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いつからだろう、この世界に飽きを感じ始めたのは。いつからだろ、人を比べるようになったのは。だんだんと自分が嫌になってきた。自分がこの世界にいる必要はあるのだろうか。この世界にいて良い事なんてあっただろうか。否、もう記憶にすら残っていない。
「……疲れたなぁ。」
少し冷える真夜中の路地裏で、心に留めていた言葉がおもむろに吐き出される。はっと口を押え咳払いをしてスマホを見る。
『ねぇ今日のテレビ見たぁ?すっごく面白かったよ〜♪』
『あぁ、「災厄の日」だっけ?あのシリーズ好きなんだよねぇ。』
『みおさも?やっぱりいいよねぇ、キャラも設定もしっかりしてて好き〜♪』
『次の作品「ひつじ雲」らしいぞ。』
『暁さん情報はっっっやw 楽しみだなぁ〜〜』
楽しそうに話す人達の止まらない通知に溜息をつきながら電源を消す。自分が入れば皆黙るだろうか、嫌な思いをさせてしまうだろうか、また口から溢れそうになる言葉をすんでのところで止めるも、沈んでいた心が更に沈んでいく。立っていられず、さっと座り込みまた溜息をつきながらいつの間にか隣にいた黒猫に話しかける。
「…君も1人なのかい?いや、君の場合は1匹か…どちらにせよ俺と一緒だな。」
自分で言いながら少し悲しくなる。毛繕いをしながらまったりする黒猫に癒されながら眺めていると、近くから足音が聞こえてきた。それにびっくりした黒猫が足早に去っていき見えなくなってしまう。
「あっ…」
また1人になってしまった。寂しさを覚えながら逃げて行った方向をしばらく眺め、改めて前を向くと同じ目線でこちらを見つめる人物がいた。
「うわびっくりした…。えっと、貴方は…」
「初めまして、かな?ヴァールって言います。以後お見知り置きを。」
ニコニコと長めのバールを肩にかけながら言うヴァールさんに驚いて腰を抜かしていると、そういえばと切り出してきた。
「君、こんな時間に何してんの?さっきからずっとダルそうな顔してるけど。」
「…別に、貴方…ヴァールさんには関係ない事ですよ。」
と言うと黙り込み真顔でこちらに目を合わせてくる。気を悪くさせてしまったのか、よく分からないが申し訳ない気持ちに襲われていると、また笑顔で話し出した。
「そーだ!そんな人生つまらなさそうな君にいいものを上げよう。」
左手をこちらの額に触れ、目を閉じる。途端、おぞましく大きい『何か』が身体中を駆け巡る感覚に襲われた。視界が赤に染まり呼吸は出来ず枯れた呻き声を上げる事しか出来ない中、ヴァールさんが目を開けまた口を開く。
「俺の負の念は少し特殊でね…通常の負の念と俺の念が合わさる事で、苦痛を増大させるんだ。しかし増大させた所でその人は狂い死んでしまうだけ…だから細かい調整が必要なんだよねぇ。それが上手くいくと、どうなると思う?」
質問を投げられるも答えを考える余裕もなく、虫のように駆け巡る苦しさに耐えるので精一杯だった。さすがに答えられないかぁ、と言い手を離す。
負の念が駆け巡る感覚は無くなったものの、残ったのは今までの苦い思い出と吐き気のみで、とても正気を保てる状態ではなかった。過呼吸で滝のように汗を流しながら胸をぎゅっと押さえていると、ヴァールさんがにこやかにこちらの顔を覗き込んでくる。
「偉い、よく耐えました!そんな君に答えを教えてあげよう。答えはね…」
と言うと額に人差し指をぴっと添え囁く。
「ココにあるよ。」
その瞬間、雷に打たれたような衝撃と自分自身が消えてしまう感覚に襲われ、意識を失った。
