佳華先輩の言う通り、余計な自信を折ったけど……少しやりすぎたか? あとで、ちゃんとフォローしてくださいよ――って、いねぇーしっ!
振り向いた先、さっきまでかぐやの隣に居た佳華先輩の姿が忽然と消えていた。
あとナゼか荒木さんとかぐやが、昭和のヤンキーみたいな顔でお互い睨み合ってた……
※※ ※※ ※※
山口舞華は、呆然としてリングの上を見上げていた――いや、|見蕩《みとれ》れていた。
自分と同期の二人……
小柄で、しかも格闘技経験のない自分なんかより、あの二人の方が実力は格段に上だった。だが、リング上に悠然と立っている佐野優月は、そんな二人をまるで子供扱いだ。
女子とはいえ、プロレスラーとしては小柄な|体躯《たいく》の自分に若干のコンプレックスが有った舞華。
しかし、自分と殆どの変らない身長――いや、多分自分より小柄な佐野優月の強さに驚かされ、呆然とし、そして見蕩れていた……
「どうした? 次はお前だぞ、舞華」
不意に後ろから声をかけられ、ポンッと頭の上に手が置かれた。
「しゃ、社長――」
振り向いた先に立っていたのは、彼女が憧れ、そして尊敬するアルテミスリングの女社長、竹下佳華である。
「ボーっとしていたみたいだけど、大丈夫か?」
「は、はい、大丈夫です! 優月さんにちょっと見蕩れちゃってました」
「み、見蕩れてって……舞華は|百合《そっち》の趣味なのか? い、いや、趣味は人それぞれだし、別に悪いワケじゃないが……」
「そっちって……ち、違います違いますっ! そういう意味じゃなくてっ!」
舞華は顔を真っ赤にしながら、慌てて百合疑惑を否定する。
「分かっている、冗談だ――それに佐野が相手なら、ある意味ノーマルだしな」
「はい?」
「いや、何でもない……それで、舞華には佐野がどう見えた?」
佳華は、後半の呟きを誤魔化すように尋ねる。
「もぉ~凄いです! 身体が小柄でも、あそこまで強くなれるんだなってっ! わたしも、もっと頑張ろうと思いましたし――」
やや興奮気味に話す舞華。この素直で真面目な性格には佳華も好感を持っていた。
「それに凄く美人だし、ちょっと怖そうかなって思っていたら凄く優そうに笑うし、凄く憧れます! それにそれに――」
「あー、分かった分かった……それじゃあ、舞華は佐野を認めるんだな?」
「認めるも何も! あんな凄い人と一緒に練習出来るなんて、すっごく嬉しいです!」
「そっか。じゃあ、もう試合する必要はないな?」
「えっ? ……………………あっ」
そう、この試合を始めた経緯を考えれば、舞華が佐野を認めたのなら試合を続ける必要は無くなるのだ。
「いやいやいやいや、で、でも、わたしも優月さんと試合したいてっか――そ、そりゃ全然敵わないと思いますけど、でもでも、あのその――」
「ぷっ……」
あたふたと慌てる舞華に、佳華は思わず吹き出した。
「冗談だ舞華。あの試合を見て|怖気《おじけ》づいてないなら行ってこい。そして学ばせてもらえ。多分お前が一番、アイツから学べる事が多いはずだ」
「わたしが一番……ですか?」
「ああ、そうだ――」
佳華は、リング上で誰かを探してるみたいに、キョロキョロとしている佐野を見上げた。
「さっきまでは相手のファイトスタイルに、ある程度合わせて試合をしていたけど――アイツの本来のファイトスタイルは、お前と同じルチャ系だ」
「わたしと……同じ?」
ルチャ系――ルチャ・リブレ。
一般的にはメキシカンプロレスの呼称であるが、日本では飛び技主体のファイトスタイルをルチャ系と呼ぶ場合が多い。
「ルチャ系なのに、投げ技も関節も打撃もあんな上手に……」
「フッ……ヤッパリ怖気づたか?」
「いえ、ますます楽しみになりました! いっぱい学んで来ますっ!」
小柄な身体で、元気一杯に明るい笑顔を見せる舞華。
「よしっ! じゃあ行ってこいっ!!」
「はいっ!」
佳華は、その舞華の背中をポンッと叩いて送り出す。そして小柄な背中は元気をエプロンへと駆け上がり、トップロープを飛び越えてリングへと入って行った。