テラーノベル
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雨脚はさらに激しさを増し、叩きつけるような水滴がヘルメットのシールドを打ち据える。
志摩が運転する大型バイクの後部座席で
俺は松田から奪い取った予備のマガジンに、一発ずつ弾丸を込めていた。
カチリ、カチリ。
冷たい金属が噛み合う乾いた音が、エンジンの咆哮に混じって響く。
その一音ごとに、俺の意識から「生」への執着が削ぎ落とされ、純粋な殺意へと昇華されていくのが分かった。
「奥多摩の『鉄の檻』…あそこは昔、榊原組が警察の目を盗んで反逆者をコンクリート詰めにしていた廃工場だ」
風を切る音に混じって、インカム越しに志摩の低く沈んだ声が届く。
「中臣代議士がそこに合流しているなら、警備は組の連中だけじゃない。SPや、さらに質の悪いプロの私設軍隊が周囲を固めているはずだ。文字通り、蟻の這い出る隙間もないだろうよ」
「……上等だ。まとめて地獄に送ってやる」
俺は懐に差したドスの柄に触れた。
掌に馴染んだその感触が、今は唯一の救いだった。
親父、あんたは昔、幼かった俺にこう言ったな。
『極道ってのはな、和貴。弱けりゃ死に場所も選べねえんだ。お前は、死に場所ぐらいは選べる漢になれ』と。
なら、あんたの死に場所は、あんたが愛した暴力と裏切りの象徴である、あの場所で決まりだ。
バイクは国道を外れ、街灯一つない険しい山道へと分け入っていった。
標高が上がるにつれ、白く濃い霧が立ち込め
雨に濡れた巨大な杉の木々が、闇の中から獲物を狙う怪物の手のように俺たちへ迫りくる。
「黒嵜、あそこだ」
志摩が不意にバイクを停め、エンジンとライトを同時に消した。
静寂が戻った森の奥、霧のカーテンの向こう側に
錆びついた高い鉄柵と、墓標のようにそびえ立つ巨大なコンクリートの塊が姿を現した。
廃工場の窓からは
この世の果てには不釣り合いなほど眩い照明が漏れ出し
複数の武装した男たちの影が、不気味なほど整然と動いている。
「……いるな。親父も、中臣も。…すべてをここで終わらせる」
「慎重に行け。ここからは一歩間違えれば、蜂の巣にされて終わりだぞ」
俺たちはバイクを深く生い茂る茂みに隠し、徒歩でフェンスへと忍び寄った。
泥にまみれた靴が濡れた土を噛む。
肩の貫通傷は毒を盛られたように熱を帯び、拍動に合わせて視界が時折赤く染まる。
だが、不思議と心は凪いでいた。
拓海、見てろよ。
お前を使い捨ての「消耗品」として扱った奴らの、その高貴な化けの皮を、今から俺がこの手で引き剥がしてやる。
鉄柵に手をかけ、乗り越えようとした
その瞬間――
工場の屋上に据え付けられた強烈なサーチライトが、爆発的な光を放って俺たちを真上から射抜いた。
「……黒嵜和貴。待っていたぞ」
スピーカーを通して山々に響き渡ったのは、聞き紛うはずもない、あの男の声だった。
二十年、苦楽を共にしてきた仲間を
これから処刑しようとする男の……あまりにも穏やかで、慈悲深いとさえ思える声。
「入れ、和貴。お前のために、特別な『最後の盃』を用意してある。……親子として、最後のな」
工場の重い鉄扉が、地響きのような低音を立ててゆっくりと開いていく。
その先に広がっていたのは、廃工場の寒々しい内装とは対照的な、燦然と輝くシャンデリア。
そして、鼻を突く芳醇な酒と、こびりついた血の匂いが混じり合う、狂気の世界だった。
俺は迷わず、その口を開けた地獄の闇へと、一歩を踏み出した。
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