━━━━━━━━━━━━━━━
朝、それは一日の始まり。ベッドから起き上がり閉ざされたカーテンをさっと開くと、雲ひとつない青く晴れた空がいっぱいに広がっていた。太陽の優しい光を浴びながら伸びをすると、ドアが開きみおが入ってくる。
「みお、おはよう。今日はとっても気持ちのいい朝だね。」
「いやもう昼なんだけど。飯の準備出来てっからはよ降りてこいよ、はーちゃん。」
真顔で答えられ少し傷ついた。世の中世知辛い。スマホを見ると12時と表示されており、初めて昼だと実感する。顔を洗い、通常のパーカーと短パンに着替え食堂に向かう。扉を開けるといつもの怒鳴り声が聞こえてきた。
「だぁかぁらぁぁ…朝っぱらからドンパチやってる暇あんなら、家事手伝えって言ってんの!起こされた俺の身にもなれ!」
「えぇ〜、だって先にやってきたの羊だしぃ…」
「はっ!?ちょっ、くろんさんが先に仕掛けてきたんだろ!」
「オレ知らなぁい♪」
椅子から立ち上がり、逃げようとするろんろんを暁さんが止めようと立ち上がり、一方相棒は面倒くさそうにあくびをし、昼ごはんのベーコンエッグを食べる。何だいつもの事か。
ほっこりしながら机に座りみおに注文したオムライスを頬張りながら、おはようと相棒と会話を交わす。その間にもあちらこちらと喧嘩の声が聞こえ、食堂はとても賑やかだった。するとみおが隣に座り、話し出した。
「…今日人少ないね。いつもなら他の人も来るのに」
確かにいつもなら大抵全員集まっているのが、今日は5人程しかいない。喧嘩が収まり、ガタンと音を立てながら目の前に座る暁さんとろんろんに聞いても、わからないと言うばかりでこれといった理由は見当たらなかった。
「んま、それぞれ用事があるんでしょ。どうせすぐ帰ってくるって。」
「でも…んー、まぁつきにぃが言うなら…」
拭いきれない違和感だけが残り半分まで食べていたオムライスも手が止まり、今いないメンバーについて考えながら無言で食堂を出た。
さっき見かけなかった人は『かすみん、ヴァールさん、双刃さん、けむりさん、黒さん』。全員遊びに行ったか、はたまた部屋で作業しているか…。
そんな事を考えながら廊下を歩き角を曲がると、食パン少女の如く誰かとぶつかり尻もちをついてしまった。
「ったぁぁい…!ちょっと廊下は走るなって何度も…」
イライラしながら前を向くと口元を押え咳き込む双刃さんがいた。朱華に気づき、目が合うと慌てて立ち上がりながら言う。
「す、すみません!ちょっと急いでて…」
「あーこっちこそごめん…それより急いでるって?」
そう聞くと一瞬目を逸らし、色々あるんですとそれ以上何も言わず走り去ってしまった。止めようにも止められず、玄関扉が勢いよく閉まる音を聞いてゆっくりと立ち上がる。胸の底に沈めた違和感が大きく浮き上がってくる感覚に襲われ、軽く咳き込んでいると後ろから話しかけられた。
「あっ、はーちゃんじゃん。どしたのー?」
振り向くと腕を組みニコニコしている黒さんがいた。話聞くよと言われたので、朝起きた後の出来事と違和感について聞いた。
「んー、双刃さんが隠し事かぁ。まぁ珍しくは無いけどはーちゃんがそこまで違和感覚えるんやったら何かあるんちゃう?」
「かなぁ…昨日も夜中外出してたし、やっぱりそれなりに事情あるのかな。」
「まぁ深堀しすぎても逆に心配されるだけよぉ。気軽に行こうや!」
ねっ、と気楽に言う黒さんにつられ、膨らんでいた違和感を無理やり押し込みながらそうだねと答える。しばらく雑談した後、黒さんが遊びに行ってくるといいそのまま屋敷を出ていった。考えすぎかと思い自分の部屋に向かっていると、かすみんがダッシュで息切れをしながら話しかけてきた。
