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見詰める携帯のディスプレイ。矢継ぎ早に文字を挿入していく。
返信――答は『Yes』。そして送信。
その瞬間、険しかった表情が綻んでいた気がした。
「――っ!?」
だから気付かなかった。不意に背後から携帯を取り上げられていた事に。
「あぁ! またデートの約束だ。いやらしいんだ、いやらしいんだ~」
「こっ、こら勝手に!」
携帯を取り上げて声を上げていたの悠莉である。幸人は焦りながら取り返そうとも、携帯は既に素早い彼女の掌。
――幸人が個人的に携帯を扱う等、大変珍しかった事。最近はちょくちょくメールのやり取りをしている。勿論、個人的に。
「やっぱり亜美お姉ちゃんの事は満更じゃないんだね~」
その相手は当然、彼女の事である。
幸人はあれ以来、亜美と個人的によく連絡し合うようになった。
「ちっ、違う! デートとかそんなのではなく、これは改めて御礼にと、ちょっと食事するだけで……」
幸人は全力で否定するも、歯切れの悪さから動揺しっぱなしだ。暗に認めている事に気付いていない。
「ふ~ん、何度目の御礼のお食事なんだか。お食事ね、お食事……ぷっ、食後のデザートとかとか? ね~ジュウベエ?」
「うんうんそうだね、ククク。でもコイツは甘いもん食わないしな」
悠莉は腕に抱いたジュウベエへ同意を求める。ジュウベエは可笑しくて堪らない。幸人はとぼけているが二人が既に、これ以前に食事へ行っている事も知っている。
「きっと食べるよ~美味しいから。じゃあ賭けよっか? 幸人お兄ちゃんが亜美お姉ちゃんをお持ち帰りするに、ひゃくえ~ん。あはは~」
「じゃあオレは彼女が幸人をお持ち帰りするに、金のスプーン二食分だな」
二人は完全に状況をおちょくって楽しんでいた。悠莉にこの事に対する嫉妬心は無い。寧ろ幸人の心境の変化が嬉しいのだ。
“こ、こいつら勝手な事ばかり……”
恥ずかしさやら何やらで拳を震わせる幸人に、そんな心意気を汲み取る余裕は無いだろうが。
“プルルルル”
不意に悠莉の手に在る幸人の携帯が鳴り響く。
「あ! きっと亜美お姉ちゃんだ。多分『メールより少しお話しませんか?』なんてね~」
「わ、分かったから返せ」
また話がややこしく為りかねない。幸人は取り戻そうと手を伸ばす――が。
「はいは~い」
「――って、出るな!」
悠莉は当然のように、自分が出ていた。
別段、聞かれて不味いような関係の話ではなかったとしても、やはり聞かれたくはない。幸人は実力行使で取り戻そうとも、大人気ない事にも気付く。
「うんうん、分かった~」
それに携帯越しとはいえ、仲良さそうに話している悠莉を見ていると、思わず躊躇してしまうというもの。
「じゃあ幸人お兄ちゃんに伝えとくね~」
幸人への電話なのに、本人は茅の外な通話は終わったようだ。悠莉は携帯を手渡しに来た。
「変な事は言ってないだろうな?」
「うん? さっきのは亜美お姉ちゃんじゃなく、ルヅキからだったよ」
「…………は?」
携帯を受け取りながら、幸人は怪訝に思った。てっきり亜美からだと思っていたのが、個人的に連絡してくる事が殆ど無い琉月からだったとは。
“一体何の用で?”
裏から個人的に連絡が有る事は、基本的に“ただ事”ではない。
この悠莉の面倒を見る事になったのも、この個人的な連絡からだったから。
「――緊急召集。すぐに仲介所まで来てだって」
珍しく悠莉が神妙な表情で、その個人的用件を伝えていた。
“緊急召集”
どういう事態なのだろうか。幸人は嫌な予感が拭えない。
熊本での一件以来、裏に於いて特に大きな動きはなかった。
「幸人お兄ちゃん……これってやっぱり、あの人の言ってた事と関係あるのかな?」
悠莉の言う『あの人』とは、かつて狂座のエリミネーターで在り、幸人と親友同士ながら凄惨な死闘を繰り広げた『錐斗』その人の事。
「恐らく……な」
幸人にとっても悠莉にとっても、あの一件は痛恨の出来事だった。
狂座はあの一件を元に、錐斗の背後に在るであろう組織を探っていたが、誰が中心なのかが大方解っていながら、未だに全貌が判明出来ていない。
だが確かに存在する。水面下では公に動かなくとも、緩やかに――そして確実に。
そして今回、緊急召集が発令されたという事は、それと無関係ではあるまい。
「行ってくる」
遂に来るべき時が来たのだ。幸人は立ち上がり、黒衣を羽織る。
錐斗――勝広の言った事が事実なら、闘いは決して避けられない。
「ボクも行くよ」
「オレもな」
悠莉もジュウベエも、あの一件を分かっているからこそ――
「ああ、行こう」
幸人も二人の同行を咎めたりはしない。
――出て行く間際、亜美から返信のメールが入ったが、既に幸人の思考には届いていなかった。
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