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【現実世界・市街地/バス車内】


バスのエンジン音が、低く揺れていた。


ハレルは一番後ろの席で、リュックを膝に抱えている。

中には、黒いケース。
 ケースの中には──五つのコア。


サキは隣で窓の外を見ていた。

工場地帯はもう遠く、コンビニと住宅が増えていく。


「ねえ」

サキが小さく囁いた。

「さっきから微妙に揺れてるの、それ……バスの振動だけ?」


ハレルはリュックの中にそっと指を入れ、ケースの外側に触れた。


――わずかな鼓動。


カタ……カタ……と、何かが殻の中で向きを変えるような、微かな振動。


「……中身の方が、どこかへ行きたがってるみたいだ」


冗談めかして言ったつもりなのに、自分の声が笑っていない。


木崎が通路側の席で、スマホをいじるふりをしながら小声で言う。

「隠し場所は、とりあえず俺の昔の事務所だ。今は誰も使ってない。

警察も会社も、まずあそこは思いつかない」


「でも、そこも“絶対安全”じゃない」

ハレルが答える。

「これがある限り、どこに置いても完全には──」

言いかけて、口をつぐんだ。


バスの前方モニターに、地図アプリの広告が映った。

ほんの一瞬だけ、画面が歪む。


海のない内陸部のはずなのに、青い海岸線がちらりと映って

──すぐに元の表示に戻る。


サキが小さく眉を寄せた。

「今、変な地図でなかった……?」


木崎が、前方モニターと自分のスマホを見比べる。

「こっちは正常だな。……嫌なノイズが増えてきた」


ハレルは胸元のネックレスに触れた。

冷たい金属が、じわりと熱を持つ。


(まだ終わってない。

ここから先が、“次の座標”なんだ)


