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家の者であれば部屋に出入りするのは簡単だ。引き出しにも鍵は付いていない。俺の不在時に受験票を探すことは可能だろう。もし東野がこの場にいなかったら、ばあちゃんと姉ちゃんに疑いの目を向けてしまったかもしれない。そんな状況にならなかったのは不幸中の幸いだ。
東野が犯人に繋がる重要な手がかりを見つけてくれた。受験票が入っていた引き出しの周辺には、魔法が使われた痕跡が残っていたのだ。俺の受験票を台無しにしたのは魔道士なのだろうか。そうだとしたら、どうしてこのような真似をしたんだ。
「まさか本当に実行に移すとは……。こちらが上手く立ち回れば未然に防げたのに。口惜しいな」
「東野さん、あなたは犯人が誰が分かっているんですか?」
俺の頭の中にはある人物の名前が浮かんでいる。東野の答えも予想できていた。彼のこれまでの言動を振り返ると、その者以外に考えられなかったから。それでも……もしかしたらという気持ちが捨てきれない。東野から違う答えが出るかもという、僅かな希望を持って問い掛けた。
「受験票を切り裂いたのは幻獣だろう。でもそれを命じたのはスティースと契約を交わした人間。透の同級生……小山空太だ」
希望は脆くも崩れ去る。東野ははっきり小山の名前を口にした。動揺を鎮めるために、俺は大きく息を吸い込んでゆっくりと吐き出す。
「……こういうことが起きるかもしれないって、東野さんは分かっていたんだよね」
『小山に注意しろ』の意味が理解できた。そうか……俺は勘違いをしていたのか。
小山が俺に対して良くない企てをしているのを東野は知っていた。だから気を付けろと言ってくれたのだ。それを俺は、小山の身に危険が迫っているのだと別の解釈をしてしまった。東野が頭を抱えて悶えていたのも無理もない。実際に事が起きてしまってからそれに気付くだなんて……
「確証は無かった。小山少年にそんな度胸があるようにも見えなかったからね。透に注意を促したのは本当に念の為だったんだよ」
東野自身も半信半疑だったため、小山を意識するよう俺に仕向けたあとは、特に何もしていなかったのだそうだ。俺が東野の言葉を正しく理解していれば、結果は違っていたのだろうか。今更後悔しても遅いけど。
「俺がもっとちゃんとしてれば……」
「透のせいじゃない。悪いのはスティースの力を利用してこんな馬鹿げたことをやらかした人間の方だ。それに、小山少年を侮って楽観視していた僕にも落ち度がある」
項垂れる俺を見て同情したのだろうか。東野は慰めるように俺の頭を撫でた。彼の中では完全に小山が犯人になってしまっているが、俺はまだ信じきれずにいる。小山とは親しくないけど、このような仕打ちをされるほど恨まれる覚えもなかったからだ。
「……東野さん。これほんとに小山がやったのかな。俺たち仲良くはないけど、だからって別に不仲でもないんだよ。あなたの話を信じないわけじゃないけど、思い当たる事がないから不思議で……」
東野はあんなにはっきりと小山だと言い切った。そう判断した理由や根拠があるはず。それを提示して欲しい。
さっき知ったばかりだけど、小山も魔道士を目指しているそうじゃないか。同じ夢を志す仲間を疑いたくはない。
「思いあたる事がないか……本当に?」
「ない……はずだけど」
『しっかりしているようで抜けている』友人からの俺の評価だ。まさか、知らないうちに小山を怒らせるようなことをしていたのだろうか。東野に念を押されて不安になってきた。
「小山少年が試験を受けたことも知らなかったんだから、しょうがないか。でも……仮に透と少年の立場が逆だったとしても、君は絶対に相手の受験票を破ったりはしないだろうね」
東野はまた俺の頭を撫でた。語りかける声は優しいけれど、呆れている風にも感じられた。子供扱いされているみたいで少しムッとしたけど、実際子供なので仕方がない。27歳からみたら15歳なんてガキもガキだろう。
「透。試験というのは受かる人がいれば、落ちる人もいるんだよ」
「そんなの当たり前じゃ……」
玖路斗学苑は受験者の急増により、倍率は上がる一方だと聞いた。特待生の枠は限られている。年によって上下するけど、だいたい10人程度。今回の試験だっていきなり二次までやることになったのだ。落ちる人数も相当だろう。
落ちる……
さっき東野は何と言った。俺と小山の立場が逆だったとしたらって。俺も小山も玖路斗学苑の試験を受けた。それは同じだ。
結果、俺は一次試験に受かることができた。でも小山はどうだったのだろう。逆の立場……それって――――
「残念ながら、小山少年は一次試験を突破することが出来なかったんだよ。本人はかなり自信があったみたいだけどね」
「……小山が不合格?」
「そう。合否の基準は教えられないけど、小山少年は学苑の特待制度を受けるに値しないと判断されたんだ」
受かる者がいれば落ちる者もいる。当然のことだ。それなのに……どうして俺は小山に対してその可能性を考えることが出来なかったんだろう。
「一応言っておくけど、この件で透が負い目を感じる必要は全くない。そこだけは勘違いしないようにね」
これから東野は、小山が犯人だと断定できる理由を説明してくれるそうだ。
どんな事情があろうが、他人の持ち物をめちゃくちゃにしていいはずがない。それに、受験票が無ければ試験が受けられなくなって、俺も不合格になってしまう。
驚き、怒り、悲しみ……様々な感情が一気に押し寄せてくる。頭が痛い。これから俺はどうしたらいいのだろう。