テラーノベル
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前回の続きです
「…来た」
彼の呟きと同時に、扉が大きな音を立てて開かれた。
「アナベル!」
知らない声が聞こえる。私の目に映ったのは、黒髪に紫の瞳を持つ男。知らないはずなのに、どこかで会ったような気がする。
「……あなた、だれ…?」
その一言で、男の表情が凍りついた。
「……え…」
掠れた声が聞こえる。信じられないようなものを見たような目。
「アナベル…僕だよ」
ゆっくりと一歩、こちらに歩み寄ってくる。
「カトラーだよ。君の、相棒で……君の——」
「来ないで」
気づけば、言葉が口をついて出た。私は無意識に彼の裾をぎゅっと掴み、その背へ少しだけ身を隠す。知らない人が近づいてくる、それだけで胸がざわついて怖かった。
「大丈夫。私はここにいるよ」
その一言だけで、不思議と胸のざわめきが静まっていく。
「……うん」
安心して頷く私とは対照的に、目の前の男は…カトラーは絶望したような表情で私を見ていた。
「……そ…んな……」
震えた声が、部屋に響く。
「ようこそ、カトラーさん。君を、待っていたよ」
彼がそう微笑んで呟いた。
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「お前……アナベルに何をした…!!」
カタカタと刀を持つ手が震えているのが、自分でもわかった。目の前にいるのは、黒いスーツに茶色い髪と青い瞳を持った男……そして、緑の髪に赤い瞳を持ち…黒色のドレスと黒のヴェールに身を包んだ、アナベル。
「何もしてないさ…ただ、救ってあげただけだから」
男の言っている意味が分からない。救ってあげただと?
「それが!!その様子が!救ったとでも言うのか!!」
怒りでいつもよりも語気が強くなってしまう。だが、それも仕方ないことだろう。
「うるさいなぁ…そんなに興奮しないでよ」
「ふざけるな……っ………せ…」
自分でも驚くほど、低く、小さな声だった。
「アナベルを………俺の仲間を……返せえええええええ!!!!」
そう叫び、僕は刀で奴を切りつけようとした。が、刀の前に、影が飛び出した
「アナ——!」
刀を、寸前で止める。止めなければ、斬ってしまう。
「彼を…傷つけさせない」
ヤツの前で両手を広げ、こちらを睨みつけてくる。その赤い瞳には、敵意だけが宿っていた。今まで、自分には向けられたことのなかった視線。
「……どうしてだ…っ……どうして……どうして…!!!」
掠れた声が漏れる。昨日まで笑いあっていたのに、隣で戦ってくれていたのに、何度も助け合ったのに、どうして。
「……ああ…」
胸が痛い。苦しい。息ができない。
「……本当に…ほんとうに……忘れて…しまったのか…」
刀を握る手から力が抜けそうになる。その様子を見て、ヤツは肩を震わせた。
「…ふふ、あはははははっ!!!」
静かな礼拝堂に、笑い声が響く。
「そのままだ!そのまま二人で傷付け合えばいい!もっとも、君に彼女を傷付けることが出来れば…だけどね!」
その青い瞳が心底愉快そうに細められる。
「最高じゃないか…この光景は」
「お前は………がぁ”っ?!」
突如、腹部に走った激痛……いや、凄まじい威力の拳。彼女の…アナベルの攻撃だった。刀を地面に突き刺し、吹き飛ばされることを何とか阻止する。
「アナ…ベル…っ」
片手で腹部を抑える。正確に弱点である、鳩尾を狙われた。もしかしたら、肋骨をやられたかもしれない。
「…彼のために……」
ヒールを履いているというのに、ドレスだと言うのに、軽々とこちらへ近づいてくる。その足取りに、一切の迷いがなかった。
「アナベル……」
名前を呼ぶ。ただ、それだけで思い出してくれるんじゃないかと、そんあまりにも淡い希望を抱いて。だけど。
「……その名前を…その声で、呼ばないで」
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花桜月華