◆ ◆ ◆


【異世界・どこかの高所/黒い観測室】


暗い部屋に、ただひとつ、大きな平面が浮かんでいた。

水面みたいな黒い板。

その上に、光点と線がゆっくりと描かれていく。


カシウスが、その前に立っていた。


仮面のように感情の薄い横顔。

だが、目だけは楽しそうに笑っている。


後ろには、膝をついた黒ローブが三人。

ミラージュ・ホロウで柱を襲った者たちだ。


「──コアを奪えなかったことは、失敗だと思っているか?」


静かな声に、一番手前のローブが小さく頭を垂れた。

「……防衛、突破されました」


カシウスは首を振るでも、責めるでもなく、黒い板を見つめたまま微笑む。


「いいや。むしろ、ここから始まる」


指先で板をなぞる。

光点がひとつ、光りを増した。


それは──主鍵と五つのコアが、束になって動いている地点。


「閉じたままの観測核は、“ここ”から届きづらかった。

だが、彼らが引き出してくれたおかげで──」


光点から、細い線が伸び始める。

蜘蛛の糸みたいな、極めて細い軌跡。


「今は“追跡線”が引ける」


ローブの一人が顔を上げる。

「……追うのですか」


「追うのではないよ」

カシウスは穏やかに言う。

「“行き先を決めさせる”」


光点から伸びた線は、世界地図のあちこちに引っかかる。

いくつかの点と結ばれ、やがて網目の一部になっていく。


「彼らは、救ったと思っている。

だが、救われた意識は、元の器か──“最初の記録地点”を求めて動き始める」


指先で、別の点を軽く叩く。


そこには、まだ名前のない“次のポイント”が、弱く点滅していた。


「こちらから出向く時が来るよ。

観測者も、鍵も、コアも──すべて揃えて」


仮面のような顔で、笑った。


「次の場は、もっと賑やかになる」


◆ ◆ ◆


【異世界・ゼルドア要塞城/地下解析室】


ノノは、カシウスとは別の地図を見ていた。


こちらの光点は、増えすぎている。

境界の薄さが、あちこちで“基準値”を越え始めていた。


「……止まらない」


呟きながら、五つのコアのデータ波形を呼び出す。

物理的な本体は現実側にある。

残っているのは、ミラージュ・ホロウで観測できた“指紋”だけ。


そのうち一つ──ユナの波形が、あからさまに強い。


ノノは指でその波形の向きをなぞった。

「あなた、どこを見てるの……?」


波形は、一定方向を指し示している。

先ほど赤枠で囲んだ、新しい薄点の方向に近い。


イヤーカフが軽く震えた。

アデルの声だ。


『ノノ、状況は』


「良くない。でも、まだ手遅れじゃない。

薄点は増えてるけど、その中でも“濃い場所”が絞られてきてる」


『次の座標が見え始めた、ということか』


「完全にはまだ。でも……“呼び寄せてる”感じ。

コアの一つが、向こうとこっちを同時に引っ張ってる」


短い沈黙。


『……ユナだな』


聞きなれた声。リオだ。


ノノは小さく息を吐いて、素直に答える。

「うん。そうとしか思えない。

でも、それは“希望”にも“罠”にもなる」


アデルが静かに言う。

『希望として掴むか、罠として切るか。──選ぶのは、こちら側だ』


ノノはうなずき、画面の一点だけを拡大した。

まだ輪郭のぼやけた座標。

まるで、遠くからこちらを見ている目みたいに瞬いている。


「……次は見失わないで。

こっちも、全部のログを取るから」


◆ ◆ ◆


【現実世界・高架下の古いビル】


バスを降り、いくつか角を曲がると──

汚れた高架の影に沈んだ、古い雑居ビルが見えた。


木崎が小さく顎でさす。

「ここだ。昔、ちょっとだけ世話になってた会社の、倉庫フロアだ」


入口のシャッターは半分だけ開いている。

中は暗いが、人の気配はない。


ハレルはリュックの肩ひもを握りしめた。

「一時的に、だよな」


「当然だ。長く留まるには向いてない。

でも、今夜をやりすごすには十分だ」


中に入ると、埃っぽい空気と、古い紙とインクの匂いが鼻を刺した。

棚には使われなくなった段ボールやファイルが積まれている。


サキが、小声で言う。

「ここ、少し……落ち着く匂いする」


「本の匂いに似てるからじゃないか」

ハレルは苦笑し、床のしっかりした場所を選んでケースを下ろした。


ケースのロックに、手をかける。

完全に開けるわけじゃない。中の様子を、一瞬だけ確かめるために。


カチリ──。


隙間から、淡い光が漏れた。


五つのコアのうち、一つが、他よりもわずかに強く瞬く。

どこか一点を、“見ている”みたいに。


サキが息を呑んだ。

「……今、光……」


「見た」

ハレルは静かに蓋を閉じ、ロックを戻す。


胸元のネックレスが、同じリズムで熱を打った。

ユナの名前が、頭をよぎる。


(助け出したつもりが……

まだ途中なんだ)


木崎が窓の外を見張りながら言う。

「封鎖線はきっと強くなる。赤錆の方も、こっちも。

向こう側の“何か”も、こっちの動きを見てる」


ハレルはうなずき、ケースに手を置いた。


「それでも、置いてはいけない。

これが、次に進むための“手がかり”なんだろ」


サキが、そっと言葉を重ねる。

「ユナさんも、他の人たちも……ちゃんと“帰る場所”が必要だから」


静かな倉庫に、遠くの電車の音だけが響いた。


外の世界では、まだ誰も知らない。

ほんの少しだけ、世界の“継ぎ目”が増えたことを。


ハレルは拳を握り、心の中で誰かに向けるように言った。


(絶対にここで止めない。

お前の望みが何だろうと──その先で、終わらせる)


ケースの中のコアが、かすかにまた光った。


救い出したはずの光が、次の座標を静かに呼び寄せていた。



第四章 境界地図ーオブザベーションマップー 了


次回

第五章 器の座標ーコンテイナー・ポイントー 開始





異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―

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