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夏
だというのにひんやりとした空気が流れる沈黙の時間が流れていきました。やがて耐えられなくなったのか、先に口を開いたのはプラカの方でした。
「じゃあ……一つだけお願いがあるんですけど」
「うん! 何でも言って!」
勢い込んで答えるマガリに、プラカは少し躊躇ったあと、小さな声でささやくように告げました。
「……お姉さまのこと、嫌いにならないでください」
それはあまりにも意外な言葉だったので、マガリは一瞬何を言われたのか理解できませんでした。
「……えっ?」
ようやく出てきた声にも困惑の色がありありと表れていました。
しかし、その反応こそがプラカにとっては最も望まないものでしょう。
彼女は意を決するように大きく息を吸い込み、続けました。
「実は、わたしのお姉ちゃん、今年で卒業することになっていて……だから来年の春にはこの学園をやめてしまう予定なんです」
「そうなんだ……」
「はい。何もありません」
「そっか……ならよかった」
「はい」
そこで会話が途切れてしまいました。
しばらくの間、二人はお互いの顔を見つめ合ったまま固まっていましたが、先に口を開いたのはプラカでした。
「あの、どうしてそこまでしつこく聞いてくるんですか?」
「んー? それはやっぱり気になるからかなぁ」
「気にしない方がいいですよ。きっと後悔することになります」
「じゃあさ、プラカちゃんは何を隠してるの?」
「えっ!?」
不意打ちを食らったように驚きの声を上げてしまうプラカ。
マガリはさらに言葉を続けていきます。
「プラカちゃんは私が何を考えているのかわからないって言ってたけど、私はプラカちゃんが何を考えてるかわかんないよ」
「…………」
「ねぇ、教えてくれない? 何があったのか」
しばらく沈黙が続いた後、プラカはぽつりと話し始めました。
「……実はわたし、好きな人が出来たんです」
「え! 誰々!」
「同じクラスの男の子なんだけど……」
それから彼女は、ぽつりぽつりと語り出しました。
自分の気持ちに気付いたきっかけのこと。
自分と同じ趣味を持つ相手だということ。
そして――告白しようと決意したこと。
「でも……わたし、今まで人を好きになったことがなかったからどうすればいいのかわからなくて」
マガリは黙って話を聞いていたのですが、ふと思い立ったかのように立ち上がりました。
「マガリさん?」
「それは……やっぱり少しはあるかもしれませんけど」
「やっぱり……」
悲しげな声を出すマガリに、プラカは慌てて手を振りました。
「ちっ違います! そういう意味じゃありません!」
「えっと……どういうこと?」
首を傾げるマガリに向かってプラカはゆっくりと口を開きました。
「確かに私は、昨日の放課後、あなたにひどいことを言ってしまいました。私が勝手に誤解していただけなのに、それを一方的に押し付けるような形で」
「別に気にしてないけど……」
「いえ、ここは私の気が済みません。それに……」
「それに?」
「このままだと、これから先もきっと同じようなことがあると思うんです。だからこの際ハッキリさせておいた方がいいと思って」
そこで言葉を切って大きく息を吸ったあと、意を決したように続けました。
「実は私、女の子が好きなんだと思います」
「……そっか」
「はい」
プラカの言葉を聞いたマガリの反応はとても淡白なものでした。まるで最初からわかっていたかのようにあっさりとした態度です。むしろプラカの方が戸惑ってしまうほどでした。
「えっと、驚かれないんですか?」
「うん。前に聞いたときより落ち着いていたから」
「以前、お話ししたときのことを覚えていらっしゃるんですか!?」
驚きの声を上げるプラカに対して、今度はマガリが目を丸くしました。
「覚えてるよ。というか忘れないよ。あんなこと言われたの初めてだったし」
「あっあれはその……」
「ふふ」
しかし、マガリは微笑みを浮かべると、ゆっくりと近づいていきます。
そしてそのまま手を伸ばせば届く距離まで近づくと、耳元でささやくように言いました。
「じゃあさ、今ここで言ってみてよ。わたしのことどう思ってるか」
「それはっ……」
「ほら、やっぱり言えないんでしょ? だったら」
今度は正面から、顔を寄せていきます。
「んむぅ!?」
唇と唇がくっつき合う感触。
驚きの声を上げるために開いた口の中に舌を差し込み、歯の裏側や頬の内側をなぞるように舐めてあげます。しばらく続けているうちにプラカの抵抗が弱まってきたところで、口を離しました。
「ぷはっ……ちょ、ちょっと待ってください! いきなりこんなことされても困ります!」
「だって、わたしの気持ちを知りたくないっていうんだもん。だからこうすればわかるかなって」
「そ、それとこれとは違うじゃないですか!」
「違わないよ」
再び顔を近づけていくと、プラカはあわてた様子で後ずさろうとします。しかし、背中はすぐに壁につき当たってしまいます。逃げ場を失った少女の身体に手を伸ばし、制服の上着を脱がせると、その下に来ていたシャツをめくってお腹に直接触れます。
「ひゃあっ」
突然の刺激に驚いた声を上げてしまいます。しかしその程度で動きを止めることはなく、手探りでブラジャーのホックを外すと、指先で直接肌に触れ始めました。
「だめ……こんな場所で……ダメですよぉ」
「本当にイヤならもっと強く拒否できるはずだよ?」
「……」
しばらく無言のまま時間が過ぎていきます。その間にマガリは教科書を読みふけっていました。
