たわっている。仁人は棺の縁にそっと手を置き、それから、祭壇の脇に置かれた木箱を開けた。詩集、譜面の写し、意匠帳――政治のための紙ではなく、この国に生きた人々の心が確かに残っているものだけを、震える手で選び取っていく。
選び終えた品々を布に包み、控えていた侍女に託す。侍女はそれを、大切そうに抱えて、回廊の奥へと消えていった。
一人になった仁人は、ふと、格子窓の外へと視線を吸い寄せられた。
王宮の裏庭。伸びきった蔓薔薇の向こうに、古びた木のベンチが、ぽつんと見えた。
――あそこに、二人で座ったことがある。
まだ何もかもが違う形をしていた頃。隣に誰かがいて、たわいもない話をして、声をあげて笑ったことがあった。
窓の外に、ぽつり、と水滴が落ちる。屋根を叩く雨音が、次第に強くなっていった。
仁人は小さく息を吐き、目を伏せる。
――あの夜も、雨だった。
「――失礼」
その声に、仁人は弾かれたように振り返った。扉の前に、雨に濡れた見知らぬ青年が立っていた。整った顔つきだが、今は硬い表情をしている。
𝕣𝕖𝕒𝕣
395
#ご本人様には関係ありません
あか
261
#からぴち
琉愛˚𓆩✞𓆪˙
191
「……誰です」
「突然、申し訳ない。……白色の国の王で柔太朗といいます、赤と黒の国の王――舜太の、伴侶です」
仁人は、警戒するように身構えた。敵国の王族が、なぜここに。
「あなたに、どうしても伝えたいことがあって、来ました」
柔太朗の声は、穏やかだったが、一つ一つ言葉を慎重に選んでいるようであった。その落ち着いた佇まいと、なかなか紡がれない言葉に、仁人は思わず聞いてしまった。
「――勇斗のことですか」
その名を出した瞬間、柔太朗の表情がはっきりと曇った。仁人は、それだけで、すべてを察してしまった。
「……彼は、亡くなりました」
その一言が、仁人の耳に届くまで、随分と長い時間がかかったように感じられた。
「――何を、言ってるんですか」
「昨夜、自ら、毒を呷ったんです。……最期まで、あなたの願いを叶えようとして」
柔太朗は、震える手で、一通の手紙を差し出した。
仁人は、それを受け取ることができなかった。頭では、目の前の見知らぬ人の言葉を理解している。だが心は、頑なにそれを拒み続けていた。
「嘘だ。……勇斗が、そんな」
「――どうか」
「だって、約束したんです。最期まで、そばにいるって。あいつが、そんな約束、破るはずが……」
言葉は、途中で崩れた。柔太朗は、何も言わず、ただそっと、仁人の手に手紙を握らせた。
仁人は、震える指で、封を切った。
「仁人へ
この手紙が届く頃には、俺はもう、この世にいないと思う。
黄色の国を裏切ったことも、お前を騙すような真似をしたことも、詫びる言葉が見つからない。それでも、一つだけ、信じてほしいことがある。俺がしたことは全部、お前に生きてほしい、お前の願いを叶えたいって、ただそれだけのためだった。
王都を取り戻したいという、お前の想い。あれはお前の本当の願いだって、分かった。だから、それを叶える手伝いが、俺にできる最後のことだと思った。
この手紙を託した彼は信頼できるだろう。舜太も、たぶん、悪い奴じゃない。二人を頼って、これからも、生きてほしい。
黄色の国の白い蛇は、脱皮を繰り返しながら、何度でも生まれ変わるという。俺は、それを信じることにした。
だから、来世で、また会おう。今度は、何にも邪魔されないところで。
――お前を愛してる。それだけは、噓じゃなかった。
勇斗」
最後の一文字まで読み終えたとき、仁人の頬に、一筋の涙が伝った。
声を上げることも、泣き崩れることもできなかった。ただ、静かに、涙だけが、止めどなく零れ落ちていった。
「……僕、何を、間違えたんでしょう」
しばらくして、仁人は、掠れた声で零した。
「もっと、ちゃんと話を聞けばよかった。あんな風に、追い出さなければよかった。……どうすれば、良かったんですか」
「うん……」
「誰かを愛するって、こんなに苦しいものなんですね。知らなかった」
柔太朗は、何も答えられなかった。ただ、静かに、仁人の傍らに寄り添うことしかできなかった。
「――一緒に、ここを出ましょう」
しばらくして、柔太朗は、そっとそう促した。
「あなたを、ここに置いてはいけない。安全なところで、まずは休んでください」
仁人は、しばらく黙っていたが、やがて、力なく頷いた。それから、ふと、少しだけ自嘲するような笑みを浮かべた。
「――勇斗って、ひどいですよね」
「え?」
「全部、自分の罪にして。お前は生きろだなんて。……僕には、もう国もないのに。勇斗しか、いなかったのに」
仁人は、手紙をそっと胸に抱いた。
「来世で会えるなんて、保証、どこにもないのにね」
その笑い方の奥にある、あまりにも危うい響きに、柔太朗は、何かを察した。
「――仁人さん」
柔太朗が何かを言いかけるより先に、仁人は、静かに、けれど有無を言わさぬ声で告げた。
「忘れ物をしたので、少しだけ、待っていてもらえますか」
コメント
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ああ…もう、涙が止まらないです。勇斗からの手紙、「お前を愛してる。それだけは、嘘じゃなかった」って、最後の最後で全部を背負って仁人を生かそうとしたんだなって思うと胸が苦しくなりました。仁人が「僕にはもう国もないのに。勇斗しか、いなかったのに」って呟くところ、その脆さが痛くて。柔太朗が寄り添うように促した「一緒に、ここを出ましょう」の優しさに救われました。続き、仁人はどうするんでしょう…見守りたいです。