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「天莉」
脱衣所まで連れ込んだ天莉をそっと床に下ろした尽は、せっかく捕らえた〝獲物〟を逃がさないよう真正面からぎゅっと抱きしめた。
「あのっ、尽さんっ。私、ホントに酔ってなんか」
往生際悪く言い募る天莉が可愛くて、尽は目の前でくるくると百面相をする生き物を、もっともっといじめてみたくなる。
「さん、も要らないって言わなかった?」
言いながら天莉の背中に回した腕を、そっとカーディガンの裾口から内側へ忍ばせる。
ワンピース越し、背骨に沿って天莉の背中を何度も何度も指先でくすぐりながら、本人に気づかれないように背面のファスナーに手をかけた。
一番上のところがホック留めになっているから、ファスナーを全て下ろしたところでそう簡単には気付かれないことを尽は計算づくで。
まるで先程からしているように背中を撫でる調子でファスナーをジーッと下まで全部下ろしてしまった。
「でもっ」
カーディガンで進行する尽の悪行も知らないで、天莉は会話に気を取られている。
天莉のそういう真っ直ぐなところが、尽にはたまらなく可愛く思えて……。同時に何て危なっかしいんだろうと心配になった。
(まぁ、今回は相手が俺だったから良かったようなものの)
などと天莉が知ったら『何にもよくありません!』と全力で否定してきそうなことを考えて、尽は一人ほくそ笑む。
「伊藤さんも常、……えっと、……あなたのことをプライベートでは〝尽〟って呼んでいらっしゃいますよね? お会いしたことはないですが……璃杜さんも幼なじみだって話ですし……もしかして彼女からもそう呼ばれていらっしゃるんじゃないですか?」
常務、と言いかけて〝あなた〟と言い換えられたのが、何だか夫婦みたいでいいなと思ってしまった尽だ。
「ん? ――まぁ確かにそうだね。なぁに? もしかして天莉はそれが気になるの?」
尽がじっと見つめると、天莉は少しだけ逡巡する素振りを見せてから、「せっかくお付き合いすることになれたのに……みんなと同じ呼び方は嫌だなって思っただけです……」と、愛らしい唇を小さく尖らせて見せる。
(可愛すぎるだろ)
その拗ねたような表情と、天莉にしては珍しくワガママを言う姿が物凄く魅力的で、尽は控えめに突き出された天莉の唇を優しく食んだ。
「ひゃんっ」
拗ねていると意思表示をしたのに、まさかそんなことをされるだなんて思っていなかったんだろう。
びっくりしたように身体を跳ねさせた天莉の後頭部をしっかり押さえ付けると、尽は口付けを深くした。
「ふ、ぁ、……っ」
そうしながら、ファスナーを下ろす任務を成功させたばかりの手を、今度は天莉の肩口へと移動させる。
尽は彼女がワンピースの上に羽織っていたカーディガンの左肩を器用に肩から落としてしまうと、まろみを帯びた天莉の肩のラインを確認するみたいにスリスリと指先でなぞった。
「やぁんっ」
途端キスから逃れた天莉が、抗議の声を上げるから。
「風呂へ入るんだ。どうせ全部脱ぐだろう?」
露わになった天莉の肩へ吸い寄せられるように唇を寄せてつぶやけば、天莉が真っ赤になって尽を押し戻そうとした。
だけど非力な天莉の力では、尽を押し除けることなんて到底敵わないのだ。
「天莉はどこもかしこも良い匂いがするね」
言いながら、尽がわざと天莉に聞こえるようチュッと湿ったリップ音を立てて鎖骨へ口付けを落すから。
天莉は恥ずかしそうにギュッと身体を縮こまらせてその刺激を逃そうと頑張った。
「……尽さんっ、ダメぇっ」
こんな時でさえも――。
あくまでも〝さん付け〟したいらしい天莉に、「呼び捨ては、そんなに嫌?」と聞いてみたくなった尽だ。
「みんなと一緒がイヤなだけなの……。私だけの呼び方が〝尽さん〟しか思いつけなかっただけです。何かもう……色々とワガママでごめんなさい……」
だが、真っ赤な顔をした天莉から返ってきた言葉が余りに愛しくて、尽は思わず彼女を攻めるのも忘れて顔を上げた。
「ねぇ天莉。だったら俺のこと〝尽くん〟って呼んでみない? その方が何か甘ったるくて……くる」
言って、熱を帯び始めた下腹部を天莉の身体にギュッと押し付けるようにして言ったら、
「やんっ。尽く、んの、バカぁ……! 意地悪っ! エッチ!」
涙目で睨まれても、尽は天莉から呼ばれる〝尽くん〟が思いのほか良いなと思って。
正直他が入ってこなかった。
そう、天莉に押し付けた下腹部に色々とさわりが生じてしまう程度には、本気で〝快かった〟のだ――。
***
抱きしめてくる尽の下腹部に熱い昂りを感じた天莉は、どうしたらいいのか分からなくなる。
五年もの間、横野博視と付き合っていたのだ。
もちろん、そういう経験がないわけではない。
けれど博視とはここ数年エッチな雰囲気にはならなかったし、ましてや博視が初カレだった天莉には、博視以外との男性経験はない。
そういう諸々を差し引いたり掛け合わせたり……。
頭の中で散々持ち得る限りの性の知識をこねくり回してみたけれど、いざ目の前にいる超絶ハンサムな〝尽と〟そう言うことをするんだと思ったら、天莉は妙に照れてしまった。
だいたい尽みたいな雲上人が、自分に覆い被さるところなんて想像がつかない。
(そもそも常務ってトイレ行くの!?)
