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それを合図にしたみたいに腰を抱く腕に力を込められて、天莉は身動きもままならないまま尽の背中をペシペシと叩くことしか出来なくなってしまう。
こうなってしまっては、尽が唆しているように、天莉の身体の中で今自由に動けるのは唇のみに思えてきた。
「ほら、この可愛い口で……『尽くん、やめて? お願い』って言うだけだよ? 簡単だろう?」
「あ、じ、ん……くん、……やっ……、んんっ!」
ならば、と尽の言う通りにしてしまおうと口を開いた天莉だったのだけれど。
彼が望むまま「尽くん」と呼び掛けて、「やめて」と続けようとするたび、まるで狙ったみたいにゾクリと身体が粟立つ箇所へピンポイントで舌を這わせてくるとか。
わざとやっているとしか思えない。
「天莉は鎖骨に触れられるのが好きなんだね」
ふっと笑いながらそこへツツツ、と濡れた舌を這わせて、ついでのようにふぅーっと息を吐きかけてくるとか。
「……意、地悪っ」
好きとか嫌いとか……天莉にはよく分からない。
だけどそこに触れられるたび、鎖骨からくすぐったいような痺れるような、何とも言えない感覚が身体を支配していくのは分かった。
さっきから背中に回された腕が首筋から背筋に添って腰の辺りまで何度も何度も行き来するのもその刺激に拍車を掛けてくる。
(ダメッ。これ以上されたら私、声がっ……)
天莉は感じていると表現してしまうことを、はしたなくていけないことだと思っているのに、まるでそこを突き崩したいみたいに振る舞ってくるとか。
尽はなんて意地悪なんだろう。
「ん? なんだ、今頃分かったの? 男は好きな女の子には意地悪な生き物なんだよ、天莉」
ククッと嬉し気に笑う声がして……次の瞬間。
「えっ」
天莉の両肩を尽の両手のひらがスッと撫でたと同時、何故かワンピースがストンと落ちて、天莉の足元でドレープを作ってしまう。
「な、んでっ?」
今や天莉は胸元と裾にレースがあしらわれた白のスリップと、上下揃いの薄桃色のブラジャーとショーツのみ。
余りのことに悲鳴すら上げるのを忘れて、尽を見上げたまま呆然と立ち尽くしてしまった天莉だ。
「ん? 何故って……風呂に入るからに決まっているだろう? 何度同じことを言わせるの?」
――そ、そういう意味じゃないっ!
すぐさま反論しようとした天莉だったけれど、当然のように背中に回された尽の手に、スリップ越し。パチンとブラジャーのホックを外されて、抗議の言葉を発することも出来ないまま声にならない悲鳴を上げた。
緩んだ下着をすぐさま押さえたいのに、尽にきつく抱きしめられたままではそれもままならないではないか。
そればかりか……。
「ねぇ天莉、選んで? 俺が先に入って待っておくのがいい? それとも天莉が先に入って俺を待つ?」
「なっ!」
何の話ですか!?と聞きたいけれど、天莉の戸惑いなんて想定の範囲内なんだろう。
尽は天莉の様子などお構いなしで楽し気に続けるのだ。
「――ああ、もちろん。ここで二人裸になって、仲良く一緒に入ると言う第三の選択肢もあるよ? ――その場合は俺が天莉を抱き上げて洗い場まで運んであげるのも悪くないね」
要するに、どう転んでも〝一緒に入浴する〟以外の選択肢はないと言いたいらしい。
「あ、あのっ。じ、んく……あ、アナタがお風呂から出た後に私が入ると言う第四の選択肢は」
何気なく〝尽くん〟と呼び掛けようとして、それは尽の中のHなスイッチを押すトリガーになると学んだ天莉は、あえて〝あなた〟とぎこちなく呼び直して自分にとっての最適解を提示したのだけれど。
「おや? さっき言わなかったかね? 酔った天莉を一人で入浴させるのは危険だから出来ない、と」
「だからっ。もう酔ってなんかい、ひゃぁっ!」
酔ってなどいないと言い切りたかったのに、わざとだろう。
尽が絶妙のタイミングで天莉の耳孔にふぅっと吐息を吐き掛けてくるから。
天莉は言葉半ばで声を上ずらせてしまった。
「ほらね? 今もしっかりと挙動不審だ」
「そっ! それは常務がっ!」
必死に尽の詭弁に対抗しようと口を開いた天莉に、尽が「はぁー」とあからさまに大きく吐息を落とすと、まるで天莉がいけないみたいに眼鏡の奥から心底困ったように眉根を寄せて見せる。
「……ホント、キミはどれだけ俺にお仕置きされたいの?」