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びくり、と肩が震えた。一瞬だけ、本当に一瞬だけ。何かを思い出しかけたような、そんな揺らぎが瞳を過ぎる。
「……っ」
頼む。思い出してくれ。僕だ。一緒に戦ってきただろう、馬鹿やって笑いあってきただろう、俺の、相棒を……返してくれ。
「私は……アーノルドの傍にいる」
その一言だけで、胸の中の何かが、音を立てて崩れた。
「……違う」
震える声でつぶやく。
「違う……違うんだ……」
信じたくない。目の前にいるのは確かにアナベルだ。姿も、声も、仕草も、なのに、その心だけが、どこにもいない。
「……返してくれ」
刀を握る手が震える。怒りではない、恐怖でもない。喪失だった。
「お願いだから……返してくれよ……」
その懇願を聞いても、彼女の表情は変わらない。むしろ、一歩こちらへ出る。
「彼を傷つけるなら……私は貴方を止める」
ゆっくりと拳を構える。何百回も隣で見てきた、彼女の構え。だけど、今日だけは、その拳は、自分へ向けられていた。
「……そうか」
小さく笑う。笑ったはずなのに、ポタリと地面に水滴が落ちた。
「っ…」
いつも隣で見ていて、彼女の戦闘方法は凄まじいと思っていたけれど、まさかこんなにも追い詰められるとは思っていなかった。
「……何か…知ってる気がする…」
ふと聞こえた本当に小さな声。その声に意識を取られて、隙が生まれてしまった。
「しまっ——?!」
その隙を逃すまいと、横腹に蹴りを入れられ、軽く吹き飛ばされる。
「ぐっ……」
横腹を抑える。先程の拳で恐らく肋骨が折れているからこそ、それも相まって酷く痛む。
「…っ」
突然、アナベルは苦しそうに頭を押さえた。
「アナベル…?!」
今は敵同士だと言うのに、心配になって僕は彼女の元へ駆け寄る。
「来ないでっ………いま…は……だめ…」
その場で立ち止まる。何とかして、何とかして記憶を取り戻させないと、少し、希望が見えてきた。
「アナベル!」
何度も何度も名前を呼ぶ。それが鍵になるなら、それで思い出してくれるなら。
「っぅ……ちが…う……ちがう、ちがう…っ!!」
苦しそうに頭を抑える。止めていた足を動かして、彼女の傍に寄る。
「こない…で………っ?!」
刀を投げ捨てて、彼女を優しく抱きしめる。
「カト……ラー…」
呼んだ。今、確かに僕の名前を。
「アナベル!」
腕の中の彼女は、苦しそうに眉を寄せ、頭を抱えたまま小さく震えている。
「いや…ちがう……わたし…は……」
「ゆっくりでいい、ゆっくり思い出せばいい…」
思わず肩を掴みそうになって、寸前で力を緩める。無理やり思い出させたら、壊れてしまう。そんな気がした。
「僕はカトラーだ。君の相棒の」
返事はない。
「いつも僕の無茶に呆れて、叱ってくれて、任務じゃ背中を合わせて戦って…馬鹿なことして笑いあっただろう?」
言葉を重ねる度、彼女の呼吸が乱れていく。
「っ……ぁ……」
「君がいなきゃ、僕は何度も死んでいた」
びくりと、彼女が震える。
「……し、ぬ……」
小さく漏れた呟きに、僕は息を呑む。
「……だめ……」
「……え?」
彼女の指先が、ぎゅっと僕の服を掴んだ。
「…死んじゃ……だめ……」
その言葉と同時に、彼女の体が大きく震える。
「…やくそく……したの……しぬとき…は…いっしょ……」
過去の約束。ああ、彼女はちゃんと思い出してくれている。僕は絶対にその約束を破らない。だから。
「絶対に約束を破らない…だから、帰ってきてくれ、アナベル」
腕の中の彼女が息を呑む。その赤の混じった桃色と金色の瞳が、一瞬だけこちらを見た。だけど、そこにはもう敵を見るような冷たさはない。迷いと…苦しみと……そしてほんの少し、懐かしむような色が宿っていた。
「…っ、ぁ……」
頭を抑える手に力が入り、彼女は苦しそうに声を漏らす。
「やめろ!!!」
