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鴉
のような黒い髪の少女は小さく息をつくと、「じゃあ一つだけ」と言って顔をあげました。
「私のことどう思ってるんですか?」
「んーっと……かわいいと思うよ」
「そういうことを訊いたんじゃありません!」
顔を真っ赤にしたプラカを見て、マガリは首を傾げます。
(どうして怒られちゃったのかしら?)
しばらく考え込んでみたものの、結局答えが出ないまま、マガリは質問の意図を問い直しました。
「えっとそれってどういう意味なのかな?」
「だから……私がこんなこと言うのも変かもしれないですけど、私はあなたが好きなんですよ! なのに他の人とばかり仲良くされてたら腹が立ちますし寂しいですよ! それをわかってほしいんです!」
そこまで一気にまくしたてると、肩で息をしながら、涙を浮かべたままうつむいてしまいました。
一方、マガリはといえばきょとんとした様子で目をぱちくりさせていましたが、やがてふわっと笑顔になると、ゆっくりと手を伸ばしていきます。
そのままぎゅっと抱きしめると、耳元で囁きました。
「ねぇプラちゃん、大好きだよ」
◆◆◆
それから数秒後、「ふぅ」とため息をつくと観念したように口を開きました。
「じゃあ一つだけ……どうして私がお兄様のことが好きじゃないのか聞いてもいいですか?」
「それは……もちろんいいけど」
プラカの言葉を受けて、マガリは自分の心の中にわだかまっていた疑問を口にしました。
「だってプラカちゃんのお姉さん、すごく美人だったんでしょう? なのに何にも言わずに出ていったりなんてしないと思うんだけど」
それは確かに真実ではありました。
しかし、事実とは必ずしも正しいとは限らないもの。
「……お姉さまはとても優しい方だから、きっとぼくのことを気遣ってくれたんだと思うんです」
プラカはぽつりと語り始めました。
「ぼくとお姉さまは本当に仲の良い姉弟でした。いえ、今でももちろん仲良しだと胸を張って言えます。けれど、やっぱり歳を重ねるにつれて、少しずつ変わっていく部分もあって……。特に最近はお互いに忙しくなってなかなか一緒にいられないことが多かったんです。会える時間が少なくなっていくうちにだんだん寂しい気持ちが強くなっていったんだと思います」
「それで家を出たくなったってことかな」
「はい。お母様も賛成してくれていましたし、ちょうどその頃には学園の入学試験があったので、それに受かったら一人暮らしをしてみようと思って勉強をしていたんです」
それがプラカの姉である、ミウとの会話の最後の記憶なのだと言います。
その時に聞いた言葉を思い出して、プラカの目じりには涙が浮かんできました。
『ねぇプラカ。あなたはまだ小さいんだから無理することなんてないのよ』
『でも、早く一人前になりたいんです!』
『うーん、別に急いで大人になる必要はないんじゃない?』
『どうしてですか! ぼくは立派な魔法使いになりたいんですよ!』
『立派じゃなくてもいいじゃない。プラカはそのままで十分かわいいんだから』
『かわっ!? ぼ、僕は男ですよ!』
『あら、そうだとしても私の弟であることに変わりはないわ。むしろ、かわいくて当然でしょう?』
「わ、私は別に気にしてませんから……それよりあなたこそどうなのかしら?」
「えっ、何のことかな?」
「この前の放課後、私のことを呼び出したりしていたじゃない。あれってどういう意味だったのかなって」
「それは……」
プラカの言葉を聞いた瞬間、マガリの顔が一気に赤く染まる。
うつむいた彼女はしばらく無言になったあと、ゆっくりと顔を上げてこう告げました。
「……わからない」
「はい?」
「だから……全然わからないんだよ! キミが何を言いたかったのか!」
「じゃあさ……本当に何もなかったら私の目をちゃんと見てくれるかな?」
「それはっ……」
マガリの言葉に対してプラカはすぐに答えることができません。
ただでさえ気まずかった空気はさらに悪化していきます。
しばらくの間沈黙が続き、やがて観念したようにプラカは口を開きました。
「……ボクにもわかんないんですよ」
ぽつり、とこぼすようにして言葉を続けていきます。
「私は別に気にしていないんです」
「本当に? 怒ってない?」
「だから怒っていないと言っているじゃないですか!」
急に大きな声を出したプラカにびっくりしながらも、マガリは続けます。
「じゃあさ、どうして最近あんまり話しかけてきてくれないの?」
「それは……あなたと話しても仕方がないと思っているだけで」
「ねぇ、わたしのこと嫌いになったの?」
「違います! ただ……」
勢いに任せて言ってしまいそうになった言葉を呑み込んで、プラカは顔をうつむかせてしまいました。
「じゃあさ……とりあえず、これ食べようよ」
するとマガリは鞄の中から紙袋を取り出しました。
中にはクッキーが入っているのですが、どう見ても手作りです。
「どうしてクッキーなんて持ってきたんですか?」
「こういう時のために作ってきたんだよ。だからほら、遠慮しないで」
「こんなことされたら断れないじゃないですか」
苦笑いを浮かべながらもプラカはおずおずといった様子でクッキーに手を伸ばしていきます。口に運ぶとサクッとした歯ざわりとともにバターの香りが広がりました。