「は、はねずさ、こっ…ここで双刃さん、見ませんでした…?」
「双刃さん?あぁ、あの人ならさっき急用あるって出ていっ…」
言葉を言い終わる前にありがとうとお礼を言いながら、また全速力で去っていった。
今日はやけに騒がしいなぁ…。
そんな事を考えながら自分の部屋に戻り、ドサッとベッドに寝転がる。ゲームでもしようかと考えていたが、さすがにご飯を食べた後で眠くなりそのまま意識を手放した。
――――――――――――――――――――
気がつくと赤黒い煙が立ち込める廃校内にいた。4年3組と書かれた教室前のコンクリートの地面にぺたりと全身の肌が触れ、ひんやりする。しかし顔のあたりが生暖かく独特な匂いがした。疲れきった体で起き上がり強い眩暈にクラクラしながら見た光景は、相棒やみおさん、暁さんや黒さんが血まみれで倒れていた。
え、何これ…。
状況が把握出来ず胸に手を当てるとズキッと鋭い痛みが走り、蹲る。刃物で切られたような深い傷が、神経を通って脳に形が伝わってくるのがわかると酷くゾッとした。過呼吸になりながらも必死に脳の整理をしていると、少し離れた所から足音が聞こえ、正面を向くことが出来ず俯いていると目の前で立ち止まった。
あれ、この靴にこのズボン…どっかで…。
まさかとは思いながら恐る恐る顔を上げると見た事のある、しかしその表情からはいつもの佇まいに似合わない雰囲気を醸し出していた。
「…双刃さん…?」
名前を呼ぶも、返事をせずただこちらを見下すだけだった。ねぇ、と再度呼ぶも変わらず何をしたらいいのかわからないまま困惑していると、頭上から何かの気配を察知し勢いよく左に転がり避ける。ドォンと鈍い音を発しながら落ちてきたものは、何十kgもありそうなコンクリートの塊だった。しかし天井を見上げてもどこにも穴はなく、本当に塊が瞬間移動してきたようなものだった。頭の中がはてなで埋め尽くされかけていると、胸の傷が更に痛み、じんわりと血が流れていく。極度の緊張と困惑で吐きそうになっていると、双刃さんがこちらを振り向き何かを呟く。
何て言ったの?
そう聞く間もなく意識がだんだんとうのいていく。すると背後に渦を召喚し、後ろ手で何かを取り出す素振りを見せる。
あれ、そんな能力あったっけ…。
ぼんやりとした視界の中、こちらに向けられたのは銃口だった。マズイと思うも身体が思うように動かせず、そのまま横になる。意識が飛ぶ瞬間、息遣いだけが聞こえる夜の廃校で銃声が鳴り響いた。
――――――――――――――――――――
「…………ちゃ……ねちゃ…!」
誰かが自分を呼ぶ。薄ら目を開けると黒さんと暁さんが心配そうにこちらを見下ろしていた。ガバッと起き上がり、胸辺りを触り周りを見回す。しかしそこは何の変哲もない自分の部屋であり、体は傷もなければ血もついていなかった。ホッと安心していると黒さんが両肩をガッシリ掴み、珍しく焦り気味に話しかける。
「はねちゃ落ち着いて聞いて、双刃さんとけむりさんが行方不明になったの。原因は…わからない。ただ僕が言えるんは、今日お昼にその2人が歩いてたけん、それだけならまだ良かったんよ。でも…」
一瞬下を向き、こちらの目を捉えてハッキリと言った。
「…連絡がつかん。LINEも電話も、discordも。だから心配になって探して回って…」
「したら、誘拐らしき現場を見たって人が現れた訳だ。」