やがて、「やっぱり言えないんです……ごめんなさい」と言い残して立ち去ろうとするプラカの腕をつかんで引き留めると、マガリは自分の方を振り向かせようとしました。しかし、彼女は頑として振り向こうとしません。
すると今度は、逆にプラカの方がマガリの手を掴み返してきて、
「お願いだから行かせてください!」
強い口調で懇願してくるのです。
思わず気圧されたマガリは掴んでいた手を離してしまいました。
それからすぐに逃げ出そうと駆け出したプラカの背中に向かってマガリは叫びました。
「待って! どうして逃げるの!?」
プラカは振り返りませんでした。そのまま走り去っていきます。
マガリはその後ろ姿を見送るだけで何もできずに立ち尽くしているだけです。
やがて、廊下の向こうから聞こえてきた足音に我を取り戻したマガリは、慌ててその場を離れました。一人残されたマガリの寂しさを考えれば、少しくらい責められた方が気が楽になるというものです。しかし、マガリはその言葉を口にすることなく、代わりに別の言葉を告げます。
「ねぇ、プラちゃん。やっぱりわたしのこと許せないかな?」
「それは……」
「別に怒ってもいいんだよ? わたし、怒られて当然のことをしているんだもん」
「だから、私は怒ってなんて……!」
そこで、ようやくプラカは大きな声を上げました。
しかし、すぐに我を取り戻したのか顔を真っ赤にし、「すいません」と小さく謝りました。
「その……正直言って、まだちょっと怒りはあると思います。いきなりだったんでびっくりしましたし……それに、先輩の言うとおり、本当に私のことを好きでいてくれるならどうしてあんなことを言ったのかなって思いました。……でも」
プラカは大きく息をつくと、まっすぐマガリを見つめ返して続けます。
「でもやっぱり悪いことをしたら謝らないと」
「だからもうわかったんですってば!」
苛立ちを含んだ声を上げるプラカ。
彼女は自分が今どんな顔をしているのか気づいているのでしょうか。マガリは少し心配になりました。
「それに、先輩だって本当はわかっていたんじゃないですか? 私がわざとやったって」
「それは……わからないけど」
「じゃあさ、一つだけお願いがあるんだけど聞いてくれるかな?」
「……何?」
「これから私が話すことを誰にも言わないでほしいの」
真剣なまなざしを浮かべてマガリは言いました。
対するプラカもまた、まっすぐな瞳を向け返します。
「どうして?」
「どうしても。約束してくれるなら言うよ」
「わかったわ」
二人は指切りをして、それから話をすることにしました。
その内容は、他愛のないものでした。
例えば好きな食べ物の話だとか、どんな人がタイプなのかという質問だったり。そういったものをお互いに話し合って、最後にマガリは自分の気持ちを伝えることにしました。
「わたしね、あなたのことが好きだよ」
マガリの言葉を聞いた瞬間、プラカの顔色は変わりました。青くなったり赤くなったりと忙しく変化していきます。
「そういう冗談はよくありません!」
「違うよ! 私は本気であなたが好きなんだもん!」
思わず声が大きくなってしまって、慌てて口を押さえると今度は小声で続けます。
「そりゃ確かに……最初は好きじゃなかったかもしれないけど、今は本当に大好きだから……だから、遠慮なんてしないでなんでも言って欲しいんだよ」
それは偽らざる本心からの言葉でした。
自分よりも年上でしっかりしていると思っていた女の子は、どうにも自分に自信がない様子だったのです。
自分がどんな人間なのか、ちゃんと理解していないのではないか、とさえ思えてきてしまうほどでした。
「……なら、一つだけ聞いてもいいかな?」
しばらくの沈黙の後、プラカが尋ねます。
「なーに? 何でも答えるよっ」
「どうして私のことが好きなのか聞かせて欲しいんだ」
その質問に対して、マガリはすぐに答えられませんでした。
なぜ自分のことを好きになったのか? その理由を考えてみるとすぐに思い当たることがありました。
「それはやっぱり笑顔だよ」
「笑顔?」
「うん。初めて会った時から、あなたはいつも笑っていたから」
入学式の日に見かけた時から、彼女の笑顔はとても輝いていました。そして、その後も何度か同じようなやりとりを繰り返した後、ついに観念しました。
「じゃあ一つだけ……」
「何でも言って!」
勢い込むマガリに対して、プラカは少しためらいながらも口を開きました。
「どうして……」
「ん?」
「どうしてあなたはそこまでしてくれるんですか?」
それは、この数日間の間何度も繰り返してきた問いでした。
最初は自分のことを気遣ってくれているのかと思っていましたが、どうにもそれだけではないように思えて仕方がなかったのです。
「どうしてって言われても……普通だよ?」
「普通の人は、こんな風に他人の問題に首を突っ込んだりしないと思います」
「それは……確かにそうだね」
「それに、この間だってわざわざ放課後まで残って手伝ってくれましたよね?」
「うん」
「どうしてそこまでできるんですか?」
「どうしてと言われても……やっぱり困っちゃうんだけど……」
「それなら、私が何をしても平然としていた方がいいんじゃないですか?」
「そっちの方がよかった?」
「いえ、そういうわけじゃないですけど……」
むしろ、今のような状況になった方が迷惑をかけられずに済むのではないか?という気持ちさえ湧き上がってくるのですが、しかしそれは口に出さず飲み込みます。
「本当に何もありませんから……気にしないでください」