「おいしいですね」
「よかった」
「……」
「……」
それからしばらく、二人は黙ったままお互いの顔を見つめていました。
しかしそれは気まずさや緊張のようなものではありません。むしろ穏やかさと安らぎを感じさせる空気感に包まれています。
ふと、プラカの目元が緩みました。
「やっぱり、先輩には敵わないですよ」
「えっ……何のこと?」
「いえ、なんでもありません」
くすっと笑った後、プラカは口を開きます。
「実は今日ここにきた理由はもう一つあるんですよ」
「ん?どうしたの?」
「いえ……なんでもありません」
「そっかー。じゃあ、これからはちゃんと話してくれるかな?」
「それは……」
「お願いだから、何でもいいから言って欲しいな」
「本当に何もないんです! 私は……あなたが悪いなんて思ってません!」
突然声を荒らげたプラカ。
しかし、マガリはそれを気に留めることもなく言葉を続けていきます。
「じゃあさ、私の話を聞こうと思ってくれたりしない?」
「本当に何もありませんってば!」
「そっかぁ……じゃあさ」
そういうと、マガリは自分の制服に手をかけ始めます。上着を脱ぎ、スカートのホックを外すとストンという音とともに床に落ちてしまいました。ブラジャーとショーツだけになったその姿は、まだ成長途中の体ではありますが女の子らしさを感じさせるものです。
「何してるんですか!?」
思わず声を上げてしまうプラカ。しかし、すぐに自分が大きな声でしゃべることを禁じられていることを思い出して口を手で押さえました。
「ほら、見てよ。こんな格好で男子の前に出ちゃったんだよ? しかも君の前でさ」
マガリの顔がかすかに赤く染まっているように見えました。それは恥ずかしさゆえなのか怒りのためなのか、それともまた別の理由によるものなのかは分かりません。
「だから、許してくれるなら……なんでも言うこと聞くよ」
「……どうしてそこまでするんですか?」
「ん~、なんていうかさ……やっぱり、悪いなって思うからかな」
「……っ! 私は……別に気にしていません!」
「そっかー。じゃあこれから仲良くできるかな?」
「それは……」
「わたしのこと嫌いになったわけじゃないなら、仲直りしようよ。ダメかな?」
「……はい」
それからしばらく二人は黙ったまま、それぞれの時間を過ごしていました。
(やっぱり、この人は苦手だ)
いつものようにニコニコしている目の前の少女を見つめながらプラカは思います。
正直、どうして自分がこんなところに来てしまったのか分かりませんでした。最初は無視しようと決めていたはずなのに、気が付けば彼女についてきてしまっていたのです。
彼女のことが気になっていたということもあるでしょう。しかしそれ以上に、自分の中にある”罪悪感のようなもの”が彼女を拒絶することをためらわせていたのでしょう。
彼女は何も悪くないというのに。悪いのは自分の方だという自覚があるからこそ、どうにかして謝りたかったのです。しかし、なかなか踏ん切りをつけることができません。
結局、先に口を開いたのはプラカの方でした。
「……じゃあ一つだけ聞かせてください」
「何でも言って!」
勢い込んで言うマガリに対し、プラカはしばらくためらうように黙っていましたがやがてゆっくりと話し始めました。
「あなたにとって私は何ですか?」
「えっと……」
予想外の質問だったのか、言葉を探しあぐねるプラカでしたが、やがて観念したように小さくため息をつくと口を開きました。
「じゃあ……一つだけ」
「なんでも言って!」
「あまり僕たちにかかわるのをやめてもらえませんか?」
「それは……どうして?」
「どうしてもこうしてもありませんよ! あなたのせいで僕らは大変な目に合っているんです! だから――」
「私が迷惑かけてるのはわかってるけど……私は君たちと仲良くなりたくて……」
「ならなおさらですよっ!!」
声を出さずに唇だけを動かしながら、ぽつりぽつりと話し始めました。
「じゃあ……一つ聞いてもいいですか?」
「なんでもどうぞ」
「どうして先輩たちはあんなことをするんですかね?」
「それは……」
「正直、わたしはもう嫌ですよ……こんな気持ちになるならいっそ――」
「それ以上言ったら怒るよ」
鋭い声でマガリはプラカの言葉を止めさせます。
いつも朗らかな笑顔を浮かべていることの多い彼女の強いまなざしに、思わず気圧されてしまうプラカでしたが、すぐに目を伏せてしまいます。
「わかってます……本当は、わたしだってわかってるんですよ……」
「だったら――」
「でも、わからないんです!」
感情を抑えきれず、プラカは大きな声を出してしまうのですが、すぐにハッとした顔になり、「すいません……」と言って顔をうつむかせてしまいます。
しばらくの間沈黙が流れますが、やがて意を決したようにプラカは再び口を開きました。
「実は……わたしのお姉ちゃんって有名な女優さんなんですよ」
「お姉さんがいるっていう話は前に聞いたことがあるけど」
「はい。わたしと違って明るくて美人なお姉ちゃなんですよ……去年あたりからはドラマにもちょこっと出るようになってきて、ますます人気が出て……」
そこまで言って、プラカは言葉を詰まらせてしまいます。
おそらく彼女自身、自分の口から言うべき内容ではないと思ってしまったのでしょう。けれど、彼女が言わずにいることを許してくれるはずもなく