暁さんがそう話を締めると、忘れていた夢が走馬灯のようにハッキリと思い出された。すると吐き気と不安が込み上げ、口を押え震えていると黒さんがそっと隣に座り背中を撫でる。
「大丈夫、まだ大きなニュースにはなっていない。むしろ今の状態を維持出来ているのが奇跡に近いけどね。」
「てかさ〜少年、そろそろ時間じゃね?」
そっかと言いすくっと立ち上がると、こちらを振り向く。
「はーちゃ、行くよぉ〜」
行くってどこに?そう聞く前に手を引っ張られそのまま自分の部屋から階段、大広間、玄関と出て夕焼けの眩しい外に放り出される。息切れをしながら正面の門を潜ると、いつの間にか暁さんが車を用意し待機していた。乗るよと黒さんに後ろ席に入れられ、助手席に黒さんが座る。カチャリとシートベルトを装着する音と同時に、車が勢いよく発進した。
「んで、どこ行くんだっけ?」
「あーどこやったかな。忘れたわ」
「いやお前馬鹿かよ…羊達が先に着いてるんだろ、聞けないのか?」
黒さんがめんどくせぇと言いながらもスマホで履歴を確認する。中々見つからないのか呻いている後ろでボソッとあの時の場所を言う。
「……○✕小学校…」
「あ〜多分そこだった気がする。てかはーちゃ何で知ってんの?」
黒さんがこちらを振り向き疑問を投げかける。勘だよ、と答えるもあの夢の事を言うのは気が引けた。自分の体調の心配もあるし、もしかしたら何かの手違いでただの悪夢を見ていただけなのかもしれない。
きっとそうだ、きっとけむりさんと双刃さんは2人とも今頃助けを待っているんだ。と無理やり自分に言い聞かせあの夢を忘れようとする。が、その願いは届かなかった。
「ほい、着いたよ〜」
10分程車を走らせ、目的地の小学校の校門前で止まり降りる。その学校は5、6年程前に廃校になったもので、撤去作業がまともに行われずヤンキーや危ない人達の溜まり場となっていた。もちろん、そこに近付こうとする人はほとんどいない。むしろいたら神経を疑ってしまう程だ。そんな中、夢で見た内容が正しいのであれば、4年3組、2階あたりに集まっていそうだと予測する。それを切り出す前に、黒さんと暁さんが既に門を通り正面玄関へと向かっていた。早いなと思いながら追いかけていると、上の階から爆発音らしき音が聞こえた。
「はぁ〜、今回やばそうだな…。」
暁さんがダルそうに言うと、黒さんが大丈夫っしょと気軽に答え錆びた玄関を開ける。靴箱は木製で所々腐食しており、お菓子や煙草のゴミ、落書きが至る所に散らばっていた。気のせいか血痕のようなものも見られ、空気も悪くあまり長居はしたくない場所だった。
「ひっでぇなこれ、吐きそうだ…」
グチグチいいながらも辺りをしっかり見回していく所が、暁さんの分析癖の1つだった。靴箱から動けずにいると、上の階から鈍い音が聞こえてきた。行くかと黒さんが若干面倒くさそうに言いながら階段を上る。階段も言わずもがな、酷い有様であった。普段全く運動をしない朱華にとっては少し階段を登るだけでも息切れする程辛いものだった。そんな中必死に最後の1段を登りきると同時に、目の前でフードを外し物凄い剣幕で攻防を繰り広げる相棒と双刃さんがいた。
「…っもうやめよう双刃さん!こんな事してても何の意味もねぇって…」
「うるさい。」
いつもニコニコとしている双刃さんとは全く違い、まるで別人格のように冷たく無慈悲であった。教室は半壊しておりガラスや壁等もほとんどが砕け散り、地面に散乱していた。必死に攻撃を受け流し防御で手一杯の相棒に対し、長めのナイフで一方的に攻撃を仕掛ける双刃さんの間にどう入ればいいかわからず困惑していると、どこから取り出したのか、何十本もの短刀が相棒に向かって投げられる。体勢を崩し避けようにも避けられないその数秒間が何分にも感じられた。
