今年の立夏は5月5日と聞いているから、本日5月4日は暦上ぎりぎり春であるはずなのに、初夏どころか夏真っ盛りのような日差しが照り付けている。この時期は例年最高気温が25℃くらいだというのに、今日はもう9時の時点で26℃。最高気温は30℃近くになるという。異常気象だ。朝のニュースでは行楽日和を謳うどころか、熱中症への注意喚起をしていたくらいだ。新幹線に乗るべく東京駅に移動するまでの間に暑さとGWの人の多さにやられて、もうすでに体力は限界を迎えている。9時台の新幹線の席を運よく予約できたのだが、これでは新幹線に乗る前に夏でもないのに夏バテまっしぐらになってしまう。
「ふざけんな、地球温暖化……」
人類の愚かさに対する呪いを小さくつぶやきながら、新幹線のホームにある自販機でスポドリのボタンを押す。がこん、と鈍い音を立てて取り出し口に落ちてきたそれは十分すぎるくらいに冷やされている。冷たすぎる飲み物はおなかを壊すということが経験上分かっている俺は、すぐにでも喉を潤したい衝動に駆られながらも、首筋を冷やしたりなどして暑さを少しでも和らげる努力をする。
親には事前に友人と旅行に行ってくると話してあったのだが、そのことを知った兄が昨日、知ったような顔をして
「例の子だろ、分かるよ。俺も大学生んときは親に友達とって嘘ついて旅行行ったし」
と勝手に一人で頷いていた。憮然として否定したが、まったく取り合ってもらえず、挙句の果てには
「持つべきものは理解のある兄だよな、いいもんやるよ」
といってコンドームの箱を俺の部屋に置いて行った。即、ごみ箱に投げ捨てて心に誓った。兄にはお土産を買ってこないぞ、と。
そんなことを思い出していたら、俺が乗る新幹線の入線アナウンスが聞こえてきた。
新幹線の中は、今度は逆に寒すぎるくらいだった。長野県は寒いかもしれない、とリュックに詰め込んできたパーカーがここで役に立つとは。それにしても新幹線に乗るのなんてどれくらいぶりだろうか。修学旅行を抜きにしたらそれこそ小学生の時に家族旅行で東海道新幹線に乗って名古屋に行ったとき以来かもしれない。なんなら一人で首都圏から出るのなんて初めてだ。残念ながら窓側の席は予約できなかったため、あまり外の景色をじっくりと眺めることはできないが、かなりのスピードで外の景色が流れていくのがわかる。大宮を出ると次はもう軽井沢、長野県だ。そのあとに佐久平、上田、そして目的地の長野駅、と駅を指折り数えてみる。時間も1時間半程度で到着するので思ったよりあっという間だ。旅の高揚感を胸にまだ見ぬ長野の街に思いを馳せながら、俺は早く藤澤さんに会いたくて仕方なかった。
駅の改札を抜けると、即座に見慣れた金髪がこちらに駆け寄ってきた。改札付近は観光客らしき人々でごった返していたが、藤澤さんの少し長めの金髪はよく目立つ。
「大森君!長野にようこそ!」
いつもと変わらない柔らかな笑顔になんだかほっとして肩の力が抜ける。慣れないことをしているという自覚はあり、緊張もしていたのかもしれない。藤澤さんは、濃紺色で長袖のフルジップパーカーをきっちりと首元まで締めて袖をまくりあげており、ブルージーンズに白スニーカーと普段と何ら変わりない格好だが、髪がいつものおろしている状態と違ってハーフアップになっているせいか、新鮮に感じる。
「藤澤さん、三日間よろしくお願いします」
藤澤さんは嬉しそうに頷いた。
「こちらこそ……早速だけど当初の予定通り善光寺に向かうのでいいかな?今日はちょっと暑いけど……」
「東京よりマシですよ。駅の温度表示、26℃でしたもん」
うわぁ、と藤澤さんは顔を顰める。
「それ聞いたらこっちの暑さはマシな気がしてくるな~普段と比べたらもちろん異常なくらい暑いんだけど。じゃ、とりあえずいこうか。東口のほうに停めてあるんだ」
