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𝕣𝕖𝕒𝕣
395
#ご本人様には関係ありません
あか
261
#からぴち
琉愛˚𓆩✞𓆪˙
191
雨は、いつの間にか、音もない小雨に変わっていた。
仁人は、一人、裏庭のベンチに腰を下ろした。伸びきった蔓薔薇が、雨粒を纏いながら、力なく項垂れている。かつてはもっと、手入れの行き届いた庭だったはずだ。今はもう、世話するものなど誰もいない。
膝の上には、勇斗の手紙。そして、懐から取り出した、小さな硝子の小瓶。
白く濁った液体が、雨の匂いに混じる夜気の中で、微かに揺れていた。
仁人は、静かに目を閉じた。
瞼の裏に浮かんだのは、まさにこの場所で過ごした、ある夜のことだった。
戴冠したばかりの、あの夜。王としての重責に押し潰されそうになりながら、仁人はこのベンチに座り込み、声を殺して泣いていた。そこへ、勇斗が駆けつけてくれた。上着を脱いで、肩にかけてくれた。冷たい雨に打たれながら、二人は、初めて互いの想いを言葉にした。
――お前が王らしくあるかどうかなんて、俺にはどうでもいい。
あの言葉が、どれほど仁人を救ったことか。雨に濡れた唇の感触は、今も鮮やかに、仁人の胸に残っている。あれが、間違いなく、人生でいちばん幸せな夜だった。何もかもを失いかけていたはずのあの夜に、たった一つだけ、確かなものを手にした気がした。
瞼の裏には、他にも、数えきれない思い出が浮かんでは消えていった。
初めて出会った日、稽古場の物陰から、無遠慮にこちらを覗いていた、見慣れない黒い装束の男。「もしかして、噂の黒い王子様ですか」と、刺のある言葉で迎えたはずなのに、いつの間にか、その渾名は、二人だけの呼び名になっていた。
舞の稽古に、飽きもせず付き合ってくれた日々。何度も同じ動きをやり直す仁人に、根気強く付き合い、時には呆れながらも、決して見捨てなかった、あの背中。乗馬の稽古で情けない悲鳴を上げて、二人で腹を抱えて笑ったこと。書庫で読み聞かせた古い詩の一節を、勇斗が真剣な顔で聞いていたこと。
文学の話、音楽の話、他愛もない話――夜通し語り合った、数えきれない夜のこと。
どの記憶の中にも、勇斗がいた。仁人が仁人でいられる場所には、いつも、勇斗の温もりがあった。
仁人は、そっと目を開けた。雨は、まだ止んでいない。頬を伝う滴が、涙なのか、それとも空から落ちるものなのか、もう自分でも分からなくなっていた。
懐から取り出した手紙を、もう一度、胸に押し当てる。
「――勇斗」
誰もいない庭に向かって、仁人は、静かに語りかけた。
「せっかく、君が生かしてくれた命なのに。繋いでくれた命なのに。……この先を、どうしても、思い描けませんでした。ごめんなさい」
声が、微かに震える。
「王都は、取り戻せました。でも、その先に、僕が生きる意味は、もう見つけられそうにありません。……勝手なことを言っているのは、分かっています」
仁人は、小瓶を、そっと掌に包み込んだ。
「何も、言わないでください。責められても、僕はきっと、今は素直に聞けない。……もし、本当に来世で会えたら、その時は、こんな愚かな僕を、どうか裁いてください」
仁人は、小瓶の蓋を、静かに開けた。
白蛇の毒。この国に生きた者にとって、それは、死であると同時に、生まれ変わりへの祈りでもあった。脱皮を繰り返しながら、決して滅びることのないもの――、何度も繰り返し聞かされた信仰の姿が、今、静かに現実のものとなろうとしていた。
迷いは、なかった。仁人は、その液体を、一息に呷った。
微かな痺れが、体の奥から広がっていく。仁人は、ゆっくりと、ベンチの背もたれに体を預けた。
雨が、頬を伝う。それが、涙なのか、それとも空から降るものなのか、もう仁人自身にも、分からなくなっていた。
――あの夜も、雨だった。
最後に思い浮かんだのは、やはり、あの人の笑顔だった。太陽のように眩しく、けれど誰よりも、仁人だけを見つめてくれた、あの笑顔。
仁人の意識は、静かに、闇の中へと沈んでいった。
仁人が戻ってこないことを案じ、柔太朗が裏庭を訪れたのは、そのすぐ後のことだった
ベンチに、寄りかかるように座る仁人を見つけたとき、柔太朗は、すぐにその異変を悟った。
「――仁人さん!」
駆け寄り、抱き起こす。だが、その体は、もう二度と、動くことはなかった。
膝の上に落ちた、勇斗からの手紙と、空になった小瓶。すべてを察した柔太朗は、雨に濡れたその体を、ただ静かに、抱きしめることしかできなかった。
黄色の国の王都は、この日、完全にその歴史を閉じた。
白い蛇は、脱皮を繰り返しながら、永遠に生き続けるという。
二人の魂もまた、いつかどこかで、生まれ変わり、巡り会う日が来ることを信じて。
コメント
1件
えっ…ちょっと待って、今の展開…😭💔 雨の中で勇斗との思い出をひとつひとつなぞりながら、白蛇の毒を自ら選んだ仁人…あの「生まれ変わりへの祈り」っていう設定がもう、二人の未来を信じたくなる伏線にしか見えなくて泣ける…。最後に浮かんだのが勇斗の笑顔だったってところ、胸が痛すぎるよ…。 柔太朗が見つけたときの静かな抱擁も、言葉にできない悲しみが詰まってて、もう言葉が出ないよ…。この2人の魂がいつか巡り会えますように、って祈らずにはいられない…🌸🙏