何と、天莉の中で尽の位置づけはそこからなのだ。
およそ生物として営むようなアレやコレやが皆目見当もつかない相手。
それが高嶺尽なわけで。
(この家にトイレがあるのは知ってるし……一緒にご飯食べたりしてるんだから絶対排泄だって人並みにしてるはずっていうのは分かってるのよ)
今日実家に帰省した際、高速のサービスエリアで天莉のためにトイレ休憩を取ってくれた時、きっと尽だってトイレへ行ったはずだ。
そう。理屈では理解しているのだ。
でも――。
タイミングが合わないのか、天莉がリビングや台所にいる時に、尽がトイレを使うところを見たことがなかったから。
(わ、私もっ。彼がいる時は行かないようにしてるけどっ)
博視みたいに、尽は天莉の前でオナラもゲップもしないから、基本男性の基準が博視ありきの天莉には尽のことが推し量れなくて戸惑ってしまう。
つい先ほどまでなどは勝手に、尽は服を脱いだら実は下半身が子供の頃に遊んだお人形さんみたいにツルンとして何もないのでは?とすら思っていた天莉だ。
ので――。
今、自分の太ももに押し付けられている尽の興奮の正体が天莉にはイマイチぴんときていない。
(高嶺常務も……私にあんな痛いことするの?)
天莉の恥ずかしいところを傍若無人に引き裂いて無理矢理隘路をこじ開けて侵入する博視の行為は、いつだって自己本位で、ただただ痛くて早く終わって欲しい苦行に過ぎなかった。
(私、エッチが気持ちいいなんて思ったことないよ?)
それで尽の腕の中。
思いっきりジタバタしながらバカだの意地悪だのエッチだの言って、彼を散々罵って『まだ早いです』と牽制してみたのだけれど。
「ねぇ天莉。……もう一回〝尽くん〟って呼んでみて?」
どうやら尽は天莉が発した〝尽くん〟がいたく気に入ってしまったらしい。
「い、イヤですっ」
何だかそれをもう一度口にしてしまったら一気に身ぐるみを剥がされてしまいそうな危機感を覚えてしまった天莉だ。
「ね、天莉、お願いだから」
なのに、このタイミングで大型犬・甘えん坊モードを使ってくるとか、尽は本当にずるい。
天莉は尽のおねだりに滅法弱いと自覚しているのに。
天莉を手中に収めたまま。本当は力づくで何とでも出来るだろうに尽はそんなことしない。
代わりに、幻の垂れ耳とふさふさ尻尾を携えて、キューンと媚びながら天莉を見下ろすようにして懇願してくるのだ。
その顔に思わず毒気を抜かれて力を抜いた天莉の右肩から、引っ掛かっていたカーディガンがするりと抜き取られてしまった。
「えっ」
急に寒くなった両肩に驚きの声を上げる天莉をよそに、尽はそれを脱衣カゴへ器用に放り投げて、当然の権利みたいに天莉の首筋にスリスリと鼻先を擦り付けてくる。
「や、んっ、それ……くすぐったい。や、めてっ」
くすぐったい、と口では言って首をすくめてみたものの、実はそれだけではなく背中をぞくぞくと言いようのない快感が這い上ってくるようで、天莉は未知のその感覚が怖くて堪らなくて。
懸命に尽から離れようともがいた。
「やめて欲しかったら……ほら、俺の望みを叶えて? それを交換条件に止めさせたらいいと思わない?」
カリッと耳朶を甘噛みされた天莉はビクッと身体を撥ねさせて、熱に潤んだ瞳で尽を見上げた。