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「だからどうか、私と共に冥王の下へ行ってくれませんか?」
そうはっきりとユキは、狂座入りする事の意思を示した。それは即ち、この世界を三人除いて見捨てる事を意味する。
「ちょっ、ちょっと落ち着いてユキ? じゃあ他の皆はどうなるの? 何の為に私達は此処まで来たの!?」
「そうよ! アンタがそんな事言うなんて!」
アミとミオの反論。当然こうなる。かつての彼からは考えられない言動を、そう簡単に受け入れる訳にはいかないのだ。
「貴女達は冥王を直に見てないから、そんな事が言えるんですよ……」
二人の反論を他所に、ユキはかつてを思い出したのか身震いする。
「闘いを挑む事さえ愚かとしか言い様がない程の、絶対的存在……」
その表情は、完全に恐怖心で引き攣っていた。
「そんな……」
アミにはユキの気持ちが痛い程に理解出来た。どんな相手に対しても、恐れず立ち向かうーー“あの彼がここまで言うのだ”ーーと。それだけで冥王の恐ろしさは想像に難くない。
「それに前にも言いましたが、私はこの世界がどうなろうと知った事ではないんですよ。貴女達さえ無事なら他の連中等、守る義理もなければ死に絶えた処で構いはしません」
「ユ、ユキ……」
その突き放すような冷めた言葉に、アミは正直ショックを隠せなかった。確かにこれは、かつて彼が言った言葉ーー想いでもある。
“誰からもーー両親からも愛される事無く、ただ殺される為だけに生まれて来た存在”
彼の根底に在るのは、この世界から拒絶された事実。受け入れてくれたアミとミオ以外の存在等、彼にとっては路傍の石程度の認識でしかなかった事にーー。
「私は……行かない。考え直してユキ! あなたは絶対にそんな事言わない。私には分かる」
アミは必死に思い止まるよう訴えかけた。確かに以前、アザミが狂座側へ瀕死のユキを引き込もうとした時、彼の命の為に本気で向こう側に行っていいとさえ思って、負けを認めるよう懇願した。
「どんな時でも……絶対に絶望しなかった」
だが今は状況が異なる。自身の死さえも顧みず、決して敗北を認めなかったユキが狂座側に行くという意向が、どうしても信じられなかったのだ。
「……私の、何が分かるというんです!?」
アミの説得を受け、何処か哀愁さえ漂わせるユキの怒号。
「分かるわ、ユキの事なら何でもーー」
その瞬間、異変が起こる。
“ーーっ!?”
「これ、ユキの氷!?」
その異変にアミのみならず、ミオも気付く。二人の身体は確かに氷で囚われていたから。それは勿論、ユキの無氷に依るもの。
「ユキ……どうして? 目を覚まして!」
氷に依って身動き出来なくて尚、アミは訴えを止めない。彼を信じているからーー誰よりも、何よりも。
「目を覚ますも何も、私は最初から正気です。もういい、私一人でも行きます」
そんなアミの想いすら、ユキは一蹴。本気で彼女等との決別の意を固めた。それは特異能を向けた事からも明らかだ。
「この世界の人間は、全員恐怖と苦痛を以て処分されます。ならその前に、貴女達だけは私の手で楽にしてあげるのが、せめてもの情けです……」
そうユキは刀を抜き放ちながら二人へと刃を向け、その意向を述べた。
「ふっーーざけんじゃないわよ! アンタ何、姉様に刀向けてんのよ!」
決別の間に割り込むかのようなミオの怒声。
「アンタなら……何があっても姉様を守ってくれるとーーそう信じてたのに!」
ミオは涙ながらにユキを罵った。そう、彼女もまたアミと同様、心からユキを信用ーー信頼していた。だからこそ、突如心変わりした彼に対する哀しみと、やり場の無い怒りが響き渡る。
「人は変わるんですよミオ。勝手に信じたのは貴女達でしょう?」
かつての面影も残らない冷笑を浮かべながら、ユキは彼女達の想いを一笑に付す。
「まあ、これまでの御礼として、痛みを感じる間も無く、首を飛ばして差し上げますから」
そうユキは、刀を彼女達の首筋へと狙いを定めた。
「……あなた、誰?」
これより訪れる凄惨な末路を前に、不意にアミが口を紡ぐ。
「誰とは酷いですね。あんなにも貴女に尽くした者への遺言とは思えません」
アミの疑問の言葉に、ユキは心外そうにため息を吐いた。
「違うわ。あなたはユキの姿をした別の何か。それに……“本当のユキは見返りを求めない”。何時だってそうーー」
「まさか別人扱いまでされるとはね……。さすがに傷付きますよ私も」
ユキは心外そうに失笑するが、アミには確固たる確信があった。
「どんな時も、ユキは絶対に自分を優先しなかったーー」
“何時だってユキは自分の身も顧みず、見返りも求めず。その心は純粋なまでに澄んでいて、嘘が無いから。そうでなければ、私はこうまで惹かれたりしないーー”
「だからあなたは、私の信じるーー愛するユキじゃない! どんなに姿を似せても、心までは似せられないからよ!」
そうアミは、目の前の彼を痛烈に批判した。それは揺るぎない確信を以て。
「なら……その幻想を抱いたまま死ぬがいいでしょう」
彼女の批判も一蹴し、彼は刀を振り翳す。それでもアミは決して眼を綴じず、きつく彼を見据えた。
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