怒号が礼拝堂に響く。振り返ると、先程までの余裕な笑みを浮かべていたアーノルドが、初めて表情を歪ませていた。
「アナベル!そいつの言葉を聞くな!君は私だけを見ていればいい!思い出す必要なんてない!!」
奴が一歩踏み出した、その瞬間だった。
「……うるさい」
小さな声。それでも、その一言だけで空気が変わった。アーノルドの動きが止まる。腕の中の彼女は、ゆっくりと顔を上げた。
「…頭が……痛いの……」
まだその瞳は揺れている。完全には戻っていない。けれど、確かに、ほんの少しだけ……僕の知っている“アナベル”が、そこにいた。
「……なぜだ。ありえない……私の術は完璧だった……!」
「…カトラー…」
小さく、名前を呼ばれる。その声に、もう迷いはなかった。
「……ちゃんと、帰らなきゃ…心配されちゃうわ」
「……っ!」
彼女を強く強く抱きしめる。
「もういい!!もういい!!!お前たちも、すべて!殺してやる!!」
そんな奇声を発しながら、ナイフを持ち、走ってくる。だが、
「“アメノツキ”!」
大きな雷鳴と共に、降ってくるは一本の槍。その槍を躱そうにも、記憶を取り戻した彼女がそれを防ぎ、槍は綺麗にアーノルドの腹を貫通した。
「が…ぁ”…っ?!」
「……これで…おしまい……」
天井から降りてくるは白髪を揺らしたひとりの少女。
「レイチェル…ありがとう」
腕を離し、そう少女に礼を言う。アメノツキ…レイチェル…僕たちの最高の仲間。
「……あり…が……」
彼女も礼を言おうとしたのに、ふっ、と糸が切れてしまったようにその場に倒れ込んだ。
「アナベルっ?!」
地面にぶつかる寸前に彼女を抱える。
「……大丈夫…?アナベル……」
レイチェルも心配そうに彼女を見つめる。
「大…丈夫……ちょっと……疲れちゃった…だけ……だから……」
そう笑おうとした彼女の声は、酷く弱々しかった。
「無理に笑わなくていい…今は、ゆっくり休むんだ」
彼女の乱れた前髪を払う。額には冷たい汗が滲み、呼吸も浅い。記憶が戻ったといえど、薬と精神への負荷は想像以上だった。
「……帰ろう。家へ」
その一言に、アナベルは小さく頷く。
「……ええ…帰りましょう…家へ…」
その返事だけで充分だった。もう、自分のことを忘れてはいない。それだけで胸がいっぱいになる。
ふと、レイチェルが倒れたアーノルドへ歩み寄る。
「……生きてる」
槍は急所を外していたのだろうか。多量出血はあれどすぐに治療すれば間に合う程度の傷しかできていなかった。
「…どうする…?」
苦しそうな呼吸が聞こえる。彼もまた、歪んだ形ではあったが、本気でアナベルを救いたいと思っていたんだろう。その方法が、あまりにも間違っていただけで。
「……“黄昏”に任せよう」
静かな声だった。レイチェルは静かに頷き、通信機を取り出す。
「……宵闇本部……任務完了…救助対象…確保……“黄昏”…派遣要請…」
通信を終えると、礼拝堂には静寂だけが残った。
「カトラー」
胸元から小さな声が聞こえた。腕の中のアナベルが、僕を見上げる。
「……ごめんね」
僕は首を横に振った。
「謝らないでくれ。君が、無事に帰ってきてくれた……それだけで十分だから」
その瞬間だった。彼女の瞳から、大粒の涙が一筋零れ落ちた。
「……怖かった…すごく……すごく怖かったの…」
震えた声でそう呟く。今まで堪えてきたものが一気に溢れ出すように、小さな子供のように泣き始める。僕は何も言わなかった。ただ、静かにその身体を抱きしめ続ける。もう二度と離さないように。
礼拝堂の割れたステンドグラスから、夜明けの淡い光が差し込んでくる。
長い悪夢は、ようやく終わりを告げた。
コメント
1件
めっちゃエモかった…😭💕 カトラーの「返してくれ」連呼するとこ、切なすぎて胸がギュッてなったよ…! アナベルが記憶取り戻しかけて「帰らなきゃ」って言ったシーン、完全に涙腺崩壊した…。レイチェルの登場もカッコよすぎたし、最後の抱きしめ合う2人に朝日が差し込む描写、最高すぎます…! 続きも絶対読みたいです✨