わざとらしく「優しくしたいのに……」とどこか嬉し気に付け加えてくるその言動からして、絶対今の困り顔もポーズに違いないと天莉にも分かっているのに。
何を言っても尽のペース。
何ひとつ思い通りになんてなりそうにない。
「じっ、尽くんの意地悪っ」
結局堂々巡り。
さっき尽から「その通りだよ」と悪びれた様子もなく肯定された非難を再度口の端に乗せて尽の腕の中。天莉はキッと尽を睨み上げた。
「決めた」
だが、その反抗的な態度がいけなかったんだろうか。
尽はクスッと笑うと、眼鏡を洗面化粧台の上に置いて、「優柔不断な天莉に代わって俺が決めてやろう」と意味不明なことを言い始める。
「ふぇっ!?」
キョトンと尽を見上げる天莉に、眼鏡を外してもそれほど支障はないのだろうか。
尽がニヤリと笑うと、「第三の選択肢を決行するとしよう」と、高らかに宣言した。
***
そこからはもう天莉の抵抗なんてどこ吹く風。
尽は器用に天莉を生まれたままの姿に剥いてしまうと、自分は着衣のまま天莉と向き合った。
「ヤダっ、尽くっ、な、んでっ!?」
「だって天莉、俺が服を脱ぎ始めたら逃げようとか思ってただろ?」
「――っ!」
天莉の性格からしてきっとそうだろうな?と推測して動いたのだが、尽の指摘に見開かれた天莉の双眸が、『何で分かったの!?』と語り掛けてくるようで、思わず笑ってしまった尽だ。
(可愛すぎだろ、天莉)
「俺はね、別にあとから一人で入り直してもいいんだ。だから――」
真っ裸の天莉をじっと見つめていたい気持ちはある。
だけどあんまり追い詰めたら可哀想だな?とも思って。
尽はいつも愛用している今治の肌触りの良いフェイスタオルを一枚天莉に手渡すと、にっこり微笑んだ。
「何もないのは気持ち的にしんどいだろう?」
(まぁ、タオルの一枚や二枚、その気になれば何とでも出来るしね)
などと心の中で思っていることはおくびにも出さず――。
天莉は、尽の手渡したフェイスタオルをまるで最後の縁ででもあるかのように胸前で抱き締めると、零れ落ちそうにたわわな胸を隠すみたいにぎゅっと押さえつけた。
その様が、今すぐ抱きしめたくなるほど可愛いと思ってしまった尽だ。
長辺がおよそ八〇センチ足らずのタオルの端っこは、足の付け根下数センチの辺りまで天莉の身体を隠している。
その、見えそうで見えない感じと、天莉の泣きそうな小動物みたいな表情が、尽の加虐心に燃料を投下した。
そうして言うまでもないが、今の天莉、後ろはノーガード。
実際目の前の尽からは、懸命にタオルで身体を隠す天莉の滑らかな肩の曲線や双翼のような肩甲骨、キュッと可愛らしく持ち上がった、まろみを帯びたお尻に繋がるであろう綺麗にくびれた腰のラインまで、鏡越しにバッチリ見えていたりする。
だが、洗面化粧台に背中を向けている天莉はそのことに気付いていないらしい。
恥ずかしそうに視線をうつむけて、一生懸命尽と対面している前ばかりを隠そうとしているのが、基本いつもは完璧な天莉の抜けたところを露呈しているようで、尽には愛しくてたまらないのだ。
「――さぁ、行こうか」
尽は今すぐにでも虐めてしまいたくなる衝動を懸命に押し殺しながら天莉に呼び掛けると、スーツのジャケットだけ脱ぎ捨てて先の宣言通り否応なく天莉を横抱きに抱き上げる。
と、背中や膝裏に触れる尽の手の感触で背面が丸出しなことに、さしもの天莉も思い至ったらしい。
それでも懸命にタオルをずり落ちないよう両手で押さえるので一杯一杯らしく、真っ赤な顔をしながら「ヤダッ。尽くっ、私自分で歩けるっ」とかジタバタするのが、往生際が悪くていいなと思ってしまった尽だ。
***
尽は天莉を一旦洗い場に立たせると、わざと入り口をふさぐようにして立って。
所在なく立ち尽くす天莉をじっと見詰めながらワイシャツの両そで口を肘付近まで器用にまくる。
ついでにスラックスの裾もほんの少し折り返すと、靴下を脱ぎ捨てた。
普段から天莉が綺麗にしてくれている風呂場は、元々換気もよいので水でも流さない限り風呂床は濡れていない。
靴下のまま風呂場に足を踏み入れた尽だったけれど、濡れたりしていない靴下はスムーズに脱ぐことが出来た。
それを、ほんの少し風呂場の入り口を開けて外へ放り投げると、「待たせたね」とにっこり微笑んで見せる。
天莉も薄々勘付いているようだが、尽は眼鏡がなくてもさして困らない。
ばかりか、裸眼でも両目ともに一.五以上の視力がある。