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世界は、音もなく壊れていた。
それは炎ではなかった。
それは雷でもなかった。
ただ、空が――ことごとく崩壊していた。
まるで硝子細工のように、青が裂け、光が漏れ、 雲が崩れ落ちる。
大地は沈み、山脈は砂のようにほどけ、
海は逆流し、空へ吸い上げられていく。
叫び声は聞こえない。
人々は祈っている。
だがその祈りは、どこにも届かない。
崩壊はいとも静かだった。
あまりにも静かで、
あまりにも美しかった。
その中心に――
ひとりの子どもが立っている。
白銀の髪。
淡い灰色の瞳。
その瞳には、恐怖も、涙もない。
ただ、見ている。
世界が終わる様を。
空間に無数の紋章が浮かび上がる。
赤。蒼。紫。金。白。黒。
それらは王の印。
それらは神の印。
だが、その光は歪み、軋み、やがて互いを喰らい始める。
融合。
圧縮。
収束。
そして――
ひとつの眩い星となる。
その瞬間。
子どもは理解する。
これは未来ではない。
これは――記憶だ。
誰かの。
いや、
“自分の”。
世界は光に飲まれ、
全てが白に溶ける。
⸻
目を開けた。
それは、綺麗な綺麗な夜空だった。
満天の星が、静かに瞬いている。
冷たい風が頬を撫でる。
石畳の上に、子どもは立っていた。
見知らぬ街。
中世の建築。尖塔。石造りの建物。
遠くに城壁。
「ここは――どこだ」
名前も
思い出せない。
家族も
知らない。
過去。
空白で記憶が空っぽで右も左もわからない。
だが、ひとつだけ確かなものがある。
世界は崩壊する。
それを止めなければならない。
そしてもうひとつ。
王を、選ばなければならない。
なぜ?
分からない。
だがそれが“役目”だと理解している。
胸元に、淡く光る刻印。
他の者のように鮮烈ではない。
未完成の印。
「……」
声を出してみる。
音は正常だ。
だが、感情の揺れが薄い。
恐怖も、戸惑いも、希薄で、
遠く遠くにあるようだ。
まるで半分しか存在していないようだった。
遠くで鐘が鳴る。
重い、低い音。
街がざわめく。
「神の使いだ……」
誰かが囁いた。
子どもに視線が集まる。
白い髪。 夜でも分かる淡い光。
人々は膝をつき、 頭を垂れる。
その姿を見て、子どもは理解する。
ああ。 自分は。
“レガトゥス”なのだ。
神の使い。
王の器を見極める者。
だが――
神とは何だ?
その問いだけが、胸に残る。
城門の上、巨大な旗が揺れる。
赤と黒の紋章。
北方軍事帝国ヴァルディア。
戦の国。
世界が崩れる夢の中で、
最後まで立っていた王の姿が、脳裏をかすめる。
赤い印。
燃えるような瞳。
あれは―― ここにいる。
直感が告げる。
最初に会うべき王候補が。
子どもは歩き出す。
石畳を、ただ静かに。
空には、あの夢と同じ星が輝いている。
ひときわ明るい、白い星。
その光を見上げながら、
レガトゥスはまだ知らない。
自分が止めに来た崩壊こそ、
自らが引き起こす終焉であることを。
そしていつか、 あの星になることを。
風が吹き、 旗が揺れる。
戦の気配が、遠くで静かに息を潜めている。
世界は、まだ壊れていない。
だが確実に…..
そして、物語は幕を開けてしまうのだ。