そういって、「善光寺口」と書かれた方とは逆の方向へと歩き出す。とめてある、と言ったということは、藤澤さんは車で来たのだろうか。改札前から少し歩くとエスカレーターがあり、そこを降りるともう屋根はなく、そのまま交差点を渡ることのできる歩道橋へとつながっている。その歩道橋は渡らずに手前の階段を降りると、ロータリーになっている。
「メインはむこう……善光寺口のほうだからこっちのほうは地味なんだけど、駐輪場がこっちなんだよね」
「え?駐輪場?」
あ、と言って、藤澤さんがポケットから何かを取り出した。差し出された手のひらの上には黄色いインコのマスコットキーホルダーのついた何かのカギ。
「今日原付で来てんだ~。安心して、ヘルメットは二つ持ってきてるから」
あ、これ、と駐輪場の入り口に停めてある鮮やかな青いスクーターを指さす。ちょっと待っててね、と藤澤さんは小走りでそのスクーターに駆け寄り、先ほどのカギを差し込んでから座席部分を開けて黒いヘルメットを取り出した。
「はいこれ、被って」
ぽん、と投げ渡されたそれを慌ててキャッチする。藤澤さんは前カゴに入っていたシルバーのヘルメットを身に着けた。
「藤澤さん、バイク乗れるんですね」
なんとなく、普段のふわふわした様子からは想像がつかない。
「スクーターだけどね。しかも親戚のおさがりだから前カゴついちゃってるし……まぁ便利は便利なんだけど」
と、彼は苦笑して見せる。
「へぇ、でも色とかかっこいいですよね」
「うん、僕も青色好きだからそこはお気に入りポイント!田舎だとめちゃくちゃ目立つけどね。ジョグっていうんだ」
「えっ名前つけてるんですか?!」
被ろうとしていたヘルメットを取り落としそうになる。藤澤さんは慌てて、違う違うと首を横に振った。
「それは……なんていうのかな商品名?自動車でも名前あるでしょ、あれと同じで」
あぁ、そういうことか、と納得して頷く。なんとなく、藤澤さんなら名前を付けていてもおかしくないな、なんて思ってしまったために勘違いをしてしまった。
「リュックはしょったままでいいかな?そしたら後ろ乗ってもらえる?」
藤澤さんが原付に跨り、自分の背後を指さす。二ケツなんて自転車ですらしたことがない。俺は恐る恐る足を持ち上げて跨り、藤澤さんの腰に手を回す。うわ、もともと細身の人だなぁとは思っていたけど、こうしてみると本当に細い。あんまり強くつかんだら折れたりとかしないだろうか。ていうかバイク乗るの初めてだから緊張で変な汗でそう、心臓もめちゃくちゃドキドキしてる。
「大森君」
急に声を掛けられ、心の中を見透かされていたりしないかと肩を震わせる。
「へっ?」
焦ったせいか声が裏返った。最悪。
「あ、あのね。ごめん掴まるのそうじゃなくて……大森君のお尻の横あたりにつかまるパーツがあるのと、あともう一方の手で肩を掴んでもらったほうが安定するかも……。抱き着く形だと曲がるときとか安定しないかもだから」
僕は慌てて、すみませんっ、と彼から身体を離した。
※※※
「長野編」に入りました!
昔涼ちゃんが書いていたアメーバブログをみてたら素敵な青色のジョグポシェ(たぶん)に乗ってる写真が出てきて、いつかお話に登場させたいなと思っていたので満足です笑
ちなみに50cc以下の2輪は2人乗り禁止ですが、これはフィクションと思ってお読みください……どうしてもジョグと2人乗りのシーンの両方を登場させたかったのです……
コメント
8件
2人乗りで照れてるもっくん最高です!かわいい💕 もう情景描写がすばらしすぎて、、二人の会話のシーンとかみているみたいにイメージできます!
更新ありがとうございます。 あのバイクっていうかスクーター、なかなかインパクトありましたよね! ここで登場してきて、ちょっと笑ってしまいました😆
長野編!なんかアニメ見てるみたい🤭楽しい♡