ランディリックの視線ですぐさま背後に控えた者たちがダーレンを取り押さえてエダとダフネの傍へつき飛ばす。
ややしてランディリックは怯えた女中たちと言葉を失ったダーレンとエダ、そうしてダフネの方をひたと見据えると、声を潜めるようにして告げた。
「この瞬間をもって、ウールウォード伯爵家の継承権はリリアンナ嬢が正式に掌握する。……以後、この屋敷と領地は彼女の名のもとに置かれる。あなた方の居場所は、もうどこにもない!」
その言葉に、ダーレンたちの顔から血の気が引いた。
しばしの沈黙ののち、妻のエダにつつかれたダーレンが、ちらりと娘のダフネを見遣る。ダフネから泣きそうな目で訴えかけられたダーレンが震える手を挙げ、何かを訴えようと口を開くより早く、ランディリックの低く鋭い声が空気を裂く。
「……せめてお嬢さんにだけでも情状酌量をとでも求めようと思いましたか? ご自分たちが年端もいかぬリリアンナ嬢にしてきたことを棚に上げて……恥ずかしいとは思わないのですか。少女だからといって、赦されるなどと思わないでいただきたい」
その一言に、こちらを縋るような目で見詰めていたダフネがビクリと肩を震わせる。だが、すぐさまメソメソと泣いていたのが嘘のようにキッとランディリックを睨みつけた。
「リリアンナお義姉さまは私が酷い目に遭うって言われてるのに、なんとも思わないの!? 自分だけが良ければいいなんて……まるで悪魔ね!」
だが鋭い刃のように投げつけられたダフネの言葉は、ランディリックではなく、リリアンナに向けられたものだった。
今までも虐げられ続けてきたからだろうか。ランディリックの腕の中で、リリアンナがビクッと身体を震わせる。
ダフネのその理不尽な言いように、ランディリックの怒りが静かに燃え上がった。
腕の中のリリアンナを見れば、彼女が両親を失ってからの約二年間、誰からも手を差し伸べられず、屋敷内で孤立無援だったのは明白だ。
痩せこけた身体、血色の悪い顔。かつて船上でランディリックに大人の女性顔負けの物言いをしてきた幼子は、年相応に栄養バランスの取れたふくふくした身体つきをした、バラ色のほっぺを持つ健康的な少女だった。
その記憶があるからこそ、今のリリアンナの姿がランディリックには居た堪れないのだ。
もしも目の前の娘が、少しでも〝義姉〟と呼んでいるリリアンナのことを気遣ってくれるようなタイプだったなら……ここまでリリアンナの容貌が変わっていることはなかっただろう。