助けなきゃ、何か、何か打開策は…。
一瞬現在の出来事と夢の出来事が思い出され、吐き気が込み上げてくる。結局何も出来ないのかと自分に絶望していると、音もなく短刀と相棒の間に現れた黒い球体が短刀だけを包み込み、消えてしまった。突然の出来事に一同驚いていると、右奥から足音と焦り声が聞こえた。
「…っぶねぇ、羊さん死ぬ所だったじゃん。双刃さん、何でんな事するんだよ…。」
珍しく情に語りかけるように話すかすみんをボーッと見つめていると、双刃さんが冷たく返事をする。
「関係ない、俺は全員殺すだけ。言われた事をこなすだけだ。」
そう言うとズボンのポケットから銃を取り出し、かすみんに向ける。一歩後ろに下がりキャンバスを左手でギュッと握り目を泳がせながら何かを考える。瞬間、何を思ったのか正面から走り出した。馬鹿だと呟きそのまま銃を撃つと、持っていたキャンバスで顔を覆い弾が弾かれた。驚いて瞬時に反応出来なかった双刃さんに対し、思いっきりキャンバスを振りかぶる。それを左腕で受け流し2発撃つも、肩と頬にかすり足をかけられ転んでしまった。その拍子に落とした銃をかすみんが拾い上げ双刃さんに向ける。
「…もう一度聞く、なぜこんな事をするんだ?」
「ならばもう一度答えよう、俺は言われた事をこなすだけだ。」
「言っている意味がまるで分からない…どうして俺らを殺そうとする?例え俺らが死んだとして、貴方はどうする?なんの得がある?…そこに得なんてない、きっと双刃さんもわかって…」
「意味なんてない。」
かすみんの話を遮り、無表情のままキッパリと答える。すくっと立ち上がりそのまま話し出す。
「いいか、俺はもうこれ以上同じ事は言わない。俺は言われた事をこなすだけ…使命を全うするだけだ。」
使命という言葉に引っ掛かりを覚える。どこかで聞いた事あるような、しかしあまりいい思い出ではなかったような気がする。ふと見知った顔が浮かぶも名前を思い出せずそのまま消えてしまった。誰だろうと関係の無い事を考えていると、双刃さんの後ろに立っている相棒が余裕そうに言った。
「使命だか何だか知らねぇけどよ、双刃さん、今の状況わかってる?あんたは今武器も持っていなければ、抵抗出来る程能力も強くない。」
諦めてお縄につけよ、と笑いながら言う相棒を相変わらず険しい顔で睨む。何だよと先程よりも低い声でイライラを全開にしながら聞く相棒をさらっと受け流し、改めてかすみんと正面から見つめ合う。しばらくバチバチと視線を合わせながら沈黙が続いた。真夜中の1時ぐらいだろうか、少し冷える外の風が勢いよく吹き草木をザッと揺らした。それを合図にタイミングを見計らっていた暁さんが双刃さんに迫る。双方共武器は持っておらず、殴るか避けるかの攻防戦だった。しかし僅差で暁さんの速度が早く隙を全く見せない攻撃だった。拳が双刃さんの腹部に当たる瞬間飛び避け暁さんから距離を置くも、後ろでは相棒が待ち構えていた。
「羊ぃ!」
「わーってる!」
相棒が拳を構え、殴り掛かろうとした時双刃さんが不敵な笑みを浮かべ背後に渦を召喚した。そのまま安全に着地をするも、相棒の周りにはいくつもの渦が瞬時に出現しまるで逃げ道がなかった。困惑しながら周囲を見回す相棒を変わらず薄笑いを浮かべながら見る双刃さんが指をパチンと鳴らした。瞬間、渦の中から無数の刀やナイフといった刃物が相棒に向かい突き出される。気がつけば背中から腹、肩や足等あらゆる所から刃が刺さっていた。勢いよく抜かれ、血が吹き出し倒れる。バシャッと水溜まりに飛び込んだような音と共に悲鳴が漏れそうになると、黒さんが肩を抱き寄せ朱華の口をそっと抑える。
