テラーノベル
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ガチャ、とドアが開く音がする。
誰だろう、怖いな、そう怯えながら、ゆっくり音のした方を向く。
「…コトちゃんっ……」
ミコトは本能的に、コトコから逃げる様に、部屋の奥の壁へと後ずさりする。
最近寝ている間に体をぶつけているのか、動く度に痛む箇所があるため、あまり素早くは後ろへ下がれなかった。
「あなた、今は“ミコト”なの?」
コトコの鋭く紅い目で睨みつけられる。ミコトはこの目が印象的で好きだったが、今は目が合う度に怯えてしまう。
「そっ、そうだけど…というか、僕以外ありえないでしょ」
「…そう。」
返答を受けたコトコが下を向いたかと思った直後、こちらへ飛びかかってきた。
ゴッ、という、鈍い音が部屋に響く。どうやら彼女の拳がミコトの頬に命中したらしい。
「痛いっ!!や、やめてよっ!」
痛みに耐えながら必死に逃げようとするミコトをコトコは追いかけ、お得意の蹴りを入れる。
「っ、ぐ……ぁ…」
流れで床に叩き付けられる。ココ最近はずっと体が痛かったのに、こんなの、耐えられない。
ミコトから涙が溢れる。
「痛いよぉ…やめてよ……」
──なんで、なんで。
何故自分がこんな目に会わなきゃならないのか。痛くて痛くてしょうがない。
「…貴方が殺した人達も、痛かったのよ」
──違う、僕はヒトゴロシなんかしてない。
「なんで……こんな事…するの…僕、ころしてないのに」
震える声でコトコに問いただす。それを聞いた彼女はため息をついたかと思うと、こう答えた。
「……あなたが赦されなかったからよ。」
「…え」
「だから私はあなたを粛清する。ただそれだけ。」
ミコトにとっては意外だった。もっと、嫌いだとか、そういう理由だと思っていたから。拍子抜けだった。そんな、単純な理由だなんて。
「そんな……。」
「これで満足?」
またしてもコトコが拳を振り下ろそうとした瞬間
「じゃあ、」
ミコトが口をまた開いた。
「マッピーとか……フータとか、アマネちゃんとかも、粛清、するの…?」
「は?」
コトコは驚いた顔をした。そんな顔、するんだ。自分に当たりそうだった、拳が下がる。
「……あなた、知らないの?」
「知らないって…?何が……?」
はぁ、と彼女はため息をつく。知らないの、という事は何か監獄内で起きていたのか。確かに、ここ最近はずっと部屋にこもっていたので、知らない情報もあるのかもしれない。
「…椎奈マヒルと梶山フータはもう粛清したわよ」
「えっ、…う、そ……」
マッピーとフータが、既に僕と同じ目にあってる?もう、コトちゃんから、沢山暴力を振るわれているの?
「その反応、本当に知らなかったみたいね」
「えっ……え、?」
「全員知ってると思ってたけど……まさか、あなたが知らないなんてね…」
呆れたようにミコトを見てコトコは笑う。
知らなかった。誰も教えてくれなかった。ご飯を取りに行くと、皆、僕を避ける。
自然と、涙が頬を伝っていた。原因が、痛みではなく、悲しみで。
「…また泣くの」
コンクリート製の床に水滴が、1つ、3つ、と落ちる。悲しい、辛い。くらい感情が、ミコトの中でぐるぐる回る。
「……皆、僕を仲間はずれにする」
ミコトは気づかなかった。いや、気づこうとしなかった。自分が監獄内で、‘’蚊帳の外”の存在である事を。毎日冷たい視線を浴びながらも、自分はまだ皆と関われると信じていた。
だけれど、結局皆、自分に脅えているのだ。だから誰も話しかけてこないし、皆、近づくと怯える。
「そんなものよ」
コトコは冷たく答える。興味が無さそうに。
ミコトはコトコを見る。彼女の目は、さっきまでの活気は失せており、どこか暗い。
彼女は慣れてしまっているのか、一人きりの状態に。理解者がいない、ミコトと同じ“蚊帳の外”の立場に。
「僕ら…一緒だね」
ミコトはそう言って、コトコに微笑む。コトコは少し驚いた顔をする。あ、意外と頻繁に、そういう顔するんだ。
「私はあなたみたいな罪人じゃない。」
案外嫌そうだった。いや、そういう意味じゃないんだよ。
「そうじゃなくて……、監獄内の、扱われ方が、一緒だねって」
「あんた…さっき、私からされた事忘れたの?」
もちろん忘れてなんかいない。というか、今も体が痛くて起き上がれない。顔しか動かせない。けれど、涙は自然に止まっていた。
「…それと、これは別だよ」
「別にしていいもんじゃないわよ」
コトコはしゃがんでミコトの体を掴む。
「ちょ、」
「また暴力は振るわないわよ」
ゆっくりと起き上がらせる。痛みでまだ立てないので、自然と彼女に寄りかかる体制になる。
「こ、ことちゃん」
「……一緒、ね。今回は見逃してあげるわ。」
「え、あ、え?」
「だからって、あなたをシドウに渡す事は出来ないから。怪我治るまで暫く世話してあげる」
そう言って、コトコはミコトをベットに下ろす。
「えっと……???」
上手く状況が掴めない。なんでコトちゃんは僕を見逃してくれたんだろう、それで、これからお世話してくれるなんて、なんで?
「…あんたと一緒は嫌だから。早く怪我治して、治ったら他の囚人に泣きついて、とっととあっち側になりな。」
…イマイチ、突き放してるのか、心配しているのか、照れ隠しなのか分からない。だけど、これからはコトちゃんがいて1人じゃない。
監獄の中で、蚊帳の外の2人。
ミコト自身は、これからどうなるかは分からない。けれど、とりあえずは粛清されないし、ひとりじゃない。体は凄く痛むけど。
蚊帳の外でも、ひとりじゃなければ安心できる。
(「蚊帳の外」は、ある事柄に関わっていない、または関わる立場にない状態を指す表現です。
蚊帳の中ではなく、蚊帳の周りにいる状態を表し、話題から外れている、無視されている、仲間はずれにされている表現にも使われます。)
コメント
1件
はぁ…しちさんは天才だった……