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ゆゆゆゆ
部屋は静かだった。
蝋燭の火だけが揺れている。
ノスフェラトゥはスペクターの膝の間へ半ば閉じ込められる形で座らされていた。
喉には首輪。
そこから伸びる黒い鎖は、スペクターの指へ絡まっている。
逃げられない。
いや――。
もう、逃げる気力が薄れている。
スペクターはそんなノスフェラトゥを見下ろしながら、ゆっくり笑った。
「今日は素直だね」
「……うるさい」
反抗的な声。
だが耳はぺたりと伏せ、
身体は離れようとしない。
スペクターは満足そうに鎖を揺らした。
しゃらり。
その音だけで、
ノスフェラトゥの喉がひくりと動く。
完全に覚えさせられていた。
スペクターは指先で唇をなぞる。
「噛みたい?」
「……」
返事はない。
代わりに、赤い瞳が熱っぽく揺れた。
スペクターはくすりと笑う。
「なら」
ゆっくり。
長い指を、ノスフェラトゥの口へ差し入れる。
「……ッ」
ぴく、と肩が震えた。
舌へ触れられる。
牙の内側をなぞられる。
柔らかく撫でるみたいに。
ノスフェラトゥの呼吸が乱れる。
もう、この感覚を身体が覚えてしまっていた。
スペクターの指。
褒められる時の合図。
“ご褒美”の前触れ。
ノスフェラトゥは抵抗する代わりに、
小さく甘噛みした。
かり、と牙が指を挟む。
スペクターが目を細める。
「いい子だね」
その声に、
ノスフェラトゥの背筋がぞくりと震えた。
頭がぼうっと熱くなる。
悔しい。
なのに。
舌が無意識に指へ擦り寄ってしまう。
吸血前の本能。
獲物へ触れる時みたいな、
飢えた反応。
ノスフェラトゥは浅く息を乱しながら、
指先へ舌を絡める。
ぬるり、と湿った音。
スペクターは、じっと見ている。
「そんなに欲しかったんだ」
「……ッ」
ノスフェラトゥは睨もうとする。
だが視線に力が入らない。
スペクターがふ、と笑った。
「じゃあ、ご褒美」
しゃら、と鎖が鳴る。
くい、と軽く引かれた。
ノスフェラトゥの身体が自然と前へ寄る。
スペクターはゆっくり首元を晒した。
脈打つ喉。
そこから滲む、
濃い生命の気配。
ノスフェラトゥの呼吸が止まる。
吸いたい。
その衝動だけで頭がいっぱいになる。
気づけば、
口の端から透明な唾液が一筋こぼれていた。
スペクターはそれを親指で拭う。
「……かわいい」
その囁きだけで、
ノスフェラトゥの耳が完全に伏せきる。
理性が溶ける。
もう駄目だった。
スペクターは髪を撫でながら囁いた。
「許可する」
「おいで」
恐る恐る顔を寄せる。
牙が肌へ触れる。
ちくり、と浅く沈めた瞬間。
熱が流れ込んできた。
甘い。
濃い。
生命そのものみたいな感覚。
ノスフェラトゥの肩が震える。
「ん……ッ」
喉から掠れた息が漏れた。
スペクターは鎖を指へ巻き付けたまま、
静かに撫で続ける。
「そう」
「上手」
褒められるたび、
もっと深く欲しくなる。
ノスフェラトゥは無意識にスペクターへ縋っていた。
逃がさないように。
離れてしまわないように。
指先が掴んだのは、
首輪へ繋がる鎖。
しゃら、と小さく鳴る。
その音を聞きながら。
ノスフェラトゥは、
まるでそれだけが自分を繋ぎ止めるものみたいに、
必死に鎖を握り締めていた。
END