「…まず1人。」
冷たい声が校内に響き渡る。それを目の当たりにした暁さんが青ざめながら後ろへ1歩下がり、怒鳴り声を上げる。
「じょ…冗談じゃねぇ!おま、自分が何やったか分かってんのか?お前は人を殺した、目の前で、自分の仲間を!」
そんな言葉には全く動じず、暁さんをキッと睨むと手を伸ばし何かを呟く。すると、頭上から先程と同じ渦が出現し大量の鋭い石が降り注ぐ。間一髪で後ろへ飛び退き信じられないというような表情で双刃さんを睨み返す。目の前で人が死に、大量の血が流れ、信頼していた人の裏切り。低スペックな自分の頭では整理しきれない情報量に、思わず過呼吸になる。涙と怒りが留まる所を知らず、肩で息をしながらしゃがみこんでいると双刃さんと目が合う。表情が微かに動き、それと同時にこちらへゆっくりと近づいてくる。
終わった、逃げ場のないこの場所で何が出来る、人1人とて助けられない、自分に何が…。
黒さんが隣にしゃがみ肩を寄せながら何も言わず殺気立った表情で双刃さんを睨む。すぐ目の前に来ても何もせず、しばらく2人を見つめると突然機嫌の良さそうな声で話し出す。
「…良い。その心が壊れる寸前の怯えきった表情、それを庇うように隠しきれない殺意に溢れた表情も…あぁ、とても良い。もっとよく見せてくれよ、その素晴らしい顔を…。」
そう言い顔に手を伸ばし触れる瞬間、双刃さんの背後で刃物を振り上げる暁さんが見えた。気配に気づきサッと避け、手から刃物を叩き落とした。暁さんが舌打ちをしながらまた殴りかかるも、混乱しているのか動きが鈍く軸もブレていた。フラフラとしている足元をすくい上げ倒れると左腕を踏みながら馬乗りになり、苦しげに悶える暁さんを酷く憎そうに睨む。
「しょうね、ん…羊を連れて、しっぽに…」
「はぁ…めんどくせぇなぁマジで。かすみさーん、コイツとはーちゃん任せたよー!」
「うぇ!?ちょ、黒さん!」
突然呼ばれてビックリするかすみんを無視し、軽やかに相棒の元へ駆け寄り担ぎ上げる。攻撃しようと双刃さんが黒さんへ手を伸ばしかけると暁さんが起き上がり胸ぐらを掴む。
「おいおい、相手をするのはあっちじゃなくて俺『ら』だろ?」
そう言いこちらへチラリと視線を送ると2人の頭上にツララが3本現れた。サッと避けツララは地面で粉々に砕け散りやがて溶けてしまった。
危ない危ない、と言いながら相変わらずフラフラの状態で立ち上がる暁さんを、支えていると悲しさと憎しみが混じりあった声で叫ぶ。
「どうして、どうして邪魔をするんだ!俺は俺のやりたい事をやってるだけ、なのになぜ無関係なお前らが邪魔をする!なぁ、もう一度見せてくれよ、あの表情。目の前で大切な仲間が殺されて、恐怖に怯えて、心が壊れかけて、今にも悲痛な叫び声を上げそうなあの表情を…ねぇ、見せてよ蜜柑さん。俺達仲間だよね?心を開きあった友人だよね?」
そう優しく問いかけるも、その目に光はなくまるでお面を引っ付けて話しかけてきているようだった。あまりの怖さに暁さんの後ろに隠れていると、あぁそうだと言いまた話し始める。
「1人だけだと寂しいしつまらないよね。じゃあ、そこの暁さんとかすみさんにも協力して貰おっか。」
3人がはっと顔を上げると、双刃さんが指を鳴らしまた渦を召喚する。次はどんな武器でどんな攻撃が来るのかと構えていると、少し赤の交じった黒い煙が大量に放出された。激しく咳き込みあまりの苦しさに顔を歪めるも、その煙が何なのかはすぐに察しがついた。けむりさんが、どこかで深い傷を負っている。ここまで大量の強力な煙毒を持っているということは、どこか街で発生したというのは考えにくい。だからといって秘密にやっていたとしてもここまで強力なものを扱う所もほとんどない。という事はつまり…。
「双刃さん、まさかけむりさんまで利用して…」
暁さんが苦しげに言うと、まるで煙毒が効いていないように話し始める。
「けむりさん…あぁ、あの人なら少し利用させて貰ったよ。といってもそこまで複雑な構成じゃないさ。ただ死なない程度に傷を負わせ、煙毒を発生させこちらで再利用しただけ。簡単だろう?」
そう言うとまた1つ渦を召喚し、煙毒を倍にする。床に膝をつき、黒と赤で覆われた視界で必死にノートに文字を書く。ガリガリとペンを突き立て紙が破けていく感覚を感じながらも、最後の1画を書き終える前に目の前で暁さんがどさっと倒れる音がした。意識が朦朧とする中、苦しげにかすみんが双刃さんに語りかける声が聞こえる。
「…本当に、辞めてください。俺はもうこれ以上狂った双刃さんを見たくない…」
「狂ってる…?あっはは、面白い事を言うねかすみさん。俺は狂ってなんかいない、やりたい事をやっているだけさ。」
でも、と反発するかすみんに煽り気味に答える。
「でもも何も無い、かすみさんまで俺の邪魔をするの?へ〜そっか、かすみさんは分かり合えると思ったのになぁ。残念残念。じゃあこの2人みたいに死んでもらおっかな。」
その言葉を最後にしばらく沈黙が訪れる。煙毒で何が起こっているのかわからないが、その2人、特にかすみんからは今までのもので1番大きい殺意を感じた。それと同時に、酷く苛立たしげに言葉を返す。
「あぁ、そっか…。はぁ、今どっちが上なのかわかってないでしょ。双刃さん言ってたよね、『絶対に負けないと高を括る敵ほど、その小さな穴に気づけないものですよ。』って。まさに今、双刃さんが負けないと高を括る敵、になっている事に気づいてる?」
一瞬ピリッと空気が変わったような気がした。しかしこれ以上意識を保っているのが難しくそのまま意識を離す寸前、正面からまた声が聞こえた。
「さようなら。」
その声を最後に銃声が鳴り響き、そのまま意識が遥か彼方へ飛んで行った。
━━━━━━━━━━━━━━━
朝、それは一日の始まり。ベッドから起き上がり閉ざされたカーテンをさっと開くと、雲ひとつない青く晴れた空がいっぱいに広がっていた。太陽の優しい光を浴びながら伸びをすると、ドアが開きみおが入ってくる。はずだった。
「…双刃、さん…?」
その姿を見た瞬間、息苦しさと外傷から内傷の痛み、疲労感、吐き気、目眩等に襲われ立っていられず床に手と膝をつく。突然の異変に頭が追いつかず、混乱しながら双刃さんを見返すと薄笑いを浮かべながらこちらへ膝をつき、頬に氷のような冷たい手が触れると一言囁く。
「…その顔が見たかった。」
すっと手を下ろし、扉の方へ歩いていく姿を止めようにも止められず、ただ見送るしかなかった。扉がバタンと閉まり、今度は起きたばかりなのに酷い眠気に襲われそのまま床に汗だくで横になり、そっと目を閉じた。
また夢を見る。あの時と同じ夢、何も変わらない夢、展開も結末も全て知り尽くしていたはずの夢。じんわりと血が流れていく。極度の緊張と困惑で吐きそうになっていると、双刃さんがこちらを振り向き何かを呟く。その言葉は霧のように霞むわけでも、壊れたスピーカーのように音が出なくなるわけでもなく、はっきりと聞こえた。
『ねぇ、いつまで繰り返すの?』